第7話.苦い溜息
負傷者47名、13名保護、逮捕者は数える気もなし。
小さな舞台で繰り広げられた惨劇はけれど、1人も死者はいなかった。
「ミハイル・セオリッテ総副隊長!」
「あぁ……ラファか。ここの担当区域だったんだな」
闇競売の会場であった室内を眺めていたミハイルは、駆け寄って来た若い女隊員の名を口にする。振り向くと一拍遅れて揺れる見事な黒髪。頭の高くで結わえられた漆黒の髪は壊れかかった照明の光を反射し、鈍色に煌めいていた。
他者に媚びることのない鋭い光を湛えたサファイアの瞳を柔らかく細めつつ、彼女は小さく微笑む。
「月日は早いものだ。其方が中立国に配属されてもう半年か?」
「その半年でどれだけ逮捕したと思います? もうすぐ100の大台ですよ?」
彼女の言葉に間髪容れずラファは応えた。
年齢の割に幼い顔はげんなりしており、纏う雰囲気は退職間近の老兵のよう。一目で苦労が分かり笑みを苦笑に変えてしまうと、ラファは忌々しそうに唇を大きく曲げた。
「全く、来るもの拒まず精神も考えものですね。集まるのは罪逃れと性根が腐った貴族だけですもの」
「返す言葉もない」
「まぁそのお陰で『万華』を存分に追えるんですけど」
室内を一瞥した彼女に習い、ミハイルもまた部屋へ視線を向ける。噎せ返るような濃い臭気と室内を彩る赤い液体は、ついさっきまでここにいた参加者のものだ。配属されたばかりの何人かが嘔吐するほどひどい有様だが不思議なことに死者はいない。それどころか唾を飛ばし填めき散らかせるほど、命に別状はないのだ。
取り逃がした男の顔を思い返し、ミハイルは唇を歪める。
「ミハフリ・オウマ……まさか頭が出るとは思いもよらなかった。奴が現れたということは今回の競売には神骸が……?」
「恐れながらセオリッテ総副隊長、その『万華』とは?」
配属したばかりなのか、傍にいた隊員が口を挟んだ。咎めようとするラファを手で制し、ミハイルは軽く顎を引く。
「軍に所属しているのならば『神骸』についてはもう知っているな? 万華とは神骸を狙う……俗に神骸ハンターと呼ばれる者達のことだ。本来はなんの属性も持たない無の魂核を持つ7人を示す言葉だが、我々は彼等が率いる者達も含めてそう呼んでいる。シキ大陸に築く6ヵ国全てが一丸となって排除しなければならない存在だ」
「む、無の魂核? た、確かに噂程度には聞いたことがありますが……」
「はは、世間では半ば伝説紛いの存在になっているからな」
肩を揺らしてミハイルは笑った。けれどすぐさま表情を苦々しいものへ変える。
「そのなかでもミハフリ・オウマ率いる『万華・ノンアルタス』は国際手配されている大罪人ばかりであり、ハンターの中で最も気を付けるべきギルドと言われているんだ」
「国際手配!? そんな凶悪な存在がどうして今回の闇競売に……」
「今はまだ分からない。だが奴等が現れたということは、必ず何かあるということだ。……其方も今後は嫌というほど関わるだろう、この機会にしっかりと覚えておくといい」
「はっ!!」
隊員はたどたどしい動きで敬礼をした。自分にもこんな時代があったとミハイルは苦笑し、隊員を下がらせる。
慌ただしく持ち場へ戻っていく後ろ姿を見送った後、ラファは表情を引き締めた。
「……ところで奴等に新しい仲間がいなかった?」
「あぁ、それは私も気になっていた」
ミハイルもまた打って変わって厳しい表情を浮かべ、腕を組む。
部屋に突入した彼女達は辛くもオウマ達を逃してしまったのだが――その場にいた彼等の中に、2人が見慣れない顔がいたのだ。
もちろん把握している面子が全てだとはミハイル達も思っていない。彼等の犯行はそれこそ協力者がいないと不可能なことばかり。各国の防衛要人が集まる議会でも、各国に内通者がいるだろうと満場一致で判断されているほどだ。そのため新しい顔がいたとしてもさほど驚くべきことではない。しかしながら一瞬見えたその表情に、ミハイルは強い違和感を覚えたのだ。
「攫われた人達と同じように手足を拘束されていたしね……ひょっとしたら巻き込まれたのかも」
「だとしたら迅速に救い出す必要がある。行こうラファ、今度こそ奴等を一網打尽にしてやるのだ」
「我等、聖騎士の名に懸けて――――必ずあの男を殺してやる」
身を翻したミハイルに習い、ラファもまたピンク色の髪を翻し歩き始めた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
「面白い」、「続きが読みたい」など思った方は、是非ブックマークや評価をよろしくお願いいたします!