第17話:毒も汚れも、泡で洗えばツヤツヤに
「いらっしゃいませー!」
今日も『ティアの小瓶』は、朝から大盛況だった。 開店と同時に貴族の奥様方や騎士たちが押し寄せ、店内はすぐに満員御礼。 私のささやかなお店は、今や街一番の人気スポットになっていた。
「ティアさん、この『美肌の雫』のおかげで夫に褒められましたの!」 「俺も『剛力の香油』のおかげで、訓練で一番になれたぜ!」
お客さんたちの笑顔を見るたびに、胸が温かくなる。 私が作ったもので、誰かが喜んでくれる。 それは、かつて勇者パーティでは決して味わえなかった感覚だった。
「わんっ!(ママ、次のお客さんだ!)」
看板犬としてカウンターに鎮座するポチ(黒い子犬モード)が、元気よく吠えた。 女性客たちは「まぁ、可愛いわんちゃん!」「賢いわねぇ」とメロメロだ。
「よしよし、ポチはお利口さんだね。……じゃあ、ちょっとサービスしちゃおっか」
私はポチに目配せをした。 ポチは「わふぅ(面倒くさい)」という顔を一瞬したものの、すぐに「コロン」と仰向けになり、無防備なお腹を晒した。
「キャーッ! お腹見せてくれたー!」 「触ってもいいのかしら!?」
黄色い歓声が上がり、ポチのお腹周りに行列ができる。 災厄級魔獣の腹を撫でる貴婦人たち。 シュール極まりない光景だが、平和で何よりだ。
そんな時だった。
「た、助けてくれぇぇぇ!!」
悲痛な叫び声と共に、一人の冒険者が店に飛び込んできた。 彼の背中には、グッタリとした仲間の姿がある。
「ど、どうしたんですか!?」
「仲間が……ダンジョンで『猛毒のバジリスク』にやられたんだ! 解毒ポーションを持ってるか!?」
見れば、背負われた男性の顔色は土気色で、呼吸も浅い。 傷口からは紫色の体液が滲み出し、服や皮膚を腐食させている。 かなり強力な毒だ。
「す、すぐに解毒ポーションを……!」
私は棚に駆け寄った。 しかし――。
「あ……ない」
解毒ポーションの棚は空っぽだった。 昨日の大盛況で売り切れてしまい、まだ補充できていなかったのだ。
「そんな……! 他の店じゃ間に合わねぇんだ! 頼む、なんとかしてくれ!」
冒険者の必死な懇願。 仲間の命がかかっている。 でも、在庫がない。 材料を取り寄せて一から調合していたら、手遅れになってしまう。
(どうしよう、どうしよう……!)
私の脳内で警報が鳴り響く。 このままじゃ、目の前で人が死んでしまう。 私の準備不足のせいで。
「……落ち着け、私」
深呼吸をする。 震える手を握りしめる。 考えるんだ。今あるもので、何か代用できないか。
毒を中和する成分。傷を癒やす成分。そして、腐食した皮膚を洗浄する成分。 それらを同時に満たすものは――。
(……これだ!)
私の視界に入ったのは、二つの小瓶だった。 一つは、あらゆる汚れを分解する『潔癖の石鹸』。 もう一つは、超強力な再生作用を持つ『復活の乳香』。
「やるしかない……!」
私は『調香師の戦帯』から二本を抜き取り、空のボウルに勢いよく投入した。
「即興調合開始!」
マドラーで激しくかき混ぜる。 石鹸の清涼感ある香りと、乳香のスパイシーな香りが混ざり合い、不思議な輝きを放つ泡が膨れ上がっていく。
「えっ、あの……調香師さん? それ、お風呂セットじゃ……?」
冒険者が困惑の声を上げるが、構っている暇はない。
「これで洗えば治ります!!」
私は完成した『浄化の泡』を両手にすくい上げ、瀕死の男性の傷口に塗りたくった。
シュワワワワッ!!
激しい発泡音と共に、紫色の毒素が泡に吸い出されていく。 腐食していた皮膚がボロボロと剥がれ落ち、その下からピンク色の新しい皮膚が再生していく。
「ぐ、うぅ……!?」
男性が呻き声を上げ、カッと目を見開いた。
「……痛くない? いや、むしろ……気持ちいい!?」
毒が消え、傷が塞がっただけではない。 全身を包み込んだ泡が、長年の冒険で蓄積した汚れや古い角質まで根こそぎ洗い流していく。
そして数分後。 泡を拭き取った男性の姿を見て、店中が静まり返った。
「……誰?」
そこに立っていたのは、土気色の病人ではなかった。 髪は天使の輪ができるほどツヤツヤ。肌は赤ちゃんのようにもちもち。 全身からフローラルな香りを漂わせる、美青年に生まれ変わっていたのだ。
「す、すげぇ……! 毒が消えただけじゃなくて、若返ったみたいだ!」 「俺のゴワゴワだった髪が、シルクみたいに……!」
男性は自分の頬を撫で回し、感動に打ち震えている。
「あ、あの……実は副作用がありまして……」
私は恐る恐る告げた。
「その泡、洗浄力と再生力が高すぎて……全身の毛がツヤツヤになりすぎちゃうんです。あと、しばらく体からお花畑の匂いが消えません」
冒険者稼業としては、目立ちすぎるし匂いで魔物にバレるしで、致命的な副作用かもしれない。 怒られるかな……?
しかし。
「最高じゃねぇか!!」
男性は満面の笑みで叫んだ。
「俺、最近薄毛が気になってたんだよ! これならモテモテだぜ!」 「しかも解毒ついでにエステまで! ティアさん、あんたマジで女神だ!」
相方の冒険者も、羨ましそうに私の手を取った。
「俺にもやってくれ! 金なら払う!」 「私も! 私もその泡で洗って!」
周りにいた女性客たちも目の色を変えて押し寄せてくる。 解毒用の緊急処置だったはずが、いつの間にか「究極の美容エステ」として大人気になってしまった。
「あわわ……じ、順番にお願いします~!」
私は嬉しい悲鳴を上げながら、ひたすら泡を作り続けた。 こうして、また一つ新たな伝説(と勘違い)が生まれたのだった。
「ふふっ、ティアは本当にすごいな」
騒ぎが一段落した頃、店の奥からラインハルト様が現れた。 彼は満足げに頷き、私に囁く。
「君の手にかかれば、毒すらも美に変えてしまう。……やはり君は、『美の魔女』だな」
「ま、魔女だなんて……!」
「いい意味だよ。君の魔法に、誰もが魅了されている」
ラインハルト様は私の手を取り、甲に口づけを落とした。 店内の女性客から「キャーッ!」という悲鳴が上がる。
私は顔を真っ赤にして、俯くことしかできなかった。 でも、心の中は温かい気持ちで満たされていた。
私の作ったもので、みんなが笑顔になってくれる。 副作用があっても、それごと受け入れてくれる。 ここには、私の居場所があるんだ。
「……へへっ。もっと頑張らなきゃ」
私は小さくガッツポーズをした。 この幸せな日々が、ずっと続きますように。
そう願わずにはいられなかった。




