一
白々と夜が明けたり、薄暗くて誰も居ない教室の電気をつけてから自席で仮眠をしていた。二ヶ月前からずっとあの人と再会することを願っていたけれども、今日も私の隣にあるのは人影がない冷たい椅子だけであった。
唐突に鐘の音が耳元から大きく響いて、私に今日の授業が既に終わったことを知らせた。鼓膜が不意に受けた衝撃の中から意識を取り戻してしばらく経った後、私はまた窓ガラスに映った夕焼けを眺めた。あの淡い金色の夕焼けが段々と両眼の隙間から突き抜けて、微熱を帯びて次第に私の神経を蝕んでいた。火に焼けたような激しい神経痛に発狂することを抑えるため、私はまたあの人のことを思った。
先生さえあまり関わりたくないくらい性格が偏屈を極めた私にも、あの人が微笑んで「あきはそんな悪いやつじゃないよ?クラスのみんなと挨拶してみて。きっと優しく返事されるから」と言う。眩しくて優しいあの人の笑顔を、まるで昨日の事のように思い出せた。
よく二限目から登校するほど気無精な私にも、あの人は軽く揶揄して「そんなに学校遅れるのひどくない?もうちょっと早起きしなよ」と言う。硝子のように透き通ったあの人の声が、今でも鮮明に聞こえる。
親と大喧嘩して殴り合って顔に傷付いた不格好な私にも、あの人が消炎剤のついた綿棒を手に持って、やさしく私の顔を拭きながら「あきはもっと自分のことを大事にしなさいよ」と言う。冷たい生理食塩水入りの消炎剤が傷口に塗った瞬間、変な甘いに伴った痛みをまだ覚えている。
他の誰から見ても最低な私に優しい笑顔を見せてくれたあの人は、二ヶ月前に無言で私の隣りから姿を消した。
風夕、あなたは一体いつ学校に帰ってきてくれるの?うまくいかないけど、わたしはずっとあなたの期待通りに頑張ってみてるよ。ほら、毎日もクラスの奴らと挨拶してるし、すごく早起きしてるし、それに、最近は全然クソ親と喧嘩してないよ。
先週、もうあなたのいない寂しさに耐えきれないから「いつ学校に帰ってきてくれるの」ってあなたに聞いてみた。すると、あなたは「ちょっと家の用事があるけどすぐ学校に戻れると思うよ、あきに心配させちゃってごめん」ってそう返信してくれたのでしょ?
その返信を見たわたしはすごく嬉くなったけど、すぐ落ち込んでた。だって、「もうすぐ戻れると思うよ」って言っても、あなたを待ってる苦痛な時間が終わる日を教えてくれなかったじゃない?そうやってわたしの期待を裏切ったあなたは、ちょっとひどいんだね。
講壇に立つ先生たち、クラスメイトたちの口からあの人の名前が聞こえなくなった。下原風夕という人の存在は既に私以外の人達の記憶から消えていて、私だけが毎日あの人の事ばかり考えて発狂しそうになった。
雲の中から真赤で妖艶に見えた黄昏の血がどんどん滲み出て、窓ガラスの隙間から染み込んで知らぬ間に私の手を血色に塗った。急に誰かに力強く首を掴まれたように息が苦しくなって、私は頭をあげて人影の去っていた教室を見た。すると、目の前に漂って緩やかに流れていた空気の形が微かに見えた。これ以上躊躇ったら酸欠で死ぬかもしれないと思った私は、入力欄に書いてある「今月学校に帰ってきてくれるの」という言葉をあの人に急いで送った。
一時間くらい経ったあと、軽快に響く着信音が空気を切り裂いた。私はやっとこの実体化されたような重い空気から解放されて、すぐLINEを開いた。すると、「ごめんなさい、あき。もう昔のようにあきと一緒にいることができなくなる」とあの人からのメッセージが届いていた。
私は少しこの言葉の意味が解らなくなって、逐語的にこのメッセージをもう一度読んで見た。目の縁が痛くなるほど必死に読み続けていたけれども、その中の一つの単語、また一つの平仮名さえ理解できなかった。私はやっと自分が字を読めなくなっていることを意識して、涙が零れた。霞んだ視野の中で、青やかな蔦の絡んだ古い屋敷にいる少女が朦朧と見えて来て、私はすぐあの屋敷の方へ駆け出した。