到達、最奥の扉
いくら突然変異種の一角たる白色変異種が相手だったとはいえ、あの【最強の最弱職】が追い詰められ、そして1度は殺されているという俄かには信じ難い独白に、アズールとヴァーバルは詳細を知りたくて仕方なかったようだが。
『『……ッ』』
最奥に到着したと伝えられ、こうして実際に扉の前まで来てしまったからには否が応にも臨戦態勢へ移行せざるを得ず。
『それじゃあ開けるよ、準備はいい?』
『……はッ』
『……おォよ』
加えて間髪入れずにユニが扉に魔力を流してしまおうとするものだから、もはや昔話に花を咲かせている暇もないと気を取り直した2人からの返事を受けたユニが魔力を流すと同時に。
アズールが流した時とは違い、ゴゴゴという鈍い音1つ立てず何ともスムーズに口を開けていく巨大な扉の奥から、その巨躯なる竜化生物が姿を現す。
余談だが、Lv80以上かつ多くの狩人や傭兵、竜騎兵などを返り討ちにした迷宮を護る者には種族名と別の異名が付けられる事があり、それらは俗に〝二つ名持ち〟と呼ばれる。
大抵の場合、下位や中位の竜狩人では幾度となく挑んでも踏破できないと判断された結果、迷宮全体の難易度のランク上昇と同時に付けられる事が多くはあるが。
この迷宮の主は、アズールを含めた100名近くの竜騎兵たちを殲滅、或いは撃退した事により、たった1度の戦闘で異名を与えられる事となった。
『……C"AAAAAAAARP……』
──彩鯉竜──
──〝チゾメノコロモ〟──
桁違いの巨躯と装束のような雅さを併せ持つ迷宮を護る者が今、3人と1匹の前に威風堂々とした姿を見せつけるように緩やかな泳ぎで現れ。
『アイツが、そうなんだよな……?』
『……あぁ、この迷宮の主だ』
もはや確認するまでもないヴァーバルからの疑問に、アズールが心の奥底から湧き出てくる恐怖を抑え込みながらも答えてやる中にあり。
『ッ!? お、オイ【最強の最弱職】!? 何やって──』
スィーッと何の気なしに迷宮を護る者の方へと泳いでいくユニを見て、まさかもう戦い始める気なのかと覚悟はしていても唐突すぎて動揺を隠せないヴァーバルが手を伸ばしたのも束の間。
『ねぇ、ちょっと教えてほしいんだけど。 この迷宮には君よりも強い純白の迷宮を彷徨う者が居るだろう? 今どこに居るか解るかな』
『【竜王術:疎通】で対話しておられるようだが……』
『アイツ今、竜操士なのか……』
さも友人か知人辺りに話しかけているかのような気さくさで以て、己よりも遥かに巨大な竜化生物に技能が適用された状態とはいえ知りたい事をずけずけと問いかけていくユニに、『恐怖心はないのか?』と、『竜操士だから水中でも活動できてるのか?』と2人がそれぞれ別の疑問を抱く一方。
『……F"II、S"HII……』
『『……ッ!!』』
それを知って、どうするつもりだ──と、ユニにしか通じていない底冷えするような低い唸り声を耳にして、よもや交渉決裂かと邪推して各々得物を構える中、ユニは迷宮を護る者の方を向いたまま2人を片手で制しつつ。
『私は、その迷宮を彷徨う者と戦いたい──いや、殺してEXPを得たいだけ。 私は君と戦うつもりはないから、そんなに怯えなくても大丈夫だよ。 教えてくれるなら、だけどね』
『……ッ』
あくまでも、この迷宮においての至上目的は〝白色変異種の討伐〟であり、『お前に興味はないが、教える気がないと言うなら直接その身体に聞く事になる』と暗に脅された迷宮を護る者は、その人間と己との間にある如何ともし難い実力差を瞬時に見極め。
『CAA、PHIII……』
『そっか、ありがとう』
魂まで屈した訳ではない、とでも言いたげな声音で教えてくれた迷宮を護る者に、ユニは素直に礼を述べつつ振り返り。
『じゃあ、そういう事だから』
『『……はッ?』』
ひらひらと手を振ってそう言って後、それ以上の事は何も言わずにどこかへ泳いでいこうとするユニの姿に呆気に取られ、ほんの2、3秒とはいえボーッとしてしまっていた2人だったが。
『お、お待ちくださいユニ殿! 我らには何が何だか……!』
『アンタにしか聞こえてねぇよ今の!』
『え? あぁ、そうか。 ごめんごめん』
すぐにハッとなってユニを呼び止め、せめて説明をと捲し立ててくる2人を見て、これが素なのか計算なのかも不明瞭な態度で謝罪したユニは、クイッと右手の親指だけで後方で揺蕩う迷宮を護る者を指し示しつつ。
『これまではあの迷宮を護る者が居たっていう、ここよりも更に奥の空間を白色変異種が占拠してるんだって。 で、これから私は1人でそこへ向かうから──』
最奥の扉の更に奥、迷宮を護る者が己の肉体と精神を研ぎ澄ます際に利用していたという空間を、今は白色変異種が我が物顔で利用しているらしく、ユニはそちらへ出向いて白色変異種との1対1の戦いに挑む為。
『──あの迷宮を護る者は、2人で倒してね』
『『……はぁッ!?』』
〝迷宮を護る者の討伐〟及び〝迷宮核の破壊〟という本来の目的は、アズールとヴァーバルに任せたと曰うユニに、いよいよ2人の驚愕の声は少しのズレもなく最奥に響き渡った。