婚約破棄された悪役令嬢は、筋肉と紅茶で世界征服をして、みんなで幸せに暮らしました!
ギャグです。頭を空っぽにしてお楽しみください。
ここは王立アホニア学園・大ホール。
壇上に並ぶ美形男子たち。中央には、ゲーム本編のヒロインのユリア・セーイジョ。
そして、その目の前に立たされるのは――私、レイラ・アクレイ。悪役令嬢、らしい。前世でネットかなんかの広告で見た。
「レイラ・アクレイ! 君との婚約を、破棄するっ!!」
バンッ!
婚約者であるアルベルト・コウキー王子が、拳を演台に叩きつけて高らかに叫んだ。
観客席は「まぁ……!」「やっぱり……!」「断罪イベントきたぁ!」と謎の盛り上がり。
ヒロイン・ユリアはウルウルとした目で王子を見上げ、「アルベルト様……」と感動で鼻をすすり始めた。
なるほど。あれが恋に落ちた顔か。というか花粉症じゃないかしら? その目の赤さ。自分の不調くらい聖女パワーでパッパと治しなさいよ。いつも他人のことを優先しすぎなのよ。
「……つまり婚約を破棄したい、とおっしゃるの?」
「そ、そうだとも! 君はいつもユリアに嫌がらせばかりして――」
「喜んでー!!!!! ですわ!」
私は食い気味に叫んだ。
「私の理想は、地獄から這い上がった筋肉ゴリラ系ムキムキナイスガイですもの! なんで細マッチョ未満爽やかキラキラ王子と結婚しなきゃならないのかしらってずっっっっと思っておりましたの。だって、私たち、絶対に合わないのだもの。下手をすると死人が出るほどに」
「えっ」
「綺麗な綺麗な王子様。私、綺麗なものは大好きですの。大好きで大好きで大好きで……壊したくなるくらい」
ざわつく会場。涙目のアルベルト様は、ドン引きしているユリアさんにしがみついている。ふふ、こう言っておけば元サヤルートはなくなるでしょう。
綺麗なものは大好きだけれど、別にそういったヘキはないわ。せいぜい、美しさが損なわれないように監視魔法でいつもいつもいつもずーーーーーっと見守ったり、ほんの少しでも不調があれば本人が気づく前にこっそり回復魔法をかけたり、邪魔者がいれば家ごと潰したりするくらいね。悪役令嬢なのだから、これくらいは普通のことでしょう、きっと。
「というわけで――私が道を踏み外さないために、婚約破棄、大歓迎! そして!」
全員が私に注目したところで、空間収納から巻物を取り出す。
ドンッと広げると、そこにはデカデカとこう書かれていた。
『世界征服計画 第一段階:学園ジャック!』
「皆さま、今から私がこの学園を占拠いたしますわ!」
「えええええええええ!?」
「このような悲劇を――誰にとっても不幸な婚約を生み出さないためには、私がテッペンを獲るしかないと気付きましたの。そして、最初の一歩は小さなことから。……さぁ! 第一部隊、カモン!」
バンッ!
ドアが開き、黒ずくめのメイドたちが一糸乱れぬフォーメーションで入場してきた。
両手にはモップと高圧洗浄機。
「清掃部隊、配置につきました!」
「よくやったわ! まずは校舎を綺麗にするのよ!」
「了解ッ!」
私が征服する学園が綺麗じゃないなんて、許せないのよね。
学園に入り込んでいた百年物の埃と汚れが、次々と浄化されていく。
「学園が……きれいになっていく……!」
「悪役令嬢って……女神だったのか……?」
あら、民衆の支持率が爆上がりしていくわ。さすが私ね。
世界征服計画の第一歩「校舎ピカピカ大作戦」が終了するころ、予期せぬ人物が学園の門をくぐった。
「……おい」
その声は低く、筋肉質だった。
「アクレイ嬢……世界征服を始めたと聞いて来てやったぞ」
そこにいたのは、私の憧れであり、理想の方――
地獄から這い上がった筋肉ゴリラ系ムキムキナイスガイ、グラディウス・メチャムキ男爵!
美しい筋肉! あらゆる攻撃を跳ね返す筋肉! 私が愛ゆえに壊してしまう可能性が微粒子レベルも存在できない筋肉!
「グラディウス様!? 私のために来てくださったの!?」
「この世界、お嬢が掃除してやるって? いいだろう。俺の大胸筋も、磨かせてやる」
「光栄ですわー!」
こっそり冒険者として活動していたときに知り合ったグラディウス様。大胸筋を見ていたことがバレていたのね。淑女として、はしたなかったかしら。でも、上腕三頭筋や僧帽筋を見ていたことはバレていないようだからセーフよ!
私は歓喜のあまりグラディウス様の胸板に頭突きをかまし、軽く脳震盪を起こしました。
お姫様抱っこで保健室に運ばれるなんておいしいイベントも発生したわ!
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一方その頃、アルベルトは食堂で一人ランチをしていた。
「うう……なんで民衆が彼女を支持してるんだ……僕は王子だぞ……」
「アルベルト様、ユリアさんが『アクレイ様って……素敵』と、うっとりしております!」
「ウソだろ!!? あの筋肉フェチ潔癖症ヤンデレ女のどこに負ける要素があるんだ!」
「『アクレイ様なら、私が育ったたクソ汚いスラムも綺麗にしてくださるわ。先に死んでいったあの子たちのお墓も作ってくれるって……今まで生き延びたのは、この日のためだったのね……』と言って、泣きながら拝んでました」
「唐突に明かされる激重過去ぉ!!! そりゃスラムを看過してる王族よりも、国を綺麗にしようとする令嬢に靡くよな!!!」
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……なんだか、元婚約者の叫び声が聞こえた気がしますわ。
学園が私の支配下になってから3日。そろそろ次の段階に進んでもよさそうね。
「では、第2段階――スタート!」
朝の登校風景に、轟音が響く。
ガラガラガラ……ゴゴゴゴゴ……!!
「な、なんだあれは……!?」「戦車!? 令嬢が戦車に乗ってるぅ!?」
「ふふ、これこそ悪役令嬢の愛車。カスタムメイドよ。名前はマリア=ヴォルケーノ=III型。武装はしてないわ、代わりにいつでも淹れたての紅茶が飲める機能があるの。」
白く輝く装甲にはレースの縁取り、砲塔の代わりに巨大なティーポット。
「さあ、みなさま! 筋肉と紅茶の時間ですわよ!」
巡回兵たちは騒然とした。
「……敵襲か!?」
「敵襲? ……いいえ、素敵なティータイムですわ!」
そう、すべてはここから始まる――
世界は、紅茶と筋肉によって、再構築されるのである。
「わたくし、気付きましたの。
民衆は、王家に忠誠を誓っているのではなく――筋肉と紅茶に癒やされたいだけだということに!」
そう語る私の背後には、筋肉紅茶団団長となったグラディウス様。
その大胸筋は、一度に3杯のティーカップを保持できるという謎のスキルを獲得していた。流石ですわ!
私の作戦はこうだ
乗り込む(戦車で)
↓
紅茶を振る舞う(名付けてマッスルサーブ)
↓
紳士的マナーと筋肉で心を掴む(筋肉を見せつけつつ清掃するのよ)
↓
市民たちが自ら降伏する
↓
世界征服
その効果は絶大だった。
どの街も、「紅茶の無料配布」と「腹筋講座」の前に、ひれ伏した。
「マッスルティー! 注ぐぞ、お嬢!」
「ありがとう、グラディウス様。――さあ、次の街に参りましょう!」
1週間後。
王都の全土は私主導の「清掃・筋肉・紅茶と革命」政策によって生まれ変わった。
ゴミは減り、筋肉が輝き、街は笑顔に満ち、紅茶の香りが漂う。
「……この国、私がもらったわ。次は世界ね」
あるとき、敵対する北の王国が使者を送ってきた。
「レイラ・アクレイ。貴様の『ティータイム侵略』は、我が国では通用せぬ!」
「まあ、侵略だなんて野蛮。じゃあ……試してみます?」
翌日、北の国の宮殿前で開かれた「紅茶と筋肉の祭典」には、10万人の民が集まった。
「さあ、皆様! ご一緒に――レッグカールしながらアールグレイ!」
初めは抵抗していた市民たちも、次第に笑顔を見せ始め、最後には……
「アクレイ様! 来年も来てください!!」
「マッスルで人生変わりました!!」
王は言葉を失った。
「……負けた。筋肉に……紅茶に……」
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そして、かつてレイラを婚約破棄した元・王子アルベルトは今、路地裏で悔し涙に暮れていた。
「なぜだ……どうして彼女が英雄に……僕には何が足りないんだ……」
だが、そこへ現れたのはグラディウスだった。
「お前……腹筋が甘いな」
「……え?」
「紅茶を飲め。腕立てをせよ。筋肉は裏切らない」
グラディウスは紅茶を差し出すと、路地裏を後にした。
かくして、王太子は筋肉紅茶団見習い・アルベルト隊員となった。
彼は今や一日3回の紅茶と筋トレを欠かさない。
紅茶に心を洗われた男は、もはや婚約破棄の過去すらもネタにして笑えるようになっていた。
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ついに、最後の一国が降伏した。
世界は綺麗になり、民衆は筋肉をつけて健康になり、紅茶の香りで癒され、笑顔が増えた。
私は静かに、世界地図の上にカップを置く。
「これにて、筋肉と紅茶による世界征服、完了ですわ」
カフェのテラスで紅茶を飲みながら、私はニッコリと笑った。
その背後では、グラディウス様が子どもたちに筋トレを取り入れた遊びを教えている。その指には、私とお揃いの指輪。
元ヒロインのユリアは、私とグラディウス様の結婚式を世界中に中継しようと、魔法の開発にいそしんでいる。
そして、アルベルト様、いいえ、今はただのアルベルトは――
「レイラ、今日のランチは初めて料理長に褒められたぞ!」
「努力が実を結びましたのね。きっと孤児院の子たちも喜んでくれますわ」
人々のお腹を満たすため、ユリアのような境遇の子供をなくすために、元・婚約者は今日も元気に料理を作っている。
これがゲームなら、このあたりでエンディングかしら。
きっと元のゲームと全然違うものになっているでしょうから、新しく題名を付けるとしたら、そうね――
婚約破棄された悪役令嬢は、筋肉と紅茶で世界征服をして、みんなで幸せに暮らしました! ってところかしら。
「さあ、今日もティータイムを始めましょう。平和は、筋肉と紅茶と共にありますわ」