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 私は一人、廊下を歩いていた。

 15分前__変化のない録画映像から誰も家から出ていない事を知ると、私達は二手に分かれて家の中を捜索する事を決めた。

 私は彼女と別れてまず車庫に向かった。

 母を連れ去った人物、仮にxとすると、xが母と面識のないとはとても思えなかった。

 知らない人間が現れたのであれば当然、母は枕元のブザーを押したはずだ。

 __xは母の顔見知りである。

 だとすると、xがそれをアドバンテージとして利用するはずだ。

 母を連れ出すには当の本人の理解を得た方がやりやすい。そうなると、母は室内用の車椅子から外出用の車椅子に変える事を希望するはずだし、そもそもが母を連れて何処かへ行こうと考えるなら車は必須だ。

 そういう思考の流れと、まだ家から誰も出ていない事実から真っ先に私は車庫を潰しにかかる事にしたのだ。

 だが、それも空振りだった。

 外出用のもう一台の車椅子は定位置にあった。

 車も問題なくあった。

 母親の姿はどこにもなかった。

 念のため自家用車の奥まで確認して家に戻った。

 __他に可能性の高い場所は、、

 頭をフル回転させて廊下を進んでいると、いつもの癖でそのまま母の部屋のところまで戻ってきてしまった。

 敷居から部屋を眺めると、急に母がいない事実がひしひしと込み上げてくる。

 そこにあるべき存在がいないだけでなんて空虚な空間なんだろう。__余計な感傷を振り払ってここも念の為あらためる事にした。

 居間と廊下の間にあるちょっとしたスペースを改築した部屋なので、畳に介護用ベットという組み合わせになっている。2階にある元々の母の寝室では諸々不便だった為だ。

 母のベッドの他はこまごまとしたものがあるだけで大して広くはない。

 ざっと見てすぐ次の部屋へ向かおうとした私の目を何かが捉えた。

 ベッドの隣にあるサイドテーブル、その上にあるラジオ。

 家に入った時、なんであれほど静かに思えたのか。そうだ、ラジオだ。

 常に流しっぱなしであったあのラジオが黙り込んでいる。

 別におかしい事じゃない。

 母が自主的に部屋を出たのであれば、電源を落としていくだろう。

 そうじゃない。そうじゃなくて何かが頭の片隅をよぎった。

 何かおかしい事がなかったか?

 家に入ってから?__母がいない以外はいつもの通りだった。いや、違う。もっと前の事だ。会議中に彼女から電話が来て、会社を抜け出した、、そこでもない。もっと、もっと前に、何かおかしなことがなかったか?そう、もっと前。今日の出来事じゃなくて何日か前、あれは、先々週のことだ。そうだ、その時だ。

『新紙幣発行に伴って旧紙幣は即刻廃棄となる』

 母がそう言っていた。そう聞いたのだと。でもそれはおかしい。だって、母は一体どこでその噂を耳にしたと言うのか?

 母が外に出る事は無い。電話に出る事も無いし、来訪者がいる時は必ず自分か金町マチコが傍にいる。もし、来訪者がその手のデマを口にしたところで彼女が訂正しただろうし、定時連絡の時にその事を自分に伝えるはずだ。

 唯一、外部から情報を得るとしたらそれはラジオだが、到底公共の電波でそのような事実無根な噂話を流す事は無いだろう。

 __となると、母は一体その話をどこで誰から耳にしたのか?___()()()

 ひゅっと空を切る音がした。背後を振り返った。女が何かを私の頭に振り下ろすのが見えた。


 ×


 視界はぼんやりとした白い世界で構成されている。

 一瞬、死後の世界に来たのかと思ったがやがては自分がベッドに寝ていて白い天井を見上げているのだと分かった。

 意識が明瞭になればもっと多くの事も分かる。

 鼻につく消毒液の匂いからここが病院であること。

 頭がずきずきと痛むこと。

 自分の枕元に誰かがいること。

「動かないでください。さっき縫い終わったばかりなんですよ」

 頭上から誠実そうな女性の声色がもたらされる。

「ですが、一体……母は?母はどこに?」

「ええ、安心してください。おかあさまはご無事ですよ。

 今はご友人の家にお世話になっていると、あなたにお伝えするよう言われました」

 溜息が漏れた。

 看護師の女性が何かを言った。

「え?」

「いえ、お眠りになっててください」

「ああ、はい」

 確かに安心したせいもあるのか、先程起きたばかりだと言うのに眠気がしてきた。

 ぼんやりと歪んでいく視界の中、私はまた意識を手放した。

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