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臆病な調香師は、震える手で物理無双する。~「使えない」と勇者パーティーから追放されたのに、うっかり最強スパイスでドラゴンを挽肉にして、冷血公爵様に溺愛されました~  作者: 月影 朔
第1章:追放と覚醒、そして最強の顧客

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第12話:調香師 vs 災厄の魔狼

「どうしよう……詰んだ……?」


目の前でラインハルト様が膝をついている。背中からは血が流れ、黒い影の爪がさらに追撃をかけようとしていた。


ヴォルグの赤い複眼が、嘲笑うように細められる。


「終わりだ。まずはその男の手足を――」


「やめろぉぉぉッ!!」


私の絶叫も虚しく、影の刃が振り上げられる。


思考しろ。考えろ、ティア。 泣いていても何も解決しない。ラインハルト様を助けられるのは、私しかいないんだから!


(物理は無効。魔力による爆発もすり抜ける。実体がない『影』そのもの……)


殴っても斬っても効かない相手。 そんなの、どうやって倒せばいいの?


私の手持ちにある攻撃系アロマは、『紅蓮の肉桂インフェルノ・シナモン』や『金剛の柚子アダマンタイト・シトラス』といった、物理強化や属性付与のものばかり。 全部、「殴って解決」するための道具だ。


(殴れないなら……残された手段は『精神』への干渉しかない)


脳に直接作用する香りなら、肉体の有無は関係ないはず。 でも、私の手持ちにある精神系アロマは、『安らぎのラベンダー』のような微弱なリラックス効果を持つものだけ。


あんな災厄級の化け物に、ちょっといい匂いを嗅がせたところで、「いい香りだったな」で済まされて終わりだ。


(もっと強力な、強制力のある香りじゃないと……でも、そんな都合のいいものなんて……)


その時。 ふと、ヴォルグの行動が脳裏をよぎった。


『この匂いだ。我の鼻を刺激した、鼻持ちならない善の香りは』


あいつは、匂いを嗅ぎつけて、ここまでやってきた。 そして今も、鼻をひくつかせて匂いを探っている。


(……あいつ、鼻が良いんだ!)


野生動物以上の、異常なまでの嗅覚。 それは索敵においては脅威だけど――同時に、最大の弱点にもなり得る。


(感覚が鋭敏すぎるってことは、刺激に対する反応も過剰になるはず……!)


普通の人間なら「ちょっといい匂い」で済むものでも、あいつにとっては脳髄を揺さぶる激薬になるかもしれない。


いける。 理論上は、いけるはずだ。


(作るしかない。あいつの脳ミソを焼き切るくらいの、超高濃度の精神干渉アロマを!)


私は震える手で『調香師の戦帯アルケミスト・バンドリア』に触れた。


必要なのは、魔物を強制的に引き寄せる誘引剤『死神の果実(グリム・フルーツ)』。 そして、生物の理性を破壊して陶酔させる禁断の植物エキス『禁断のまたたびフォービドゥン・キャットニップ』。


この二つを、限界ギリギリの濃度でブレンドする。 一歩間違えば、調合した私自身が発狂しかねない危険な賭けだ。


「うぅ……て、手が……」


指先がガタガタと震えて、瓶が掴めない。 怖い。 もし失敗したら? もし効かなかったら? ラインハルト様が殺されて、私も殺されて――。


(ダメだ、落ち着け私……! 今、ビビってる場合じゃないでしょ!)


でも、本能的な恐怖が体を縛り付ける。 目の前には災厄。背後には瀕死のラインハルト様。 プレッシャーで押しつぶされそうだ。


「……これを使わないと、手が震えて調合できない……!」


私は意を決して、ポーチの奥底にある「最後の切り札」を取り出した。 黒い禍々しい小瓶。 『反逆のスパイス(リベリオン・ペッパー)』。


これを使えば、私は私じゃなくなる。 でも、今の「臆病な私」じゃ、誰も守れない。


「お願い……私に、勇気を……!」


私は祈るように瓶を握りしめ――。


パァァン!!


地面に思いっきり叩きつけた。


弾け飛ぶガラス片。 あふれ出す、脳を焼くような刺激臭。 それを深く、肺の奥底まで吸い込む。


ドクンッ!!


心臓が早鐘を打ち、視界が赤く染まる。 恐怖という名の雑音が、一瞬で消え失せた。 代わりに湧き上がってくるのは、煮えたぎるような高揚感と、研ぎ澄まされた集中力。


「…………あー、やっと目が覚めた」


私はゆっくりと顔を上げた。 唇が、三日月形に歪む。


「おいワンコ。調子に乗ってんじゃねーぞ?」


「……あ?」


ヴォルグが怪訝そうにこちらを向く。 その隙に、私は『戦帯』の上で指を走らせた。


シャラララッ!!


まるでDJがターンテーブルを操るかのような、超高速の指さばき。 迷いなど微塵もない。 今の私には、最適解のレシピが光って見える。


「ベースは『死神の果実(ルアー)』! こいつでオマエの嗅覚を強制ロックオン!」


ドボドボドボッ! 毒々しい紫色の原液を、空のフラスコに注ぎ込む。


「アクセントにはこれだ! 『禁断のまたたびフォービドゥン・キャットニップ』! 脳ミソとろけさせる極上の快楽物質ドラッグだぜぇッ!!」


ジョボボボボッ!

ピンク色の粘着質な液体を、限界量まで投入する。 普通なら一滴で猛獣を発情させる劇薬を、瓶ごとぶち込む暴挙。


「混ぜて混ぜてぇ! シェイク・イット・ベイベェェェッ!!」


ガシャン! ガシャン!


フラスコを激しく振り、魔力を練り込む。 化学反応が起き、液体が妖しく発光し始める。 甘く、重く、そしてどこか危険な香りが、フラスコの口から漏れ出す。


「な、なんだその不快な動作は……?」


ヴォルグが警戒心を露わにし、影の刃を構える。


「貴様の企みなど知らんが、死ね!」


影が伸びる。 私の首を刈り取るために。


だが、遅い。 こちらの準備《仕込み》は、もう完了している。


「特製ブレンド、『脳蕩けの甘い誘惑メルト・ダウン・パピー』! おあがりッ!!」


私は完成したフラスコを、野球のピッチャーのように振りかぶった。 狙うは一点。 あの生意気な鼻先だ。


「受け取れぇぇぇッ!!」


剛速球が空を切り裂く。 ヴォルグは影になって回避しようとしたが――遅かった。 『死神の果実』の強力な誘引効果が、ヴォルグの鼻を釘付けにしていたのだ。


ガシャァァァン!!


フラスコがヴォルグの鼻先で直撃し、粉々に砕け散った。


「グッ……!?」


瞬間、視界を埋め尽くすほどの、ピンク色の甘い煙が爆発的に広がった。 魔狼の巨体が、その甘美な霧の中に飲み込まれていく。


「……ククッ、深呼吸の時間だぜ?」


私はニヤリと笑い、勝利を確信した。 この香りから逃げられる獣なんて、この世には存在しないのだから。

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