第2話.微笑みは何を意味するのか
「時間だ、商品ども」
今まで気が付かなかったが、空間には扉があったようだ。
軋んだ音を立てて開かれた扉から外套で全身をすっぽりと覆い隠した人物が入ってくる。くぐもった声が聞こえるや否や、閉じ込められていた人々は怯えと恐怖の色を浮かべていた。
「チッ、くせぇな……誰かションベン漏らしやがったか」
部屋に入るなり相手は舌打ちをした。声から判断するに男だろうが、とにかく覆われている所為でそれ以外の情報が入って来ない。覗き込めば顔くらいは見えるかと身体を左右に揺らしてみるも、辛うじて見えた顔には猿のような奇妙な仮面が着いていた。恐らくオウマが言っていた『彼等』だろう。仮面の男は酷く乱雑な手付きで近くにいた女の人の腕を掴むと、扉へ放り投げる。
短い呻き声を上げて女の人が倒れ込んだ。
直後、伸びる幾つもの手。それらは女の人を掴むや否や、引き摺るように扉の外へ連れて行った。
「きゃあああっ!!」
「うるせぇ喚くな!」
悲鳴を上げた別の女の人を男は殴りつけた。視界に映った飛沫はまるで花が散ったように赤く世界を彩る。さらに男は近くにいた子供の髪の毛を掴むと、扉へ向かって乱暴に突き飛ばした。
横暴という言葉も生温いほどの乱暴っぷりだ。思わず腰を浮かしかけるも、それより早くオウマが声を上げる。
「丁重に扱った方がいいですよ? 価値が下がるから」
ピタリ、と男が動きを止めた。
表情は仮面の所為で分からない。けれど微かな困惑でもって、相手は鷹揚にこちらを向く。
「……あ?」
「購入する貴族サマはとにかく美しいモノがお好きですからねぇ、ちょっとでもキズ有りだと買い取ってくれないんですよ。だから丁重に扱えって、上司に言われませんでしたか?」
「てめっ」
男の声色が一瞬にして変わる。それは少なからずオウマの言葉が当たっていることを示していた。
どうして彼がそんなことを知っているのだろう。私は驚きでもって見つめるが、オウマはまるで聞き分けのない子供を諭すように柔らかく微笑む。
「あは、当たらずも遠からずって感じだね。結構、これで下請け業者と主催者サイドが別物だと理解した。情報提供ありがとう」
「ッ、テメェ何モンだ!?」
男は泡を食ったように大股で近付いて来た。勢いのままオウマの胸倉を掴み上げるも彼は穏やかな、ともすれば相手を小馬鹿にしていると捉えかねない微笑みでもって言う。
「うん? 雑魚に名乗る名前はないかな」
刹那、室内に新たな鮮血が飛び散った。
激高した男がオウマを殴りつけたのだ。倒れ込む彼に、さらに容赦なく蹴りが叩き込まれる。
「人間様に楯突くんじゃねぇよゴミが!!」
「止めてッ、死んじゃう!!」
室内にいた誰かが叫んだ。けれど男の動きが止まることはなく、骨が折れるような嫌な音も響く。これ以上はマズい。咄嗟に彼へ覆い被さった瞬間、重い衝撃と鈍い激痛が頭部に走った。
グラリと意識が遠のくなか、複数の悲鳴と男とは別の焦ったような声が響く。
「おいっ、そいつは目玉商品だぞ!?」
「ふざけんなよテメェッ!」
目玉商品って、オウマと私どっちだろう。
視界が水泡に呑み込まれる寸前、倒れ込むオウマが微笑んでいるように見えた。
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