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臆病な調香師は、震える手で物理無双する。~「使えない」と勇者パーティーから追放されたのに、うっかり最強スパイスでドラゴンを挽肉にして、冷血公爵様に溺愛されました~  作者: 月影 朔
第1章:追放と覚醒、そして最強の顧客

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第10話:魔狼の影

(ヴォルグ視点)


夜のとばりが下りた森の中。 月明かりさえ届かぬ深い闇の底から、我は這い出た。


「グルルルゥ……」


喉の奥で低い唸り声を上げる。 長い眠りだった。腹が減っている。 だが、ただ肉を食らうだけでは満たされぬ。 われが求めているのは、もっと甘美で、芳醇な――「絶望」の味だ。


「ククク……人間どもの悲鳴は、いつ聞いても良い音色ねいろだ」


一歩踏み出すたびに、足元の草花が黒く枯れ果てていく。 口元からは、ジュウジュウと音を立てる溶解液(アシッド)が滴り落ち、地面を溶かしていた。


我の名は深淵の魔狼(ヴォルグ)。 古の時代より、人間どもに「災厄」と呼ばれ恐れられた王である。


「さて……まずは小手調べといくか」


鼻をひくつかせる。 風に乗って、鉄と油、そして微かな「恐怖」の匂いが漂ってくる。 獲物が近い。


◇◆◇


「おい、今の音を聞いたか?」 「あぁ……何か、獣のような声だったが」


森の小道を、数人の騎士たちが警戒しながら進んでいた。 公爵領の偵察隊だろう。 揃いの鎧に身を包み、腰には剣を帯びている。 人間にしては鍛えられているようだが、我の目には「皮の薄い肉袋」にしか映らない。


「グルゥ……」


「っ!? 誰だ!」


騎士の一人が松明たいまつを掲げる。 闇の中に浮かび上がる、我の巨体。 漆黒の毛並みに、六つの赤い複眼。


「ひっ、なんだこの化け物は……!?」 「狼……? いや、デカすぎる! 構えろ!」


騎士たちが剣を抜く。 その顔に張り付いた恐怖。強張った筋肉。速くなる脈動。 ああ、たまらない。 その怯えこそが、最高のスパイスだ。


「殺せぇぇぇッ!!」


一人の騎士が、気合いと共に切りかかってきた。 鋭い剣閃が、我の首筋を捉える。


――スカッ。


「な……ッ!?」


剣は我の体をすり抜け、くうを切った。 手応えがないことに驚愕し、騎士が体勢を崩す。


「物理攻撃など、我には通じぬ」


我は「影」そのもの。 実体を持たぬ闇の霧。 物理的な干渉など、意味を成さないのだ。


「次は我の番だな」


「がはっ!?」


影の爪を実体化させ、騎士の腕を軽く薙ぎ払う。 鎧ごと骨が砕け、肉が弾ける感触。 剣が地面に落ちる音と共に、騎士が悲鳴を上げて転げ回る。


「腕が、俺の腕があぁぁぁッ!!」


「いい声だ。もっと聞かせろ」


残りの騎士たちが凍り付く。 仲間がやられた怒りよりも、理解不能な存在への恐怖が勝っている。


「化け物め……! 魔法だ! 魔法で攻撃しろ!」


炎や氷の魔弾が飛んでくる。 だが、遅い。 我は影に溶け、彼らの背後へと瞬時に移動する。


「ここだぞ?」


「うわぁぁぁッ!?」


「逃がしはせぬよ。……殺しもしないがな」


恐怖は、生かしておいてこそ伝染する。 手足を一本ずつ奪い、希望を少しずつ削り取る。 それこそが、我ら高貴なる魔獣の「遊び」というものだ。


バキッ。グシャッ。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」 「た、助け……!」


数分後。 そこには、四肢を折られ、絶望の淵で呻く騎士たちの姿があった。 誰も死んではいない。 だが、二度と剣を握ることはできないだろう。


「ふぅ……やはり人間はもろいな。すぐに壊れてしまう」


退屈しのぎにもならぬ。 我は欠伸あくびを噛み殺し、その場を立ち去ろうとした。


その時だ。


カラン……。


倒れた騎士の一人が、懐から小さな小瓶を落とした。 割れた瓶から、液体がこぼれ出す。


「……ん?」


鼻を突く、奇妙な匂い。 血と泥の臭いが充満するこの場において、それはあまりにも異質だった。


「……なんだ、この鼻につく『善』の匂いは」


スゥッと鼻を近づける。 清浄で、どこか懐かしく、それでいて我の本能が激しく拒絶する匂い。 まるで、泥沼に咲いた一輪の花のような。 我ら「悪」の存在を浄化しようとする、忌々しい輝きを感じる。


回復薬ポーション……か? だが、ただの薬ではないな)


通常の錬金術師が作るような、安っぽい薬草の臭いではない。 もっと根源的な、魂に直接干渉してくるような「力」が込められている。


「気に食わん」


我は不快げに鼻を鳴らし、前足でその小瓶を踏み砕いた。 パリーンと音がして、ガラス片が散らばる。


この匂いを作った者は誰だ? これほど純度の高い「善」の香りを作り出せる人間など、そうはいないはずだ。


「……ククク」


口元が自然と歪む。 面白い。 この匂いの主を、次の玩具おもちゃにしよう。


恐怖を知らぬ「善」なる者が、我の前にひれ伏し、絶望に顔を歪める瞬間。 その悲鳴は、さぞかし極上の音色を奏でることだろう。


「待っていろよ、人間」


我は影に溶け、匂いの痕跡を辿り始めた。 その先にあるのは、人間たちが暮らす街。


月が雲に隠れ、世界が闇に包まれる。 深淵の魔狼ヴォルグの狩りが、今、始まろうとしていた。

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