有無など言わせぬ
『ばッ、馬鹿言ってんじゃねぇよ【最強の最弱職】! そりゃアンタにとっちゃソロでも勝てる相手なんだろうがな! あんな化け物、俺ら2人だけで倒せる訳ねぇだろうが!』
先ほどユニ自身が語ってみせたLv100の異質さを聞いた身としては、そしてユニありきで迷宮を護る者と戦うのだとばかり思っていた身としては『ふざけるな』と喚かずにはいられず、ヴァーバルは目の前の巨躯の存在すらも忘れてしまうほどに捲し立てる。
ちなみに、こうして彼が喚いている間も迷宮を護る者はただ優雅に揺蕩うのみで、こちらの不意を突くような攻撃をする意思は感じられない。
この場で唯一、己を上回る強者であるユニの興味がすでに白色変異種へ向いている事も相まって余裕が生まれているのだろう。
『……ねぇ、ヴァーバル』
『な──……んッ!?』
そんな中、黙ってヴァーバルの苦言を聞いていたユニが溜息をつき、ヴァーバルの名を口にした事で改めてユニと目を合わせようとした瞬間、『目を合わせる』という何でもない行為1つを軽々しく行ってしまった事を後悔する。
その双眸が、あまりに人外じみた覇気を帯び。
竜化生物のそれだと言われた方が、まだ納得できるほどに末恐ろしく悍ましいものであったからに他ならない。
そして、ユニはゆっくりと口を開き──。
『あの迷宮を護る者に挑むのと、ここで私と本気で喧嘩するの、どっちが怖い? 言っとくけど、今度は加減しないよ』
『〜〜……ッ!?』
最悪で最凶の2択を天秤にかけ、嗤った。
それは、有無など言わせぬ絶対的な命令。
逆らえば、迷宮を護る者に挑むよりも早く。
眼前の怪物に跡形もなく消される事になるだろうから。
『……委細、承知いたしました。 ここは引き受けましょう』
『ッ!? おい兵長サマ!?』
そんなヴァーバルの葛藤を察したのかそうでないのかは本人のみぞ知るところではあるものの、あくまでも恭しい態度で頭を下げて二手に分かれて戦う策を受け入れようとするアズールに当然ながらヴァーバルは彼へ文句をつけようとしたが。
『ユニ殿、どうか──……ッ、いえ、存分に』
『ありがとう、君たちも頑張ってね』
それを無視したアズールは何かをユニへ託そうとして、されどそれは己の身勝手なエゴによるものでしかないと思い直し、ユニという1人の狩人が〝心から求めるもの〟が手に入りますようにと激励を送った彼に、ユニはヴァーバルへ向けたものとは違う爽やかな笑みを返すとともに。
迷宮を護る者の横を通り抜け、その奥へ向かっていった。
『マジかよクソ……ッ! 【最強の最弱職】の支援だけなら死ぬ事ァねぇんじゃねぇかと思ってたのによォ……!』
『現実は非情という事だ、ヴァーバル。 諦めろ』
『〜〜……ッ!!』
結局、彼が最も回避したかった〝自分とアズールの2人だけで迷宮を護る者を討伐する〟という事態に陥ってしまった事を、そして加速度的に己の死の可能性が高まってしまった事を今さらながらに後悔し始めたヴァーバルに対し、すでに覚悟完了していたアズールは苦笑しつつも、ただ静かにそう言ってのけ。
『ッだァクソ! わーッたよ! 戦りゃいんだろ戦りゃあ!』
『その意気だ』
あの時のユニとの戦いと同じく、もう引くに引けないところまで追い詰められてしまったと理解せざるを得なかったヴァーバルは、いよいよ腹を括るべく水の抵抗も無視するほど思い切り頬を両手で叩きつつ自分を鼓舞し。
『……シエル、お前の気持ちは解っているつもりだ。 お前が真に討ちたいのは迷宮を護る者ではなく──』
ヴァーバルはもう大丈夫だろうと踏んだアズールは、ここまで沈黙を貫き続けていたシエルの煌びやかな鱗にそっと触れつつ、シエルが死を賭してでも戦いたいのは迷宮を護る者などでは決してなく、まさに今ユニが向かった先に居る〝白き存在〟。
あのような惨劇を引き起こしておきながら、アズールの部下の1人が囮になるまでもなく、すでに自分たちへの興味を失い外方を向いていた白色変異種にコケにされた事を、たたでさえプライドの高いシエルは未だに根に持っているのだとアズールは知っていたようだが。
『CURURU、PARURUAA』
『……!』
竜騎兵は竜操士と違い、竜化生物の鳴き声に込められた意図を理解する事はできずとも、アズールはシエルの声に秘められた〝意志〟を確かに感じ取り。
『……そうだな、その通りだ。 ユニ殿なら、きっと……』
正確な答えは解らないまま、それでも然りと頷きつつ。
ユニならば、かの【最強の最弱職】ならば託すまでもなく自分たちの想いを汲んで遂げてくれる筈だと確信したうえで改めて臨戦態勢へと移行。
『征くぞ。 ヴァーバル、シエル──命懸けの弔い合戦だ』
『PIRAAAAAAAARUCUッ!!』
『……俺は違ぇけどな』
多少の食い違いはあれど、2人と1匹の戦いが始まる。
『内緒の一言で黙らせられる程度の実力差で良かったわね』
『はは、そうだね。 流石に言えないもんね』
『〝失われた神の力〟を行使してる、なんてさ』