誰も困らないのでこのまま続行した
「お……お久しぶりです……。ビルドさま」
いや、初対面だが。
そんな心の声をしまい込んで婚約者を見る。
確かに、髪の色も目の色も婚約者のメリッサにそっくりだ。いや、顔立ちもそっくりと言えばそっくりだから知らない人からすればメリッサだと思うだろう。
(だけど、目の輝きが違うんだよな……)
あいつは俺のことをどうでもいい相手にしか思っていないで、どちらかと言えば夢の妨害者扱いで敵意を宿して……まあ、それも表に出さない猫かぶりは優秀だった。
だけど、このメリッサのそっくりさんは怯えと緊張とわずかにこちらに対しての思慕が見え隠れする。
そして、初めましてと思ったけど、見たことあったのを思い出す。
「……もしかして、リーファ?」
防音魔法で自分と彼女以外には音が聞き取れないように細工してから尋ねるとびくっと身体を震わせ、しっかり反応する。
以前、メリッサから聞いたことあった。メリッサには腹違いの妹がいると。
『あのくそ親父が浮気してできた子供でさ~。母が激怒して、召使扱いでこき使うのよ。そこで浮気相手とその子供を庇う気概があれば見直したけど。そんな母の言いなりで同じようにこき使うのよね。あのくそ親父』
そんな両親がいるから表立って庇えないと自分を利用して、その母子のいる場所へたまたま向かっていた態で差し入れを渡していた。
だから遠目でしか見たことない。…………と、思う。
「ああ、だからお久しぶりだったか。ごめんリーファのことを忘れていたっ!! てっきり初対面だと思ってた」
慌てて謝罪すると、リーファは少し困ったように、
「いえ……メリッサさまのふりをしていたので【リーファ】では初めてでいいと思います……」
「そうなのか。じゃあ、初めましてリーファ」
これですっきりしたと笑い掛ける。
「は……初めましてビルドさま……」
顔を赤らめて挨拶をするリーファを見ながら、
「で、メリッサに何を押し付けられたんだ?」
婚約者のふりなんてさせられてと尋ねると困ったように……怯えたように身体を震わせて……。
「えっと……あの……」
説明していいかと躊躇う様子で、これ口止めされているな。場合によっては母に責任がいかないか不安になっているのかもと何となく察したので影響は出ないように手を打つと宣言しておく。
「実は……」
そこで告げられたのがまさにメリッサらしいもので。このままでは本格的に結婚させられると判断して、油断している隙を窺って夢を叶えるために逃亡してやると実際逃亡して行方が杳として知れない。これがばれて婚約が破棄されたら困ると判断したメリッサの両親がメリッサを見付けるまでの繋ぎとして愛人の子供を身代わりにした。
「バレたら一大事だというのに……」
「すみませんっ」
ガタガタと怯えているリーファが一番の被害者なのに、ばれたら真っ先に処分されるのは自分と母だと思っているのだろう。
メリッサが自分の両親……というか貴族の在り方を毛嫌いするのも仕方ないだろうな。
「じゃあ、婚約者はメリッサじゃなくてリーファに変更と話をつけておくけど、リーファはそれでいい?」
「はいっ?」
意味が分からないと目に涙を溜めたままきょとんとこちらを見てくる。
「んっ? だから、家同士の契約だからメリッサじゃなくてリーファでもいいから変更をするけど、もしリーファが貴族ではなく庶民として暮らしたいなら考慮するよ。愛人の子供だと言われてまともな教育もされていないでこき使われたから貴族など嫌だろうし」
そこら辺は配慮すると告げると、
「メリッサさまのことは……」
もじもじと聞きにくいことを尋ねるかのように口を開いているのを見て、そのしぐさが可愛らしいなと思ってしまう。
…………貴族らしさに染まっていない雰囲気もあって。
「友人関係ではあったけど、恋愛対象ではなかったな。まあ、契約関係を結ぶと考えたら悪くない程度だったし」
「えっ⁉」
「貴族の結婚ってそんなものだよ」
まあ、あっちは俺との結婚はよく思っていなかったけど。
「そ、そんな……」
結婚の定義はかなりショックだったのだろう青ざめた顔でフラっと倒れそうだ。貴族に憧れる人は多いけど。所詮こんなものだ。
うちの両親も契約結婚だったし。
「だから恋愛結婚に憧れるのなら平民同士の結婚か。相手に好きになってもらえるように努力するしかないんだよね。だから、恋愛結婚に憧れるのならこの話はなかったことに……」
「いいえ!! 大丈夫です!!」
なかったことにしようと言い掛けたのを途中で遮られる。なんでだろうか俺の後半の言葉を聞いて青ざめた顔だったのが何か決心したようなものに変わる。
「流されたままで入れ替わりましたけど、ビルドさまがそこまで気に掛けてくれているのなら私に出来ることをしてみます!!」
決意表明とばかりに宣言するさまが面白くて、つい笑ってしまう。
「…………笑わないでください」
それに恥ずかしそうな顔をしているリーファにこの子面白い子だなと興味が湧いてしまう。
(うん。この子でも結婚生活は楽しめそうだ)
相性は悪くなさそうだと判断して、取り敢えず婚約者をメリッサからリーファに変更した。
「と言うことだ」
とある下町の定食屋で、おすすめランチを食べながら報告する。
「やっぱりね~。リーファに気付いてそう結論したかぁ」
楽しそうに机に腕を置いてにやにやと笑っているメリッサは貴族令嬢らしさが完全に失われていて、完全に冒険者となっている。
「お前な。悪ふざけをするにしてもリーファを巻き込むなよ」
そんなメリッサに冷たい視線を向けて叱りつける。メリッサの悪ふざけも婚約者に逃げられた汚名もいくらでも自分相手なら構わないがそれにリーファを巻き込むのは見損なったと言外に告げると、
「あぁ……それはごめん。後で、リーファにも詫びておく。だけどね」
頬づいた格好で、
「わたくしではリーファは救えなかった」
「………………」
「リーファだけなら逃がせるかもしれなかったけど、リーファにはリーファの母親という人質が居た。だから、リーファを助けるには二人一緒に逃がす必要があった。そして、それが出来るのはわたくしではなく、ビルドだと思ったのよ」
確かに、リーファに頼まれた条件はリーファの母の安全だった。なので、リーファ共々我が家に連れて帰ることにした。
「だから、リーファを偽者に仕立て上げるように手を回したのか」
「そっ。どうせならリーファを助けるのが王子さまの方がいいと思ってね」
「王子さま……」
「リーファの目を見ればわかったでしょ」
熱を含んだ眼差し。恋愛結婚の話で意気込んでいた顔つき。
「…………心当たりないけど」
「リーファいわく、あかぎれでぼろぼろになっていた自分の手にハンドクリームを塗ってくれたんだって、
そして、予備だからとケースごとくれたとか」
心当たりあるかと尋ねられてしばらく考え込む。
「ああ、そう言えば、木桶を運んでいる子供にあげたな~」
それがリーファだったのか。
「それ以来あんたのこと好きだったそうよ。切ない眼差しであんたを見ていたから聞きだしちゃった♪」
「それを本人の許可なく教えるなよ」
それにしても初恋ね……。
「あの子は努力家よ。きっと、貴族令嬢らしさもあんたに好かれる努力も人一倍してやり遂げるわ」
「お前がそういうのならそうなんだろうな……」
ならばあの子にとって悪い話ではなかったのかと内心安堵する。
好きかと聞かれたら微妙だが、あの子を気に掛けている時点で気に入ったのだろう。
「メリッサ。とりあえず、リーファが気に入ったからお前のしでかしたことに感謝しておく」
「どういたしまして。その気持ちが恋愛になるのを期待しているよ」
ひらひらと手を振られて、その報告は遠くないだろうなとそんな予感がした。
ちなみにメリッサは恋愛よりも冒険好きな少女で満足している。
リーファも相手を騙していないのなら好きになってもらう気満々でこの生活に不満はない。
ビルドは契約が上手くいけばいい程度だったのが近いうちにほだされる予定。