やっとの思いで故郷に帰ったら
約6400字
※ご都合主義物語
追記(2024/12/4)
・ざまあはありません
・登場人物クズばかりらしいので(笑)ご注意ください
魔王討伐を終えて五年ぶりに故郷に戻ると、私の婚約者だった男は私の親友だった女と家庭を築いていた。
子どもは二歳の双子と三人目は順調に妊娠五ヶ月だと。
「子どもは可愛いがどうしろっちゅうんじゃああああああっ!!!」
その元婚約者と私の父と村長(世代交代済)をぶん殴り、実家にて自棄酒。
討伐仲間で里帰りに付き合ってくれた魔女とともに、私の母と村長(新旧)の妻の三人から事情を聞く。
「一年は頑張ってあの娘のアプローチを躱してたのよ」
「イチネン…」
母の説明に持っていた木のコップが軋んだ。
「その間は王都で修行だったから定期的に手紙のやり取りができてたでしょ。だから遠距離でもあんたらは大丈夫だと思ってたのよ」
私を孫のように可愛がってくれた旧村長妻は長くため息を吐いた。「だけどほら」とその嫁である母の親友・新村長妻は続けた。
「討伐に王都を出発して半年後にあんた大怪我したでしょ。あれ、あちこちで混乱したみたいで村に伝達役が来た時には死んだことになってたのよ」
「エ」
「なんたって魔王討伐だもん。私も覚悟はしていたけど、死亡って聞かされた時に後悔で泣き叫んだわ…」
目を潤ませた母にそっと抱きつくとぎゅっと抱きしめられた。
「もう村中で信じちゃったから葬式もしたのよ」
「エ」
「それも派手に」
「ハデニ」
「なんたって村出身の聖女様だから村人総出で」
「ソウデ」
「うわあ、田舎の一体感すごいね」
感心なのか呆れなのかわからない魔女にすらツッコめない。
ひしひしとやるせなさだけが心に染みてきた。
「悪くいえばあの娘が付け込んだんだけど、まあ、献身的ではあったよ。抜け殻みたいになってたからね」
逆の立場なら私もきっとそうなる。それに、討伐の旅の間に村が襲われたらと気が気じゃなかった。
集められたメンバーそれぞれが故郷を思って焦っていたから、最初の頃はかなりギスギスしていた。そのせいで連携に失敗して私は大怪我を負ったのだ。
「で。絆されて孕んだ後にあんたが生きてるって連絡がきて大騒ぎよ。もちろん神に感謝したわ。村中で」
「感謝したんだけど…」
「大混乱だったわ〜」
私が今大混乱ですけどね。
元婚約者はともかく、実父と新村長もぶん殴ったのは、二人が元婚約者の新たな縁を私に隠したからだ。
もちろん二人の言い分もわからなくはない。
私が絶望して聖女の役目を全うできなくなったら生きて帰ってこれなくなる―――そう思ったから、真実を告げようとする元婚約者を説得し、文通を強要したそうだ。なんなら手紙の下書きをしてたとか。
私の手紙を父と新村長も読んだってのが一番許せん。
……はあ。王都から離れてさらに遠くなったから手紙の頻度が減ったと思ってたのに。
あの盛りのついた猿みたいな、仲間は男女比半々のパーティーなのに『ハーレムやっほぅ!』と騒ぐ、イカレた勇者から貞操を守ってきたのに。
……いや、どんなことがあっても、世界で二人だけになったとしてもあのクソ勇者は対象になりえない。
討伐に五年もかかったのは行く先々の街でハニートラップに引っかかった勇者のせいだ。
しかもハニトラ要員じゃない女の子も何人も襲いやがって、今でも魔王と一緒に滅してやれば良かったと思っている。
なんだか知らないけれどヤンデレ姫様が勇者にぞっこんだから殺さなかっただけだ。そんなことしたら仲間だろうと私らの命がない。
「とにかく、あんたには生きて帰ってきてほしい、それだけを願って黙っていた私らも同罪よ」
私が椅子に座りなおすと母が私のコップに酒を注ぐ。
「お母さん…」
「そうだね。気が済むまでいくらでも罵っておくれ。じいさんも」
母から酒の瓶を受け取った旧村長妻も続いて注ぎ入れる。
「ばあちゃん…」
「できれば、できればね、男たちはあの一発で許してあげて。すでに瀕死だし、あれでも村の重役たちだから毎日きっちり働いてもらわないと困るのよ」
そして姑から瓶を受け取った新村長妻も、表面張力がおきてしまうまで注いできた。
「姐さん……これ飲みにくいんだけど!」
隣の魔女が噴いた。
「あはは!あんたのルーツを見たわ!」
「は?なにそれ?」
「いやほら、私ら集められた時は連携どころかろくに話もしなかったじゃん。それがいつの間にかあんたに絆されて、聖女ってのはえらいもんだと思っていたんだけど、ふふ!」
「なによ、良い意味で笑ってんでしょうね?」
「もちろん。あんたの村、楽しいね」
ぐっときた。魔女の言葉が胸につまる。
そうだよ。だから帰ってきたかった。
村の誰も欠けず何も変わらず、おかえりと迎えてもらって、ただいまと飛びつくはずだった。
確かに将来を誓い合った。
子どもの時の約束が心の支えだった。
ただ―――旅を続けるにつれ、それが全てではなくなったのも本当で。
「当然でしょ、私の故郷だもん」
少々こぼしながら、コップの酒を一気に飲んだ。
***
翌日、元婚約者と元親友の暮らす家に乗り込んだ。
元婚約者は昨日殴ったのでとりあえずすっきりはしたので彼についてはもう終わり。
で、その妻に納まった元親友と話し合うため、子どもたちを連れ出してもらった。そのまま村人たちと一緒に、魔女による大道芸を見てもらっている。
「本当なら土下座をすべきでしょうけど……」
「さすがに妊婦さんに強要しないわよ」
親友はつわりでこれしか飲めないと、ばあちゃん特製草汁を出した。私の分は普通のお茶を用意してくれようとしたが、私も同じ草汁をもらう。
乾杯もおかしいが、二人でコップを掲げて、同時に飲む。
「「 まっず 」」
お互いに緑のヒゲをはやし、しかめっ面をさらす。
「どんなに安心安全なものかわかっていても妊婦の飲み物じゃないわよコレ。ばあちゃん特製じゃなくて一般的な薬草汁を飲みなよ」
「だって何を食べても気持ち悪くなっちゃうから、コレで味覚と胃を誤魔化して食事しなきゃいけなかったんだもん。あなたももしもの時のために作り方覚えておきなさいよ」
「うええ〜」
五年前のような気安いやり取りに、お互いに少々ほっとする。
「……まさか、あんたに寝取られるとは思わなかった」
「……私、三人でいることが何より楽しかったから、お役目だとしても、あなたがいなくなってとても辛かった」
微妙に食い違う会話に眉を顰めてしまったが、親友はくしゃりと顔を歪めた。
「あなたを追いかけてあの人までいなくなるんじゃないかと思いつめて縋りついたの。私にはこの村を出る気概がなかったから、あの人を村に留めておきたくて。だってあなた、あの人が村に居なかったら帰ってこなかったでしょう?」
「……そうかもね…」
国に召集されたから最初から拒否なんてできなかった。
やって来た騎士たちは、十五歳になったばかりの私には討伐は無理だと言った父やじいちゃんを斬り捨てようとした。
怖かった。恐ろしかった。
今でも、魔王と対峙した時よりも思い出したくない出来事だ。
村を出発する前に大事なものを増やさなければならなかった。
私が途中で逃げ出さず魔王を倒すまでの質になるように思わせなければならなかった。
実際、当時の私の大事なものは全てこの村にあった。
やり取りが少なくなったとしても、婚約者の筆跡で手紙が届くことで村の無事を確認していた。
村がなくなれば私は魔王討伐から逃げただろう。
集められた仲間はみんなそうだった。
国に、故郷や家族を押さえられた。
勇者は異世界から召喚され、刃物の扱いは芋の皮剥きがやっとの腕なのに前線に放り込まれ、そのストレスが性欲に振り切れた。
勇者の境遇を憐れには思うが、それはそれ。
私だって魔王に立ち向かうにはか弱くて、自分が強くなるために勇者に構っていられなかった。
必死だった。
人類の敵とはいえ毎日夥しい数の魔物を殺して擦り切れていく心を、人間に留めておくために。
故郷で結婚して子どもを産み育てる。
その、人の理性とも本能ともいえる営みをできる、帰れば私にはそれが許されていると、それに縋った。
「……魔王討伐なんて、平民を虫みたいなもんだと思ってふんぞり返ってる偉い奴らだけがやればいい。私ら平民が出るのは、お偉方が全滅してからでいい。勇者なんか、私らよりも刃物を扱えないお坊ちゃまだったんだってよ。なのに魔王を倒しても家に帰れないんだって、散々だよね」
「勇者は……今どうしてるの……?」
「さあ? ヤンデレ姫様が面倒をみてるみたいだから監禁されてると思う。世の女子の平和のためには仕方ない処置ね」
愚痴を静かに聞いていた親友は、俯いた。
「…あなたの平和は、私が壊した…」
「そうね。でも昨日まで知らなかったし」
肩を竦めながら言うと、親友はあっけらかんとした私に戸惑ったようだった。でもすぐに唇を噛みしめた。
「……あなたが帰ってきたら、あの人を返そう、そう思っていたの」
「なにを馬鹿なことを」
「そしたら、し、死んだって、聞かされて…」
途端に大粒の涙を溢す親友。
ああ、今じゃなくて、私が大怪我した時のことか。
「私が、望んだ、願った、世界は、無くなって、しまって…」
世界の至るところで犠牲はあったけれど、傲慢にも故郷だけは守りきったと安心していた。
討伐の旅の間、村を離れてから、聖女に選ばれてから、常に死を意識していた。
自死だけは考えてはいなかったが、何かの拍子に死ぬこともあるだろうといつの間にか受け入れていた。
でもきっと、家族や親友や婚約者の訃報を聞かされたら耐えられない。想像だけで涙がでてきた。
今、目の前にいる親友は、私のもう一つの未来だったかもしれない。だからこそ思う。
「……あんたたちに、子どもがいて良かった」
鼻水をすすりながら立ち上がり、嗚咽を漏らす親友を抱きしめた。
「ちゃんと生きててくれたもの」
心から思う。
腹は立ったけど、人として生きていてくれた。
縋りついたのが最初だとしても、支えあえる愛情が育ったから、二人には子どもが三人もいる。
ぐ、と私の腕を掴んだ親友は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をあげた。
「ご、ごめ、ん……わ、わたし、自分の、ことばかりで、ごめんなさい……!」
聖女なんて呼ばれても、いまだに聖典を暗唱できないし、勇者を嫌いだし、理不尽な貴族と関わる度にコイツくたばれと思ったし、酒も飲むしイカサマもできるようになったし、魔女や狩人のお菓子を盗み食いしたり、戦士と剣士と賢者のマントに花の刺繍をイタズラしたり、拳闘士や僧侶や獣使いの髪を寝てる間に細かく編み込みして解きにくくしてみたり、野営の時にシチューを辛くしてみたりと、素行はまあまあ悪い不良聖女だと思う。
まあその分やり返されたけれど。
「私も自分のことばかりだよ。あのね、私、これからやりたいことができたから、婚約を解消してもらいにきたの」
「……え」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、ぽかんとする親友。
「……なに…それ」
「そのまんま。またすぐ村を出るし、今後寄ることはあってももう帰らないつもり」
「……」
ずっと帰ることを拠り所にしていたけれど、いつの間にか優先順位が変わっていた。
裏切りは、私もだ。
「ごめん。あんたにも謝らせてごめん。待っててくれてありがとう。でもごめん」
「……三番目は男でも女でもあなたの名前をつけてやる」
「は!? 止めてよ、私にもだけど子どもにも嫌がらせじゃん」
「は? 私たちを置いてくくせにまともそうに言うんじゃないわよ」
「それとこれとは違うでしょうが」
「ふん!じゃあ原寸大の裸の銅像建ててあなたの実家を観光地にしてやるから!」
「ぎゃあああ!じゃあってなによ!?なんでわざわざ裸にすんの!?しかも銅像!?絶対やめて!!」
「じゃあ裸の絵にする」
「裸をやめろ!!」
抱きしめあったまま、涙と鼻水を相手に擦りつけながら何年かぶりの喧嘩をした。
***
なんとか諸々を諦めさせ、そこそこ円満に村を出た。元婚約者と父と新村長には、殴った分の治療は施したし、討伐で得た報奨金も村で使ってと渡した。だが。
「あーあ、結局手紙を出すことになっちゃった」
「まあ、仕方ないっしょ。三ヶ月に一通は届けないと裸の銅像作られちゃうし」
「それな」
少し離れた丘から村のある方向をげんなり眺めていると、にやにやと魔女が笑いながら―――背の高い美丈夫に変わった。
「本当にもう帰らないのか?」
本来の姿になった彼を見上げる。
「うん。だって私がいなくてもみんなそれなりに幸せそうだったし、なによりあんたと一緒にいないとさ……」
「ふ……魔王に迫るとは、変わった聖女だな」
魔王は倒した。
ただ、本来の正統な魔王は彼。
私たちが倒したのは「魔王役」の「人間など全て食糧!グハハ!」な脳筋魔族だったのだ。
それでも十分な脅威だった。恐ろしく強かった。
鍛えた武器や防具は最後には欠片しか残らなかった。
勇者の聖剣さえ、魔王にとどめを刺した後に砕けた。
下剋上されて異種族になる呪いを受けた魔王が、種の下僕である魔物を倒すことで足りない魔力を補充。それが呪いの効力を弱めることに気づき、討伐に参加してくれなければ、私たちが全員生きて帰ることは難しかっただろう。正魔王が偽魔王を倒そうと思ってくれて助かった。
そして脳筋魔王を倒したことで、彼の呪いの一部が解けて真の姿に一時だけ戻れるようになった。
仲間内で一番気が合うと思っていたら実は男だったという衝撃よ。魔女とは風呂に一緒に入ったし、野営ではほとんどずっと同じテントだった。
もう、いろいろ恥ずかしすぎて腹が立つ。
「…聖紋」
隣の魔王の手の甲に、聖力で作る魔法陣を貼り付ける。
「ぎゃあっ!痛い!それ地味に痛いって!」
勇者対策として作った私オリジナルの嫌がらせ魔法だ。威力は勇者に言わせると『強めの静電気』程度で重傷化はほぼない。『静電気』が何かよくわからなかったが、私が消すまで効果は持続する。
「なにが迫るだ、変わっただ。せっかく平和になった世界をあんたの機嫌でひっくり返されたらたまったもんじゃないのよ。私の目の色が濃いうちは絶対許さないから」
「わかった!わかってるよ!魔力が完全に戻っても人間の陣地には何もしないってば!早く消してくれ!」
「次に余計なことを言ったら、その呪いの解明をするために賢者に売り飛ばすからね」
「マッドエルフには売らないで!」
涙目の美丈夫は聖紋が消えた手をさすり、自身の魔力で治す。
「はぁ痛かった。俺は人間の国の方が美味しいものも楽しいことも多いから滅ぼさない。理性的な交流は持ちたい。ただし魔族領に攻めてくるなら容赦はしない」
「よし」
「……魔女に優しいなら俺にも優しくてよくないか?」
「は? あんたら別モンでしょうが」
「基本は同一だと言ったろう。むう、聖女は自分が男だったら魔女と結婚するのにと言っていたではないか。婚約は解消したし、俺が男なら問題ないだろう」
「……どっからどうしたって問題しかねぇわい」
「そうか?どっちも俺なのに。…ああ、魔族は番の種族は問わないぞ」
「……人間は問うの」
「ふむ…人間は面白いが難解だ…ああっ!」
叫んだ魔王は魔女になった。ちなみに服も男女でまるっと変わる。だから別人だと思ってしまう。
一日に三分しか本来の姿に戻れない魔王は、これから他の高位魔族を倒しに行くらしい。
「なんだ。魔王ってば、聖女をまた口説き落とせなかったんだ?」
けろりとしたいつもの魔女がだんだんにやにやに。やめて、魔王に言われたことが恥ずかしくなるじゃん。
「う…魔女に言われるのもな〜」
「あっはっは。真っ赤になっちゃってかーわいい〜。でもセックスしてる最中に入れ替わったら私も困るから、せめて一日に二時間は戻れるようになってから恋人になってね」
「あけすけ過ぎる!!」
「あはは! 魔族一人倒して三分だから、二時間になるまでババアになっちゃうよ、急げ急げ」
「魔女に言われるのもな〜!」
「あっはっは!」
やっとの思いで故郷に帰ったのに、根無し草に戻るなんて自分でも馬鹿だと思う。
でも。
「今度は強制じゃなくて自分の意思だし」
「ね。ふふふ、楽しい旅にしよう!」
うん。それは間違いない。
了
最後までありがとうございました(人´∀`*)
補足
※魔女は正規?初期メンバーではなく途中参加。
※ヤンデレ姫様はパーティーメンバーではなく、ストーカー。