最下層を潜り抜け
歴戦の猛者と呼んで差し支えないユニでさえ、その整った表情か ら普段の爽やかな笑みを消して口にせねばならぬほどの存在であるというのに。
『白色変異種……聞いた事ァあるが、ホントに居たのか?』
ヴァーバルは、いかにもピンときていないと言わんばかりの怪訝そうな表情と声音で、そもそも本当に白色変異種だったのかという根底を覆すような質問をしてしまっていた。
何を呑気な事を、と思うかもしれないが。
実を言うと、こういった反応は特段珍しくもない。
何しろ、突然変異種の出現確率は約100万分の1。
この世界を生きる全ての人間が別に竜化生物と深く関わっているという訳でもない為、何であれば一生の中で突然変異種と遭遇しない人間の方が圧倒的に多く。
恐ろしい存在なのだと聞かされてはいても、どちらかと言えば身近な地上を蠢く者などの方が厄介な場合が殆どだった。
……まぁ、そもそもの話。
実際に遭遇した人間の約9割が命を落とすか行方不明となるか、もしくは生還できたとしても正気を失うかしている為、脅威が正確に伝わりにくいという事も大きいのだろうが。
『……遭遇は一瞬だったが、それでも決して見間違いなどではなかったと断言できる。 あのような……〝力の塊〟を……ッ』
『ああ言ってるが……アンタはどう思う?』
翻って、ヴァーバルの質問の仕方だと人によっては疑っているのかと苛立ってしまう可能性もあったが、もはや苛立ちなど抱いている隙もないほどの恐怖に支配されていたアズールに聞いても得られる物はなさそうだと判断し、ユニの方へと話を振ったものの。
『……ん? あぁ、居ると思うよ。 アズールたちにはLv100の迷宮を護る者にも食い下がれる実力がある、それを一蹴するとなると突然変異種くらいしか居ないからね』
『それもそうか……』
ユニはユニで何やら考え事をしていたらしく、ヴァーバルからの問いに対する応答に僅かな時間差こそあったが、それでも状況証拠的に突然変異種の存在を否定する事はできないとSランク狩人から断言された事で、ようやくヴァーバルも納得したようだった。
……が、それはさておき。
『それよりさ』
『『?』』
『今の話、解らない事が2つあるんだけど』
『2つ? 何だよそれ』
先のアズールの回想にはまだ続きがあり、その続きの中にこそユニが疑問を抱いている〝2つの懸念点〟を解消してくれる何かがある筈だというユニからの問いかけに。
『……どのようにして白色変異種及び迷宮を護る者から逃げ果せたのか。 そして、あと1人生き残っていた筈の私の部下はどうなったのか──相違ありませんね? ユニ殿』
『うん』
『……そういやそうだな』
言われるまでもなく語るつもりであった、2匹の絶対強者から逃れられた理由、アズールたち以外で奇跡的に命を拾っていた筈の部下と竜化生物、以上2つの懸念点についてを語り出す。
『その2つの疑問については、同時にお答えできます。 私たち以外で、たった1組だけ生き残っていた部下と竜化生物は……私たちを逃がす為の囮となって殉職しました。 私とシエルは、彼らの犠牲がなければ帰還する事さえ叶わなかったのです』
『なるほどね』
どうやら生き残っていた部下と竜化生物は、まだ若輩であったというのに兵長を生還させる為に全身全霊で以て囮を務めたらしく、それでも稼げたのはたったの数秒ほどだったようだが、アズールたちが戦線離脱するには充分すぎるほどの数秒であり。
『……私は、私たちは……報いなければなりません。 ここで命を散らした部下たちの、そして身を挺してまで私たちを救ってくれた彼らの為にも…….ッ』
『そうだね』
『……素っ気ねぇなアンタ』
『そうかな?』
『まぁいいけどよ……』
あの時、『いつか必ず討ってくださいね、自分たちの仇を』と怖くて仕方がないだろうにアズールへ笑顔を向けてみせた部下の顔が忘れられず、ググッと手綱ごと拳を握り締めるアズールとは対照的に何とも無関心な反応を返すユニ。
別にヴァーバルもアズールの話を聞いてそこまで感情を表に出してはいない為、人の事は言えないのだが『何だかな』となってしまっていたのも束の間。
『どうせアンタの事だ、その白色変異種とやらと遭った事も戦った事も──……勝った事もあんだろ? 何かねぇのかよ対策だの助言だのみてぇなモンは』
それはそれとして、これから迷宮を護る者だけでなく世界最高峰の強さを持つという突然変異種の一角と相見えるのであれば、おそらく遭遇・戦闘・勝利の全てを経験しているだろう【最強の最弱職】の話を聞いておく事の方が重要だと判断したヴァーバルからの問いに、ユニは『んー、そうだなぁ』と顎に手を当てつつ。
『強いて言うなら、所詮は迷宮を彷徨う者だろうなんて先入観は捨てた方がいいってとこかな。 突然変異種は地上個体だろうが迷宮個体だろうが関係なく人智を超えてるからね』
『……アンタでも苦戦するような相手なのか?』
『苦戦するも何も──』
かつてユニが遭遇した4種の内、迷宮を護る者であった2種はともかく1種は迷宮を彷徨う者であり、もう1種に至っては迷宮個体ですらない地上を蠢く者だったが、どこで産まれたかなど関係なく突然変異種は化け物揃いだと語り。
いよいよ以て心中を怖気が蝕むようになってきたヴァーバルからのおずおずとした問いかけに対し、ユニは頷きつつも──……こう締め括ってみせたのだった。
『私、白色変異種に1度殺されてるし』
『『……はッ!?』』
『さ、着いたみたいだよ。 最奥に』