唯一の突破口
先手を取ったのは、ヴァーバルだった。
『後の先は性に合わねぇんでなァ! 【剣操術:斬閃】!!』
とてもではないが、その巨躯に通用するとは思えぬ小規模な無属性の斬撃の波動を2本の解体用ナイフに纏わせ、ひとまず出方を窺う意味でも鋭く細かい動作で複数回、流麗さと頑丈さを併せ持つ鱗の薄い部位を狙って飛ばしはしたものの。
『A"AAARP』
『ッ、せめて防ぐか避けるかしろよ……!』
当の迷宮を護る者は、ヴァーバルの狙いが己の鱗が薄い部位、或いは鱗のない部位──目、口、鰭など──にあると解った上で、ヴァーバルの苦言通り防御も回避もせず、ただ揺蕩っているだけ。
(やっぱアダマスじゃねぇと駄目か──)
擦り傷ほどのダメージさえ受けない攻撃だ、と直撃する前から見抜いていたからこその不動だったのだろうが、それを見たヴァーバルがナイフを腰に納めつつ背中の大鎌に触れた瞬間。
『F"IIII……C"AAAA……!!』
『ッ!? 何だ、いきなり……!!』
余裕綽々といった態度を見せていた筈の迷宮を護る者が色鮮やかな鱗を逆立たせ、さも強敵を前にしているかのような警戒音を発し始めた事で、『何事か』とヴァーバルは俄かに慄く一方。
『随分お前の大鎌を警戒しているらしい。 おそらく迷宮宝具である事も見抜いているのだろうが、逆に考えれば──』
この迷宮を護る者が棲む扉の奥にある〝宝〟が迷宮宝具であるという憶測を前提とすれば、アダマスが迷宮宝具だと見抜いた上で警戒していても何ら不思議ではなく『不用意に動くな』と諌めつつも、その警戒は自分たちにとっての光明かもしれないと語ろうとしたアズールの言を。
『……アダマスは通用するかもしれねぇ、って事か』
『あくまでも可能性の話だがな』
ヴァーバルは先読みしながらも、ふと迷宮を護る者と目を合わせたところ確かに自分へだけ意識が向いている事を悟る。
『しかし賭けてみる価値はある。 お前は今、遠隔攻撃は不可能なのだろう? 私たちがお前を運び、隙も作る。 どうだ?』
『……いいぜ、やってやるよ』
『よし、ならば──』
彼にとっては堪ったものではないだろうが、それはアズールの憶測が正しいのだと証明しているに等しく、【鎌】を利用しての遠隔攻撃が不可能である以上、地上を統べる者の速度で肉薄すれば或いはと策謀するアズールに、ヴァーバルは数秒足らずの熟考の末、乗る事にし。
シエルも策の為に我慢してくれるだろう、という事を前提として『乗れ』とヴァーバルへ手を伸ばそうとした瞬間。
『──S"HIIIIC"AAAAAAAAッ!!』
『!? オイ突っ込んで来るぞ!!』
『早く乗れ、ヴァーバル!!』
『お、おォ!!』
海水よりマシとはいえ決して軽くはない多量の淡水を掻き分けながら、その巨躯を構成する筋肉を全力で躍動させて突進してきた迷宮を護る者を見て焦るヴァーバルに手を伸ばし、アズールは半ば無理やり引き上げるようにして自分の後ろに乗せてから。
『余力など残すなシエル! 全速力だ!!』
『CURUAAAAッ!!』
『う、お……ッ!?』
攻撃のみならず速度上昇にも利用できる【騎行術:神風】を発動した上で、その全てをSPDの強化にだけ注力する事により爆発的な加速を可能にしたシエル。
(何つう速さだよ!! ちょっとでも気ィ抜いたら吹っ飛ばされちまう……!! だが確かにこの速度ならアイツも──)
この馬鹿げた速度の中でも微動だにしていないアズールの右肩に手を置く形で何とか耐えていたヴァーバルは、これならいくらLv100でも追いつく事はできず、それこそ翻弄しつつの肉薄も可能なのではと僅かな希望を抱きかけて振り向いた先に。
『C"AAAッ!! F"IAAAAッ!!』
『CI、RUUU……ッ!!』
『な……ッ!?』
『やはりか……!!』
『嘘だろ!? あの巨体で、あんな速く……!?』
追いつくどころか、あと数秒もすれば追い越していても不思議ではないほどの速度で以て、まずは加速に必要な距離を取ろうとしていたシエルに一瞬で迫って来ていた迷宮を護る者の姿がある事にヴァーバルが驚きを露わにする一方で、シエルとアズールは更に魔力を追加して可能な限り速度を上げていく。
『アイツが迷宮を護る者だからか!? Lv100に到達してるからか!? どっちにしたって理不尽すぎんだろうが!!』
『それに関しては全く同意見だが──』
これが竜騎兵団の兵長たる竜騎兵と単なる傭兵との覚悟の差とでも言うべきか、〝力なき者の正論〟を半ばヤケになって喚き散らしつつも、『どうせ殺られるくらいなら』と策の遂行も無視してアダマスに手をかけようとしたヴァーバルに対し。
アズールは、ふと後ろへ挑発めいた表情の顔を向けつつ。
『あの程度の怪物が何だと言うんだ? 私たちは共に、もっと恐ろしく底の見えない狩人と矛を交えた事があるのだぞ?』
『……!! は、はは……ッ、そりゃあそうだなァ!!』
自分は半年前に稽古の一環で、そしてヴァーバルは昨日の諍いで戦った、【最強の最弱職】と呼ばれる最強にして未だ力の底が見えない竜狩人。
アレと比べてしまえば、如何なる怪物の如何なる脅威も児戯としか思えないだろう? という少々無理のある持論を受け、ヴァーバルは数秒ほど呆気に取られながらも同調して笑う。
今この瞬間も自分たちを喰らおうと、もしくは消し飛ばそうと追い立てて来ている迷宮を護る者が如何に怪物じみていようとも、ユニには決して及ばない。
そして、もし自分たち全員が無様に敗北したとしても。
白色変異種に勝利した後、戻って来るであろうユニならば必ず自分たちの無念を晴らしてくれると確信できる。
……そう思うと、ほんの少し心が軽くなった気がした。
這い上がるような恐怖によって押さえつけられていた覚悟や決意が、ふつふつと心の奥底から湧き上がってくる気がした。
『チャンスは、一瞬だ。 抜かるなよ』
『言われるまでもねぇよ!!』
……この時までは、まだ──。