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臆病な調香師は、震える手で物理無双する。~「使えない」と勇者パーティーから追放されたのに、うっかり最強スパイスでドラゴンを挽肉にして、冷血公爵様に溺愛されました~  作者: 月影 朔
第1章:追放と覚醒、そして最強の顧客

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第18話:「不味い」と気づく、失った味

(勇者アレク視点)


「ぐぇ……ッ、おぇぇ……ッ!」


薄暗いダンジョンの中層エリア。じめじめとした湿気と腐敗臭が漂う中、俺は岩陰に手をつき、胃の中身を吐き出そうとしていた。 だが、出てくるのは酸っぱい胃液と、先ほど流し込んだ市販の『下級回復薬(ポーション)』の毒々しい緑色の液体だけだ。


「はぁ、はぁ……くそッ、なんだこの泥水は……!」


口の中に広がるのは、腐った雑巾を煮詰めたような強烈な苦味とえぐみ。 喉が焼けつくように熱い。 傷は塞がった。だが、その代償として猛烈な吐き気と腹痛が襲ってくる。


「おい、大丈夫かよアレク」


戦士のガストンが、顔色を悪くして声をかけてくる。彼もまた、腹を押さえて脂汗を流していた。


「うるせえ……見りゃわかるだろ。このポーション、腐ってやがるんじゃないか?」


俺は空になった小瓶を地面に叩きつけ、粉々に砕いた。 ガラスの破片が散らばる音が、静まり返ったダンジョンに虚しく響く。


俺たち『金色の獅子(ゴールデン・レオン)』は今、かつてない不調に陥っていた。 以前なら鼻歌交じりで踏破できたはずの中層エリアで、まさかの苦戦を強いられているのだ。 魔物が強いわけではない。俺たちの動きが、精彩を欠いているのだ。


「……ポーションの品質は、適正ですわ」


背後で、冷ややかな声がした。 新しい聖女、リリアナだ。 彼女は杖を突き、汚いものを見るような目で俺たちを見下ろしていた。彼女自身も、連戦による疲労で肩で息をしている。


「ギルド公認の店で買った正規品です。……ただ、安価な下級ポーションには『副作用』として吐き気や倦怠感が伴うのは常識でしょう?」


「常識だぁ? ふざけんな! 前はこんなことなかったぞ!」


俺は怒鳴り返した。 そうだ。以前は――ティアがいた頃は、こんな思いをしたことは一度もなかった。


あいつが渡してくるポーションは、透き通るようなオレンジ色やピンク色をしていて、味も柑橘系やベリー系の果実のようだった。 飲むと喉越しが爽やかで、一瞬で痛みが引き、副作用なんて感じたことは一度もない。 むしろ、飲むだけで力がみなぎり、視界がクリアになるような感覚さえあった。


「(……あいつ、無駄に味にこだわってやがったのか)」


俺は今まで、それが当たり前だと思っていた。 ポーションとは美味くて、すぐに効いて、元気が出るものだと。 だが違った。 世に出回っている「普通」のポーションは、こんなにも不味く、体に負担をかける劇薬だったのだ。


「おいリリアナ! だったらお前のヒールを使えよ! なんで俺たちにこんな泥水を飲ませるんだ!」


俺は矛先を聖女に向けた。 回復役ヒーラーがいるのに、なぜポーションに頼らなければならないのか。


リリアナは眉をひそめ、呆れたようにため息をついた。


「私のMPは無限ではありません。さっきのオーガ戦で、あなたたちが無駄に被弾するから、もう底をつきかけているのです」


「あぁ!? 俺たちが下手だって言うのか!?」


「事実でしょう! 以前の調香師……ティアさんでしたか? 彼女がいた時はどうだったか知りませんが、今のあなたたちの戦い方は雑すぎます! 傷を負うことを前提にしすぎていて、回復が追いつきません!」


リリアナの言葉が、図星を突いて俺のプライドを逆撫でする。


雑なわけがない。俺たちはSランクパーティだ。 だが、体か重いのは事実だった。 剣を振るうたびに筋肉が軋み、判断が一瞬遅れる。 以前ならかわせた攻撃がかすり、そのたびにポーションを飲み、さらに具合が悪くなる悪循環。


(……チッ、これも全部、あいつのせいか)


俺は心の中で、追放したティアを罵った。 あいつが変なアレンジをしたポーションなんて飲ませるから、俺たちの舌と体が贅沢になってしまったのだ。 副作用のない環境に慣れきってしまったせいで、普通の薬品に対する耐性が落ちている。


「……あいつ、余計なことしやがって。俺たちを弱体化させる罠だったんじゃないか?」


「勇者様、何をブツブツ言っているのですか。早く進みましょう。このままでは日が暮れます」


リリアナに急かされ、俺は舌打ちをして立ち上がった。 足元がふらつく。 吐き気がこみ上げるのを無理やり水で流し込む。


(あのオレンジ色のポーション……『太陽の雫(サン・ドロップ)』だったか? あれがあれば、こんな疲れ一発で吹っ飛ぶのに)


無意識のうちに、ティアの作ったアイテムの名前が脳裏をよぎる。 味だけじゃない。MPの回復速度、傷の治り具合、そして何より戦闘後の疲労感。 ティアがいなくなってから、全てが上手くいかない。歯車が狂ったように、何もかもが噛み合わない。


 ◇◆◇


その日の探索は、散々な結果に終わった。 予定していた階層まで到達できず、戦利品も乏しい。 そのくせ消耗品であるポーション代だけがかさみ、収支は赤字ギリギリだ。


街に戻り、安宿の酒場で反省会を開いたが、空気はお通夜のように重かった。


「……このままじゃ、来月の家賃も払えねぇぞ」


魔法使いの男が、ジョッキを揺らしながらぼやく。 彼のMP枯渇も深刻だった。以前ならダンジョン内でもティアが焚く『微風のミント(ブリーズ・ミント)』の香りで自然回復していたが、今は休憩してもなかなか戻らないらしい。


「装備の修理費もあるしな……。おいアレク、どうすんだよ」


仲間の視線が俺に集まる。 責めるような、縋るような目。 それが俺を苛立たせた。


「うるせぇ! たまたま調子が悪かっただけだ! 次はもっとうまくやる!」


俺はテーブルを叩いて立ち上がった。 だが、誰も同意してくれない。 沈黙が痛い。


その時、リリアナが静かに口を開いた。


「……提案があります」


彼女は真剣な眼差しで俺を見た。


「調香師のティアさんを、呼び戻すべきではありませんか?」


「はぁ!?」


俺は思わず大声を上げた。


「何言ってんだ! あいつはクビにしたんだぞ! 『使えない』から追い出したんだ!」


「ですが、現状を見る限り、彼女の支援能力は『使えない』どころか、パーティのかなめだったのでは? 私も専門外ですが、彼女の残したポーションの空き瓶を分析してみて驚きました。あれほどの純度と効能を持つ薬を作れる調香師は、王都でもそうはいませんよ」


リリアナは淡々と事実を突きつけてくる。 新しい聖女である彼女は、プライドが高く気が強いが、能力は確かだ。その彼女が、ティアを認めている。


「それに、あなたたちのその『ポーション依存症』のような体質……彼女の薬がないと、まともに戦えない体になっているのではありませんか?」


「ち、違う! 俺たちはあいつに依存なんてしてねぇ!」


「なら、結果を出してください。今日のザマは何ですか? 格下のオーガ相手に泥仕合をして、ポーション代で赤字? ……Sランクが聞いて呆れます」


「てめぇ……!」


俺はカッとなって手を上げそうになったが、ガストンに羽交い締めにされた。


「やめろアレク! 聖女様に手を上げたら、俺たちギルドから追放されるぞ!」


「放せ! この女、俺たちを馬鹿にしやがって!」


酒場中が注目する中、俺たちの怒鳴り合いが響く。 最悪だ。 Sランクパーティ『金色の獅子』の威厳は地に落ちた。


リリアナは冷ややかな目で俺を一瞥すると、荷物をまとめて立ち上がった。


「……今日はもう休みます。明日もこの調子なら、私も考えさせてもらいますから」


「あぁ!? 抜けたきゃ抜けろ! 代わりなんざいくらでもいるんだよ!」


俺は捨て台詞を吐いたが、リリアナは振り返りもしなかった。 仲間たちも気まずそうに目を逸らし、一人、また一人と席を立っていく。


「……ちくしょう」


一人残されたテーブルで、俺は頭を抱えた。 安酒の不味さが、余計に惨めさを引き立てる。


(なんでだ……なんでこんなことになった)


ティアを追い出せば、経費が浮いて、もっと強い魔法を買えて、俺たちはさらに強くなるはずだった。あんな臆病で、戦闘中も「ひぃぃ!」とか叫んでるだけの足手まといがいなくなれば、もっとスムーズに連携できるはずだった。


なのに、現実はどうだ。 傷は痛い。体は重い。飯は不味い。夜は眠れない。 あいつがいた時は、当たり前のように用意されていた「快適さ」が、全て消え失せた。


「……あいつのせいだ」


俺は呟いた。 そうだ、あいつが悪い。 あいつが俺たちを甘やかしたせいで、俺たちは弱くなったんだ。 勝手に依存させておいて、勝手にいなくなりやがって。


「……責任、取らせてやる」


俺はグラスに残った酒を一気にあおった。 ティアがどこに行ったかは知らない。だが、あんな無能が一人で生きていけるはずがない。 きっと今頃、路頭に迷って泣いているはずだ。


「俺たちが迎えに行ってやれば、泣いて喜んで戻ってくるに決まってる」


そう自分に言い聞かせる。 そうだ、俺が頭を下げる必要はない。 「戻りたいなら戻らせてやる」と言えばいい。そうすれば、またあの甘いポーションが飲める。痛みのない夜が来る。


「……待ってろよ、ティア。お前の居場所は、俺たちの後ろしかないんだからな」


歪んだ独占欲と、自身の弱さを認められない傲慢さ。 それが入り混じったどす黒い感情を抱え、俺はふらつく足取りで酒場を後にした。


その頃、ティアが遠く離れた地で公爵に溺愛され、自分の店を持って大成功していることなど、知る由もなかった。

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