ある日目が覚めたら透明人間になってた。昨日告白されて真に受けたら「冗談」って言ってきた幼馴染にドッキリを仕掛けようと思う
「え!? え!? な、なんで鏡に俺の姿が映ってないの〜!?」
ある日の朝、透明 鳴田はいつも通りに起きた。
しかし部屋にある姿見に自分の姿が映っていなかった。
え、なんで〜......?
鳴田は困惑が止まらなかった。
手を振ったり、変顔をしたりしてみる。
ただ、自分では動いているつもりでも鏡でそれが見えない。
寝ぼけているのだと思い、頬をつねってみるが痛い。普通に痛い
そして鳴田は気づいた。
俺、もしかして透明人間になった......?
別に透明人間になる薬を飲んだ訳でもないし、そういった儀式をした訳でもない。
しかし何故か自分が透明になっていた。
鳴田は試しに幾つかの実験をすることにした。
まずはじめに机に置いてあったティッシュ箱を手にしてみる。
そして鏡の前に移動する。
結果、ティッシュ箱だけが浮いているように見えた。
「す、すげえ! すげえ......!」
鳴田は気づけば口角が上がっていた。
鏡で見えないのでそれを確認する術はないのだが。
これはあれである、漫画などでよくみる透明モノの展開とそっくりそのままである。
「これを利用すれば大人のビデオで見るムフフなこととか......」
頭の中で煩悩の悪魔と理性の天使が激しい争いを繰り広げている。
『透明なんだし、やっちまいなよ』
『ダメだよ! そんなこと! きっと悲しむ人が出てくるわ!』
『バレなきゃ犯罪じゃないぞ』
『倫理的には絶対にダメだよ! やっちゃいけないよ!』
胸をちょっと触ってみるくらいなら......い、いやでも......。
若干、煩悩の悪魔の方が優勢だった。
しかしそんな思惑と興奮もすぐに不安に変わっていく。
「え、でも待って、これどうやって戻るん......?」
そして焦り始める。
ただ、そんな不安はすぐに打ち消される。
焦っても仕方ないかあ。
楽観思考の鳴田はひとまずリビングに行って家族を脅かすことにした。
ムフフなことはいけないがどうせなら利用したい。
悪魔と天使の意見を取り入れた結果である。
「おはようございまーす!」
鳴田はリビングに行くと家族から全くと言っていいほど無視された。
まるでそこに存在がないみたいに。
透明人間なので仕方がないわけだ。
しかし声まで聞こえていないとは驚きである。
まず、鳴田はソファに座っている妹にイタズラをすることにした。
妹の目の前に行き、手を振ってみて本当に見えていないことを確認する。
そして妹のおでこにデコピンをした。
「いって......!? なに!?」
妹はそう言ってキョロキョロと辺りを見渡す。
物理的なものにはやはり干渉できるらしい。
「何よ、どうしたの急に」
「お母さん、私に何か投げた?」
「......? いや別に」
「そう、だよね。虫かなあ」
検証成功である、透明人間になってバレずにイタズラできる。
妹の反応を見て鳴田は腹から笑いが出た。
夜になれば怖がりの妹を本気で怖がらせられそうだ。
それからも同じく母と父にイタズラをしてみた。
二人の反応が面白くてずっと笑っていた。
「ていうか意外に親共々老けてたんだなあ」
イタズラ中、鳴田はそんなことを呟く。
聞かれたらゲンコツくらいそうだが、聞かれないので無問題だ。
高校生になって家族との関わりが減るのは必然。
なのでまじまじとイタズラしてみて意外に親は歳を取っていたし、妹は意外に大きくなっていた。
元に戻ったらあたらめて交流を深めるのもいいかもしれない。
鳴田はイタズラに飽きた後、自分の部屋に戻った。
この体だと何故かお腹が空かないので朝食はとりあえず抜きだ。
「元に戻る方法考えないとな......」
自分の部屋に戻った後、鳴田はベッドでそんなことを考える。
学校は行っても出席扱いにならないだろうし、みんなに驚かれる。
ひとまずスマホで家族に連絡したいが肝心のスマホも何故かなくなっている。
そろそろ親も起こしに来ると思うので心配はさせたくない。
現状を伝えて存在を知らせなければどこかに消えたと思われてしまう。
鳴田は考えた末に紙に文字を書くことを思いついた。
そして早急に知らせなければと紙とペンを持ってリビングに向かった。
しかしリビングに家族は誰一人としていなくなっていた。
***
「この体になると暑さとか感じないのか」
真夏、灼熱の太陽が照りつける。
遠くを見れば陽炎が揺蕩っている。
そんな道の中、鳴田は一人歩いていた。
普通なら暑いはずだがどうやら透明人間になると暑さを感じなくなるらしい。
なんと便利な体なのだろう。
鳴田はどうせならこの体を満喫してやろうとデパートに向かっていた。
透明人間になったからと言って何をすればいいかわからない。
しかし家にずっといるのは暇だ。
なので遊び場がある近くのデパートにでも行ってやろうという魂胆だ。
透明なので何も支度しなくていいのは楽だった。
来ているであろうパジャマのままでいいし、財布も持たなくていい。
持ったら色んな意味で浮いてしまう。
そうして歩いているとある人物とすれ違った。
「そういえば、暁音、昨日結局行ったの?」
「ううん......行ってない」
「いつまで引きずってるの。絶対許してくれてるって」
「......行かなきゃいけないってわかってるけど、怖いからさ」
幼稚園から女友達、いわゆる幼馴染の赤下 暁音である。
何やら友達と会話して学校とは反対方向に歩いている。
下校中らしいが今日は短縮授業だったのだろうか。
暁音とはずっと一緒でクラスも小四と中一の時に違っただけで後は全部一緒。
何かと縁があって家もそれなりに近い。
よくカップルともてはやされるが付き合ってないし、むしろ喧嘩が多い。
すぐに仲直りするし、仲は良いがそういう関係になったことはない。
そんな幼馴染なわけだが今はとにかく恨みしかない。
何故なら昨日暁音に嘘告されてしまったからだ。
帰る途中、「私たちって付き合ってるの?」と聞かれてそういう雰囲気になった。
それで会話していたら暁音に「じゃあ付き合う?」と言われたのだ。
ふざけている感じはなかったし、暁音の顔も赤くなっていた。
だから本気だと思って本気で答えてしまったのだ。
それで「付き合おう」と言おうと思って口を開けた途端、すぐに「冗談」と言ってきたのでタチが悪い。
割とガチトーンで怒って......あれ、そのあと何言ったっけ?
あまり覚えていないがひとまず嘘告されたのだ。
そんな矢先の透明化。
これは神様が暁音に仕返しをしろと言っているようなものだろう。
予定変更である、暁音を少し「分からせ」てやろう。
鳴田はニヤニヤとしながら踵を返して、暁音の家に一足先に向かった。
***
「さて、幽霊のフリでもするか」
鳴田はそう言って暁音の家の二階の階段を上がったところで待つ。
まずは階段の電気をカチカチとして脅かす作戦だ。
家に暁音の母がいたからかインターホンを押せばドアを開けてくれた。
案の定こちらに気づいていなかったので......まあ、不法侵入というより潜入だ。
しばらく待っていると「ただいま」という暁音の声が鳴田の耳に入った。
そして家に上がった暁音は階段を一歩ずつ登り始める。
よし、今だ。
タイミングを測って鳴田は電気のスイッチをカチカチとし始めた。
「え、な、何......?」
驚くかと思ったが暁音は平然とスイッチの元に近づく。
鳴田は当たるかもと急いでスイッチから離れた。
「お母さん、階段電気のスイッチ壊れてるんだけど」
「本当? あとで見てみるわ」
「うん、さっき電気カチカチってなってた」
暁音はそう言ってスイッチを注意深くみる。
どうやら故障だと思われてしまったらしい。
仕方がない、部屋で物を浮かせば流石に驚くだろう。
鳴田はそう言って部屋に入る。
流石に女子の部屋に勝手に入るのに気が引けたが、同じことを前にやってきたのでそれも仕返しだ。
中学の頃、友達と遊んで帰ってきたら自分の部屋のベッドで暁音がすやすや寝ていた時があった。
怒りを通り越してその時は呆れだった訳だが、なのでそれも含めて仕返しだ。
鳴田が部屋に入ると可愛らしい内装が目に映った。
所々に人形が置かれていたり、可愛らしい小物も置いてある。
鳴田は一つ人形を手に取って、部屋の真ん中に立った。
そしてドアの方を向く。
「ふん、ふふん、ふん〜」
暁音の鼻歌がどんどん近くなっていく。
そして部屋のドアが開いた。
「え、人形浮いて......? なんで......?」
暁音はその場で腰を抜かして座り込む。
鳴田は畳み掛けようと、ゆっくりと歩いて暁音の元へ向かった。
「ぎゃああああああ、こっち来ないでえええええええ! おかあさあああああああああん!」
暁音は急いで一階に向かって行った。
この遊び、結構楽しい。
十数年の付き合いだがあんな表情は初めて見た。
「だ、だから、人形が浮いてたの!」
「そんな訳ないじゃない......ほら、見間違えじゃない」
「あ、あれ......? で、でも本当にさっき浮いてたの」
「疲れてるんじゃない?」
「そ、そうかな」
「今日はもうゆっくり休みなさい」
「う、うん、そうする」
暁音の母はそう言って部屋の扉を閉めた。
二人きりになった訳であるが、暁音はそもそも鳴田の存在に気づいていない。
もう少し驚かしたいがそろそろ正体を明かしてもいいだろう。
それにそろそろ飽きてきたのでこの透明化を解除したい。
鳴田はまず存在を知らせるために机の上に置いてあったペンとノートを取った。
そして「この文字見える?」と紙に綴った後、暁音に見せながら近づく。
「きゃっ! や、やっぱり幽霊......いや、来ないで......」
暁音はそう言って泣きそうになりながら一歩ずつ下がっていく。
出そうな涙のせいで文字が見えていないらしい。
そんなに必死な顔をされると流石に罪悪感が湧いてくる。
鳴田は暁音の肩をトントンと叩く。
「きゃっ......って、何か書いてある? ......この文字見える? は、はい、見えます」
鏡にも映っていたので見えると踏んだがやはり見えるらしい。
鳴田は再び文字を綴った。
『びっくりした? 鳴田だよ』
「は、はあ? 鳴田!?」
暁音はしばらく固まった後、きょとんと首を傾げた。
理解できないのも無理はない。
『暁音、ビビりすぎ』
「ビビりすぎってそりゃあ......びっくりするでしょ。え、本当に鳴田?」
『おん』
「疲れすぎて夢でも見てるのかな」
『ここ現実だぞ』
「仮に幽霊になった鳴田なのだとして、なんで今更私の前に......や、やり残したことでもあるの? もしかして、私のせい?」
暁音はそう言ってノートの方をじっくりと見ている。
まず幽霊と言っているが死んでないし、現に一緒に昨日話している。
とにかく透明人間になったことを説明して解除に協力してもらうことにしよう。
『幽霊って、勝手に俺を殺すな。生きてるし』
「は、はあ......?」
『なんか朝起きたら透明人間になってた』
「だ、だって、あんたは交差点で......い、いや、なんでもない」
暁音はそう言って何かを言いかけたところで言うのを止める。
昨日起きた出来事と関係しているのだろうか。
「そ、そうだよね、そういうもんだよね」
『......? これについて何か知ってるのか?』
「い、いや、知らないけど......ていうかとりあえず幽霊でも不法侵入だから、勝手に部屋入らないでくれる!?」
暁音は顔をしかめて口調を強める。
しかし人のことは暁音も言えない。
『俺の部屋に勝手に入って、勝手にベッドに入って、布団も使って、爆睡してたのどこの誰だっけ』
「そ、それは......い、今は関係ないから! ていうか数年前のこと引っ張り出してこないでよ」
『あと、昨日の嘘告の仕返し』
「え......昨日......?」
鳴田は嘘告に覚えがない暁音に少しイラついたのでおでこにデコピンをする。
すると、暁音は立ち上がって全力の蹴りを放った。
そしてその全力の蹴りが鳴田にクリーンヒットした。
鳴田は声にならない声を出してその場にしゃがみ込む。
そして当たった部位である横腹を押さえる。
痛覚はあるらしく、かなりの激痛だ。
「な、なんか今当たった?」
『普通に痛い』
「あ、ごめん、つい」
暁音は申し訳なさそうな顔をしている。
言い訳を並べているが元々悪いのは侵入した自分なので鳴田は何も言えない。
『とにかく、元に戻すのを手伝って欲しい」
「......なるほどね、わかった。明日、学校だけど部活ないから帰りに調べよっか」
『ありがとう、助かる』
「ちなみにだけどさ、元に戻るまでしばらく家泊まってかない?」
『まじ?』
「鳴田の親とかは知ってるの? 鳴田のこと」
『知らない』
「じゃあ、余計に混乱するだけだろうし、今夜は泊まってきなよ」
『あー、それもそうだな、じゃあお邪魔する』
スマホもないので事情を知る暁音とコンタクトが取りづらい。
なので透明化が解けるまで暁音の家に泊まったほうがいいだろう。
「ふふ......やっぱり夢でも見てるのかな。変なの」
そう呟く暁音の表情はどこか大人っぽく見えた。
***
「ねえ、鳴田......なんで今更、私の前に現れたの?」
夜、私は隣の布団で寝ているであろう鳴田にそう話しかける。
しかし、寝ているのか動く気配がない。
そもそも『幽霊』に寝る概念があるのが不思議だ。
最初は信じられなかった、夢でも見ているんだって。
でも鳴田はここにはっきりといる。
亡くなったはずの鳴田がここにいる。
一年と一日前、鳴田はトラックの事故に巻き込まれて亡くなった。
居眠りをして暴走したトラックが信号を無視して突っ込んできたのだ。
そして私を押して鳴田だけトラックに轢かれた。
鳴田が亡くなる瞬間を私は見てしまった。
だから近頃、やっと立ち直れていなくても前を向けるようになったというのに鳴田は現れた。
わかっている、謝らなくちゃいけないって。だから鳴田が現れたんだって。
でもまだ自分は素直になれていない。
昔から素直になれない性格だから、それはわかっている。
でもだからあの告白も逃げてしまった。
──私は鳴田のことが好き
好き、どうしようもないくらい好き
鳴田が亡くなった今でもまだ好き
無邪気に笑う笑顔が好き
なんだかんだ言って優しいところが好き
友達としてじゃなくて一人の女子としても見てくれるところが好き
私のことが好きじゃない鳴田だけど私は好き
──けど苦しい
苦しい、どうしようもないくらい苦しい
鳴田が亡くなって、気持ちが伝えれなくて苦しい
あの笑顔がもう見れなくて、あの声がもう聞けなくて、あの人はもういなくて、苦しい
この気持ちをどこに吐けばいいんだろう。
でもそんな時に鳴田は幽霊になって現れた。
正直、怖かった。
ノートは浮いているし、ペンも浮いているし、触ってみれば実体あったし。
でも文の口調からして鳴田だってわかって、嬉しいが勝った。
まだ何も言えていない。
わかっている、気持ちを伝えなければいけないって。
神様が用意してくれた最高で最後の機会なんだってわかっている。
でもやっぱりあの時と同じで怖い。
あの時もそうだった。
──「私たちって付き合ってるの?」
私の告白はそんな曖昧な導火線から始まった。
「え、急にどうした?」
「い、いや、周りからよく言われるからさ」
「あー、いつものことだし無視でいいんじゃね」
「それは、そうなんだけど......でも鳴田だったら付き合ってもいいかなあ、なんて」
「な、なんだそれ」
「わ、私......鳴田のこと好きだし付き合ったら楽しそうかなあって」
「えっと、俺のことが......好き?」
「う、うん」
「俺は......」
「って、冗談だから、間に受けないでよね」
私は告白の返事から逃げた。
断られるのが怖かったからだ。
あの時、鳴田はなんと言おうとしたのだろう。
好きだから付き合おう、それともその逆だろうか。
しかし「冗談」と言うと鳴田に本気で怒られた。
いつものような喧嘩ではなく、鳴田からの私に対しての本気の怒り。
好きな人に怒られたくなかったし、鳴田が怒るのだから嘘告されて相当傷ついたのだろう。
申し訳ない気持ちでいっぱいになったし、すぐに謝ろうとした。
けれども謝れずに終わった。
「ねえ、鳴田、本当に......」
「暁音! 危ない!」
トラックが人を跳ねる鈍い音が今でも忘れられずにいる。
神様はもしかしたらそんな私にチャンスをくれたのかもしれない。
謝るチャンスを、そしてもう一度逃げずに自分の気持ちを伝えるチャンスを。
***
「ねえ、連れて行きたいところがあるんだけどさ、いい?」
午後、鳴田は暁音にそう提案される。
暁音の家に泊まることになって約一週間が経った。
一週間も居座らせて貰うのは申し訳なかったが何故か居心地が良かった。
それに元に戻る方法を見つけられなかったのだ。
もしかしたらそういう呪いかもと神社に行ったり、お寺に行ったり、自然のパワースポットに行ったり。
自分でも出来る限りのことはしたが元には戻らなかった。
暁音は協力という協力はしてくれなかった。
学校があるので仕方がない訳だ。
もう透明になって一週間、親は心配しているだろうか。
置き書きを残したいと言ったが混乱させるから余計にダメだと暁音に止められた。
友人も心配しているだろうと思ったが、そこは暁音がフォローしてくれている。
そんな中、暁音から行きたいところがあると言われた。
息抜きをすれば何か良いアイデアが出るかもしれないとのこと。
『じゃあ行くか』
「......うん、そうだね」
暁音はそう言って立ち上がる。
そして背筋を伸ばした。
『ちなみにどこ行くんだ?』
「内緒」
『なんだそれ』
「ふふ、別に対したところじゃないよ。私が行きたいだけだから」
そんな会話をしながら外に出た。
外は夕日が沈んでいっている最中で空は紅く染まっていた。
一緒に外に出る時もいつもペンとノートを持っている。
そして人が来たらそれを隠すと言ったふうに上手くやっている。
人が少ない土地にしか一緒に行けないのが難点だが多分まだ人にバレていない。
「今日さ、学校でさ......」
暁音と他愛もない話をしながら見知った道を歩いていく。
見知った道、というのも学校の登校に使っている道だからだ。
そしてしばらく歩いているうちに何故か交差点の信号の前で暁音は止まった。
『青だぞ?』
「うん、そうだね」
『渡らないのか?』
「......謝らなきゃいけないことがあってさ」
暁音はそう言った後に黙り込んだ。
そして少ししてゆっくりと喋り始めた。
「本当に嘘告なんてしてごめん!」
綺麗に頭を下げて謝っている暁音が目の前にいる。
嘘告......なんで今更......。
『一週間も経ってるし、今更別に怒ってないよ』
「うん、そうだろうね。でもずっと後悔してる。私を呪うために化けてきたのかなって思ったもん。透明人間になったって言ってるけど、ここ来て思い出すことない......?」
鳴田は暁音が指差す交差点の方を見た。
呪う、化ける......? やはりあの日の記憶の何かが欠けている。
あれ......あの日、暁音に怒った後何してたっけ?
気づいたら透明になってて......。
頭が痛い、思い出すことを拒否しているようである。
思い出そうと考えているとトラックが鳴田の目に映った。
あの時と全く同じ形をしたトラックが目に映った。
「今だから言える、あの時の告白は嘘じゃないよ。私は鳴田が......」
──暁音!
聞こえないはずなのに鳴田はそう叫んでいた。
そして暁音を庇うように鳴田の腕で暁音を包んでいた。
***
「あか.....ね......」
一年ほど前、俺はこの交差点でトラックに轢かれて亡くなった。
重労働を強いられていたトラック運転手の居眠り運転によって引き起こされた不運な事故だった。
赤信号を無視して突っ切ってくるトラックを見て、暁音を庇って死んだ。
「鳴田! 鳴田! なんで、なんで......!」
「よかっ......た......さっきは......」
──怒ってごめん、俺は好きだったから。
それだけが言えずに薄れ行く意識の中、ボロボロに泣いている暁音を見て亡くなった。
やりたいことはいっぱいあったし、後悔しかなかった。
せめて暁音と仲直りしてから終わりたかった。
暁音に思いを伝えてから終わりたかった。
そんな後悔を神様は汲み取ってくれたのかもしれない。
全部、全部思い出した。
やらなければならないことを全部思い出した。
透明人間などではなく、俺は一年前に交差点で死んだ鳴田の幽霊だ。
なら、やることは決まっている。
暁音がどうしようもないくらい好きだ、亡くなって幽霊になっても好きだ。
もう結ばれないのはわかっている。
でも思いを伝えずに終わるのは嫌だ。
***
「なる......た......?」
気づけば暁音の目には制服を着た鳴田がうっすらと映っていた。
そしてそんな鳴田に抱きつかれているのがわかった。
歩行者用信号は変わって赤になり、道路を通ったトラックの風が吹いてくる。
しばらくして鳴田は口を開いた。
「俺、全部思い出したから......あ、紙に書かないと」
鳴田はそう言って落ちたノートとペンを拾おうとした。
しかし暁音がそれを阻止して抱きつき返した。
「ううん、今なら聞こえるよ、ちゃんと.......鳴田」
暁音は涙を堪えられずいつのまにか涙を流していた。
うっすらでも、鳴田を見れて胸の内にあった感情が溢れ出してしまう。
「ごめん、嘘告白なんてして。でもあれ嘘じゃないよ......私は鳴田のことが好きです。私、怖かったの。振られるんじゃないかって、関係変わるんじゃないかって。ごめんなさい、ごめんなさい......」
暁音はボロボロになりながら泣いた。
責められてもおかしくない、でも暁音は頭を鳴田に撫でられた。
やっぱり鳴田は変わらなかった。
「......そっか」
「身勝手だけど......返事、貰ってもいいですか?」
「俺も好きだった、大好きだったよ」
「っ......うぐっ......」
暁音は鳴田の胸に顔をうずくめた。
しかし感触はあるのに涙だけは地面に置いていっていた。
鳴田の力も最初より弱くなっている気がする。
もう時間なのだろうか。
ずっとこうしていたい、ずっとこうしていたいのに。
暁音は涙を服の袖で拭った。
「そんなに泣くなよ、ていうか不器用だなあ」
「......う、うるさい」
「俺もあの時さ、怒ってごめん。好きだったから期待しちゃったんだよ。だから嘘告だって知って怒ってしまった。でもその嘘告も嘘だった訳だけど」
どれくらいの時間が経っただろうか。
ほんの数分だけだった気がする。
でも暁音がずっと待ち望んだ時間で、数時間のように感じられた。
「もう......行かなきゃだから」
「っ......」
鳴田が成仏すればもう一生、鳴田と話すことはできない。
本当に最後の、最後のお別れ。
暁音は泣いている自分を抑えて大きく息を吸った。
「鳴田、今までありがとう。大好き、大好きだよ」
「......来世でまた会えたらさ、その時は」
──俺と付き合ってください
鳴田はそう言って暁音の前から消えた。
抱きしめていたはずの鳴田の体は気づけば自分の腕を掴んでいた。
***
「鳴田、もう私、高校卒業して大学入ったんだよ。時間の流れって早いよね」
うるさいくらいの蝉の声、青い空、いくつかの白い雲、これでもかというくらい照りつけてくる眩しい太陽。
私はそんな夏の日に実家に帰って鳴田の墓参りに来ている。
今日で鳴田が死んでちょうど三年が経つ。
鳴田が死んだ日のことは今でも忘れられないし、心の傷としてまだ残っている。
それと同時に一年目のあの記憶も強く心に刻み込まれていた。
たった一週間、それでも幽霊になって私の前に現れた。
あれ以降、鳴田は私の前に姿を一度も現していない。
「鳴田のことだから、あっちでも上手くやってるのかな」
幽霊になって脅かしてくるユーモアを持っているのだ。
きっと上手くやれているに違いない。
「......もし付き合ってたらずっと続いて結婚まで行ってたかな」
思いは伝えられたし、未練はない。
でもやっぱりもっと鳴田と一緒にいたかったという思いは残っている。
「なーんて、もう過去のことだし、前向かないとダメだよね」
私がそう言って立ち上がった時、温い風が強く暁音に吹き込んだ。
笑っている鳴田が隣にいる気がした。