第6話.よい夢を
何度目か分からぬ暗闇の幕をゆっくり持ち上げれば、再び暗闇が私を包んだ。
頬を撫でるように通り過ぎる風、噎せ返りそうになるが決して嫌な感じではない草の匂い。それらから判断するに、どうやら私達は外にいるようだ。暗闇に目を凝らせば徐々に世界は形を持ち始める。幸いにもすぐ傍にいる藍色の髪もぼんやり浮かび上がった。
深い深い森の中。私達がいるのは、どうやらそう表現していい場所であった。
周りが似たような木々ばかりだから自分の置かれている状況が全く分からない。キョロキョロ辺りを見渡していると、伸びをしながらオウマが声を上げる。
「ここは何処だい?」
「座標から判断するに中立国北区の森。本当ならば拠点に繋がっている筈だったけれど、エラーが起きたみたいね」
すぐ傍でカタカタ音が聞こえると思ったら、プラチナブロンドの少女が鍵盤を軽快に叩いていた。イエローの瞳がジロリと責め立てるように私を見つめる。
「……こんばんは、私はアイロ」
「この状況で自己紹介してくるとか、どういう思考回路をしているの? 流石オウマと共鳴しただけあるわね。理解できない」
「いや初対面の相手に辛辣すぎるだろ、お嬢」
綺麗なイエローのドレスを身に着けているから薄々そうかと思っていたが、お嬢と呼ばれているところをみるに彼女は貴族令嬢のようだ。プイッと顔を背けた彼女にクライトが肩を落としたため、私はがっちりとした背中をさすってあげる。
「元気出して、クライト」
「いや……それアンタじゃなくて俺がやることな……」
「ふふ、クララとも仲良くなっていたなんて嬉しい誤算だなぁ」
クスクス笑いながらオウマが口を挟んだ。
私は警戒しつつ身体ごと向き直る。あの場所から助けてくれたことについては感謝しているが、彼の目的や正体など一切分からなかったからだ。夢の中で途切れ途切れに聞こえた『回収』という言葉も気になるし、軍警に追われている理由も気になる。
疑問ばかり渦巻いて何も切り出せない私に気を遣ったのか、彼は軽く手を広げてみせた。
「いいよ、なんでも聞いて? ここで答えられるものであれば応えてあげるから」
「……アンタの名前は?」
聞きたいことは色々あった。けれど、私は全てを脇において改めてその問いを口にする。名は体を表す。何処の国の言葉か分からないけれど、そんな言葉が頭をよぎったからだ。
向こうもまさかそんな問いをされるとは思っていなかったらしく、キョトンとした顔で私を見る。けれどすぐに唇の端を吊り上げると、彼は柔らかい声色で応えてくれた。
「そう……そうだね、名前は他者を『個』にするために必要不可欠なものだ。俺の名はミハフリ・オウマ、みんなからはオウマって呼ばれているよ」
「よろしく、私はアイロ・ニークス」
妙に禍々しい名前だが見た目も喋り方もほんわかさの塊だ。知ってる、と笑う彼を他所にクライトが私へ視線を向ける。
「オウマ、彼女が目的の子で合っているんだよな?」
「そう、俺と共鳴した運命の子だ。キミにとっては夢の中の出来事だったんだっけ?」
「うん」
クライトの発言から判断するに、彼等は私を探していたようだ。警戒が解けるどころかより怪しさを感じてしまいつつ、私は更に問いを口にする。
「ここは何処? 闇競売って言っていたけれど、あいつらは一体何なの?」
「中立国カロン、競売所に来ていたのは各国から集まった名だたる上流階級の皆様がただ。最近は各国も人身売買に厳しくなってきたからねぇ、小旅行気分で来るんだよ」
「人を売り買いするの?」
「最近ちょっとした流行らしいよ?」
怖いねぇと彼は肩を竦めた。
明らかに怖がっていない。それどころか『人身売買』について何の感情も抱いていないことは淡々とした口調からすぐに分かった。ほんわかした雰囲気を持つ分、本音が読み辛い。信用していいものか迷っていると、クライトが再び声を上げる。
「ところで……オウマはなんで、約束の場所じゃなくてあそこにいたんだ?」
「んふふ」
追求から逃れるように彼は首を回した。心なしか乾いた笑い声がやけに響く。途端にオウマを見つめていた少女の眼差し、が冷ややかなものへと変わった。
「どうせ探検気分で奥深くに入り込み、結果的にバレて捕らわれたんでしょ? アナタ、遊び癖が酷いもの」
「さっすがぁ。ラーナちゃん、名探偵もビックリな推理力だねぇ」
「私はアナタみたいな奴が私達のリーダーだっていうことにビックリよ」
あはは、と再びオウマは乾いた笑い声を上げた。リーダー。ということは、彼等は何かの組織らしい。年齢も着ている物も統一性がないから、何の組織なのかは現時点で判断できなかった。
身内からの呆れた眼差しを笑って受け流していたオウマだったが、やがて表情に影を落とす。そこには心なしか、苦々しさが混じっていた。
「はぁ……それにしても困ったものだ。ようやく見つけたはいいものの、先に見付けられた相手が厄介だったなぁ。仕方ない、拠点に帰って仕切り直すとするか」
「どういうこと?」
私を助けに来たとクライトは言っていた。それはどういう意味だろう。無意識のうちに踏み出した足はもつれ、前のめりにつまずいてしまう。
咄嗟にオウマが支えてくれたことで地面とキスすることは避けられたが、ひどく頭が重かった。立っていられないほどの眩暈に思わず呻くと、クライトが血相を変えて私の背中を擦ってくれる。
「おい、どうした!?」
「無理もないさ、1度に色んな事が起きたんだから。それに……俺と共鳴もしちゃったしね」
ふわりと浮遊感が私を包み込んだ。温かい。右側に感じる温もりと支えられているような感覚に、オウマが私を抱えたのだと分かる。
「質問大会はまた後でしよう。今はゆっくり休んで」
「おう、ま……」
ゴポリ、と水泡の音がした。急激に襲ってきた眠気に抗おうかとも思ったが、彼の体温にその必要はないと思い直す。
おやすみなさい、明日も会えるといいね。私は目を閉じ、早々に意識を手放したのであった。
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