最奥での戦い
『それは、この迷宮の最奥へと辿り着いた時でした──』
『『……』』
そんな風に口火を切ったアズールの、これまでとは比較にさえならぬほど真剣味を帯びた声音に、ユニは当然としてヴァーバルまでもが相槌すら返す事なく黙って耳を傾ける。
何しろアズールが語り始めた〝それ〟は、ただの傭兵でしかないヴァーバルはもちろんの事、たった10人しか居ないSランク狩人たるユニさえ驚かせるほどの内容であったからだ。
★☆★☆★
この迷宮の最奥には、これまで彼らが攻略した経験のある迷宮と同じように巨大かつ古めかしい〝扉〟があったようで。
腕力は必要なく、そこへ魔力を流し込めば開く事も当然ながら把握していたアズールは自分から率先して魔力を流し、それを見届けた残る85名の竜騎兵や竜化生物たちは兵長へ改めて敬意を払いつつも臨戦態勢を整える。
そして、ゴゴゴという鈍い音を広い迷宮中に反響させながら次第に口を開けていく扉の角度に比例するように竜騎兵たちの緊張感がピークへと達しかけていた時。
『C"AAAAAAAARP……』
『『『……ッ!!』』』
底冷えするような唸りとともに、〝それ〟は姿を現した。
そこへ辿り着くまで数多く相手取ってきた迷宮を彷徨う者とは比べる事さえ馬鹿らしくなるほどの巨躯、1枚1枚が美麗な絵画であるかのような赤・白・黒の魚鱗、何百・何千もの命を喰らい続けた事で何時しか赫く血塗られた凶悪な牙。
迷宮の主、財宝の守護者──迷宮を護る者。
部下の1人が【通商術:鑑定】の込められたアークを起動、『Lv……ッ、100!?』と驚愕の声を上げた事で部下たちに動揺が広がる中、アズールは今回の己の得物たる身の丈ほどのサイズの〝鎚矛〟を掲げて鼓舞し、それを受けた部下たちや竜化生物も呼応するように鬨の声を上げ。
迷宮を護る者との戦闘が幕を開けたのだが。
戦況は常に、迷宮を護る者が優勢であった。
そもそも有効打を与えられるのはアズールと、そのアズールが駆るシエルのみであり、それ以外の竜騎兵や竜化生物など迷宮を護る者にとっては何の害も及ぼす事のない羽虫以下の塵芥でしかなく。
『……F"IIII……ッ』
そしてアズールやシエルでさえ衛星害虫程度の認識でしかなかった迷宮を護る者は、そろそろ鬱陶しくなってきた虫どもを駆除するべくガパッと大きく口を開けて膨大にもほどがある魔力を充填し始めた瞬間。
『──今だ!! 総員、【騎行術:飄石】を発動せよ!!』
『『『はッ!!』』』
竜騎兵と竜化生物が、アズールの指示で一斉に動き出す。
彼らは、その瞬間を待っていたのだ。
迷宮を護る者が痺れを切らし、己が持つ最大にして最強の武器を用いて一撃の下に竜騎兵たちを殲滅せんとする、その瞬間を。
充填中の口内──いや、その更に奥に存在する息吹袋へ〝竜化生物の息吹を魔力で形作られた投石紐で捉え、人力で投擲する〟技能と、竜化生物自身の息吹を併用する事によって溜め込んでいた魔力を暴発させての自滅を誘う、その瞬間を。
『……ッ!!』
……しかし、その狙いを見抜けぬ迷宮を護る者ではない。
声帯の都合で人語を扱う事こそできずとも、その武力はもちろん智力でさえも並の人間を遥かに凌駕しており。
『S"HIIIIIAAAA……ッ!!』
彼らの狙いが〝息吹袋の暴発〟にある事を即座に理解した迷宮を護る者は、〝威力〟や〝規模〟よりも充填と放出の〝速度〟重視へと切り換えたものの。
『技能の発動を急げ!! だが威力は落とすな!! 代わりに規模を縮小させろ!! 奴と違い我々は加減などしている余裕はないのだから!!』
『『『了解ッ!!』』』
それを悟れぬほどアズールも愚かではなく、こちらも〝速度〟を重視しつつ〝威力の保持〟も並列して行い、その代わり〝規模〟を針の穴に糸を通すが如きところまで狭める事で先の2つの同時並行を可能とした竜騎兵たちの【騎行術:飄石】。
どちらが先に策を通せるかという一進一退な状況下にて。
──キラッ。
『『『……?』』』
数名の部下が、迷宮を護る者の鎮座していた扉の奥の更に奥で小さな何かが光り輝いたのを確認したようだが。
この切羽詰まった状況、報告は後回しにした。
……その光こそが、彼らの壊滅を招くとも知らずに。