第4話.いのちの値段
頭が割れるほどの音がして、私の意識は一気に覚醒した。
「う……」
体中が痛い。耳鳴りのような音に頭がおかしくなりそうだ。
状況を把握するべく重い身体を起こしていると、目が眩むほどの光が私を照らし出す。今度はなんだ。訳も分からず咄嗟に腕で顔を覆えば、先程とは違う男の声が響いた。
「さてさて最後は今宵の目玉商品、世にも稀なる無の魂核を持つ存在。万華の娘です!!」
男の声を掻き消す勢いで上がった音は人々の歓声だ。さっきから聞こえていた音の正体はコレだったらしい。にわかに騒めいた理由を求めて顔を上げると、いくつもの目が私を射抜く。
「ッ……!?」
「捕える際に少々抵抗したので多少の傷はありますが、それもまたご愛嬌。キズ有りということで出血大サービス、1000ルドーから如何でしょう!!」
耳を疑うような声が響いた直後、怒号にも似た声と数字の書かれた札が次々と上がった。もはや何を言っているのかすら分からない。
呆然としてしまうこと数秒、私は目を覚ます前のことを思い出す。そうだ。私はオウマを庇い、男に蹴られたのだ。
咄嗟にオウマを探すも、あの品の良いスーツ姿は見当たらない。彼は何処だ。あの様子からして酷い傷を負っている筈。早く手当てをしないと命にかかわる。檻の格子に手をかけ必死で外の様子を確認しようとすると、歓声に混じって興奮したような声も上がった。
「3500万! 3750万! 4000万……5500万! これは白熱しておりますっ、さぁ他にいらっしゃいませんか!?」
男の声が煩わしい。私に当てられた光の所為で周りがよく見えないが、熱の篭った荒い息遣いがすぐ目の前から聞こえてきた。
気持ち悪い。背中に嫌な汗が流れるなか、不意に穏やかな声が投じられる。
「じゃあ……1億ルドーかな?」
あれだけ満たしていた耳障りな音が一瞬にして静まり返った。
まるで波が引いていくような感覚だ。その声は乾ききった大地に染み込む一滴の水の如く広がり、場の空気をガラリと変えてみせる。白紙となった世界の代わりに響き始めたコツコツという音は、拍手の音にも聞こえた。
一定のリズムで鳴り響く靴音は近付いている。私の中にあった気持ち悪さも引いていくなか、新たなる場の支配者は再び淡々とした声を上げた。
「あれ、もしかして足りないのか? じゃあ2億……いや、3億あれば足りるかな」
「へ……?」
「どんな財宝を積み上げたところで命と釣り合う物は存在しない。例えこの世を作ったとされる創造主が落とした欠片……神骸だろうとな。命と釣り合うものは、同じ命だけ」
初めて聞く声なのに、何故かその声はとても安心できて。
「じゃあこうしよう。この場にいる全ての命でもって支払うわ」
直後、目の前は文字通り真っ赤に染め上げられた。
*
オウマが言った『地獄』がどんなものかは分からないけれど、きっと目の前の光景を言うのだろう。
「えっとぉ……大丈夫か?」
檻の外から覗き込む男に、私は応えられない。当然だ。だっていきなり現れたかと思えば室内を地獄へ変えたのだ。白のバンド模様が入った黒髪も、アガットの瞳も、ちょっとぼんやりとした顔立ちも見覚えがない。助けてくれたということは少なくとも私の敵ではない筈だが。
思わず見つめてしまうと、男は気まずそうに頬を掻く。
「取り敢えず窮屈だよな、檻から出すよ」
そう言った男の後ろで血飛沫が舞った。
悲鳴と叫喚、そして怒声が飛び交っている。けれど男は後ろの惨劇など存在していないかのように涼しい顔をしていた。
彼が檻に手をかけると格子はガラスのように砕け散り、呆気なくボロボロになる。瞠目する私の前にしゃがみ込むと、男は心配そうに見つめてきた。
「驚くのも無理はないよな、うん……まぁ、オレらはアンタの味方だから安心してくれ」
安心しろと言われても、何一つとして安心できなかった。
なおも見つめれば男は困った顔で首を傾げる。その様子から判断するに、どうやらこういった状況に慣れていないようだ。恋人のように無言で見つめ合ってしまう私達であったが、ふと視界の隅で何かが煌めく。それは紫花の髪飾りだった。
「ちょっと、クライト! さっさと回収して、軍警が来るわよ!」
どうやら男はクライトというようだ。プラチナブロンドの髪を翻し、現れた少女はつっけんどんに叫ぶ。焦燥感すら滲ませる少女に対しけれど、クライトはのんびりとした口調で言った。
「大丈夫だろ、仕事に対してアイツらそんなに真面目じゃないし」
「分かった。じゃあアナタが囮になるってことで――――」
「軍警? そりゃ大変だ。今すぐ逃げないと」
慌てたように彼は立ち上がった。手を引かれ、私も立ち上がる。
軍警って、確か町の治安を守る人達のことだ。本来なら助けを求めるべき相手だが、2人の様子を見るかぎり求められない事情があるらしい。そんな人達が私の味方だと言われてもやはり安心できなかった。
ますます怪しい、だがこの際それは捨て置く。何故なら私には逃げる前に会うべき相手がいるから。
「待って、オウマを助けないと!」
「オウマぁ?」
掴まれた手を軽く引いて主張すれば、彼は素っ頓狂な声を上げた。
「って……あの?」
「どのオウマかは知らないけれど、他にも捕まっている人がいるんだ。助けなきゃ!」
「捕虜のことはそれこそ軍警にでも任せればいい。私達のテリトリーではない」
「でもアイツらに殺されるかも!」
「そこまでだっ、全員動くな!!」
反論の言葉は第3者の鋭い声に阻まれてしまった。
ハッとして振り向くと武装した集団。ドカドカ床を踏み鳴らして侵入する者達を見るなり少女は舌打ちをした。
「もう現れやがったわね、国の駄犬どもめ!」
「ラーナは撤退の旨を伝えてくれ。アンタは……って、おい!?」
今だ。
彼等が軍警に気を取られている間に私は手を振り払い、全力で舞台袖へと駆け出した。
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