第8話.甘い欠片と誘い
心地よい浮遊感に誘われ、私は目を覚ました。
ここは何処だろう。凄く……温かい。身体を包み込む甘い匂いに心がじんわりしていくようだ。
身を起こせば柔らかい光に包まれた部屋が目に入る。閉じ込められていたあの部屋とは異なり、床も壁も木造だ。わりと植物が置かれているから部屋の主は植物が好きなのだろう。壁から生えているように見えるツタのような植物は、どうやって飾っているのかな?
当たり前だがさっきの部屋とは比べ物にならない心地好さだ。そういえば最後の記憶ではオウマに抱き抱えてもらった気がする。どうやら移動したらしい。つまり、ここはオウマがさらっと述べていた『拠点』なのだ。
そういえば彼等は何処だろう。掛けられていた布団をどけ、おぼつかない足で床を踏みしめる。ちょっとふらつくけど問題ない。それどころか、男に殴られた痛みすらキレイさっぱりなくなっていた。誰が治してくれたのだろう。
そう思ったところでふと、ベッドの傍にあった机が煌めいているのに気付く。何かと思ったがそこにあったのは鏡だ。かなり年季が入っており、鏡面はひび割れ欠けている。
「なんでこんな物が……?」
鏡の傍には破片が落ちていた。
親指の爪より少し大きい鏡の欠片だ。それはつるりとした光沢を放ちながら私を誘うように見つめている。抗えず指を伸ばして掴めば、破片はまるで私を待っていたかのように淡い光を放った。
「……美味しそう」
どうしてそう思ったのか分からない。
けれどこの時、私は無意識のうちに――手に取った破片を、口に含んでいた。
いくら美味しそうに見えてもガラスの破片だ。口の中が切れるだろうと他人事のように思っていたが、錆びた鉄の味が広がることはない。それどころか欠片は口に入れた瞬間、ほろりと溶けて口内へ甘い味わいを広げた。
溶けた? 鏡だと思っていたけれど、精巧に作られたお菓子だったのだろうか。もっとよく見ようと手を伸ばすとガチャリとドアが開き、オウマが入室する。
「あ、おはよう。目が覚めたんだね」
「オウマ……」
「気分はどう?」
後ろ手で扉を閉め、彼は人当たりの良い笑みを浮かべた。
佇まいだけ見れば貴族の坊ちゃんか、国の中枢を担う若手の議員だ。戦いとは縁遠い顔をしているが、先のやり取りを見るに実際は違うのだろう。つい身構えてしまう私を他所に、オウマは無防備に近付いてくる。
「丸1日眠っていたからクララが心配してたんだ。どこか痛いところはない?」
「ここはアンタの家?」
「みたいなものかな。実際ヨトやクララはメンバーを家族のように思っている」
メンバーと表現する辺り、やはり彼等は組織か何かのようだ。私の元へやって来た彼はテーブルにあった鏡を見るなり、意外そうに眼を丸くした。
「あれ? どうしてこの仔がここにいるんだろう」
「この鏡もアンタの家族なの?」
どう見てもボロい鏡だが、ひょっとしたらお喋り好きな魔獣かもしれないのだ。そんなヤツの欠片を口にしたことはスルーし、私は問いかける。
「なんて名前?」
「神骸。創造主が世界を作りし際に落とした遺物さ」
今にも壊れそうなソレを手に取り、オウマは微笑んだ。
「神骸はまさに生命エネルギーの塊、魂核そのものだ。上手く使えばただの集落を天下一の帝国にすることが出来るが、少しでも誤れば世界すら崩壊させてしまう……そんな呪物さ」
「それを私は食べたのか」
「え?」
「なんでもない」
よかった、取り敢えず魔獣ではないみたい。
キョトンとする彼の追及を避けるべく、私はすぐさま次の問いを口にする。
「そんな物をどうしてアンタが持っているの?」
「その話をするべき場所はここじゃあない……特に不調がないのならおいで? アイロ、ナイショ話をしよう」
オウマは人差し指を唇に軽く当てて微笑んだ。ナイショ話……恐らく彼等の正体にかかわる話だろうが、どうしてナイショなのかは不明である。
「……する。ナイショ話」
「それはよかった。それでは淑女、お手をどうぞ?」
軽口を叩くような口調で差し出された手を握り、私は頷いた。
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