壊滅した理由
2つの戦闘が終わった後、特に慌てて泳ぐような動作もなくスイーッとアズールやヴァーバルとの合流を果たしたユニからの。
『お疲れ様、2人とも。 中々の戦いぶりだったよ』
『光栄です、ユニ殿』
『こっちはギリギリだったがな』
本心からなのかどうかも解らない労いの言葉を受け、かたやアズールはシエルの背に乗ったまま最大限の敬意を示す敬礼をし、かたやヴァーバルはスマートな討伐ではなかったと自覚している為かバツが悪そうにしており。
『ほら、ヴァーバル。 拾っておいたから』
『……おぅ、悪ぃ』
そんなヴァーバルが討伐の最中、彼なりに熟考した末の作戦の1つとして手放したままだったアダマスを拾っていたらしいユニから緩やかに投げ渡されたヴァーバルは、またもバツが悪そうにそれを受け取る。
……今にして思えば自分は手放したアダマスの回収手段を全く考慮しておらず、もしユニが拾ってくれていなかったら武器なしで迷宮を護る者に挑まなければならなかったと考えると、バツが悪くならずにはいられなかったようだ。
『さて、これでもう迷宮を彷徨う者が私たちを襲う事は完全になくなったと見ていいだろうし、あとは迷宮の主を討伐して〝核〟を破壊するだけ──』
そして、アズールたちもまたユニには及ばずとも充分すぎるほどの強者であると認識を改めたのだろう事を、これまでは付かず離れずの中距離を保ちつつユニたちを監視し続けていた迷宮を彷徨う者たちが、まるでユニたちなど最初から居なかったとでも言いたげに思い思いに泳ぎ始めた事から察していたユニは、2人と1匹を引き連れて更に下へと進もうとしたのだが。
『──……1個気になった事があんだがよ』
『『?』』
アズールやシエルとは違い追随する事もなく、むしろ潜水を止めようとするヴァーバルの言葉に、ふと2人が振り返ったところ。
『なぁ兵長サマ──アンタら何で壊滅した?』
『!』
『横目でアンタの戦い観てたがよ、あんな動きできるヤツがそう簡単に戦闘不能になるたァ思えねぇ。 おまけにアンタの部下だって、そりゃ俺ほどじゃねぇにしろ優秀なんだろ? そんなヤツらをアンタみたいに優れた指揮官が率いておいて、どうしてそんな事になる?』
『……それ、は』
ヴァーバルから投げかけられたのは、アズールほどの強者が率いた優秀な竜騎兵たちが、ヴァーバルでも3匹同時に相手できる程度の迷宮を彷徨う者しか居ない迷宮で、アズールを残して壊滅する事などありえるのだろうか? という、こうして実際に戦ってみた彼だからこそ抱く疑問。
もちろん、その疑問に答える事ができるのは当事者であるアズールだけであり、ここで起きた全てを把握している以上すぐにでも答えられる筈なのに、どういう訳か彼は言葉に詰まってしまう。
『ちょっと考えれば解る事だよ、ヴァーバル』
『あん?』
『推測だけどね、おそらく主な理由は2つある』
そんな彼にしか解らぬ葛藤を察したのか察してないかまでは明瞭でないものの、代わりに疑問を解消してやろうとするユニの方へヴァーバルが振り向いてみると、すでにユニは指をピンと2本立てており。
『1つは、〝環境〟。 アズールも今は【騎行術:適応】の影響で問題なく活動できてるけど、ほんの一瞬でも騎竜状態でなくなったが最後、呼吸できなくなる事はもちろん、より深くまで潜っていたなら水圧だって脅威になるからね』
『……もう1つは?』
『〝迷宮を護る者の存在〟。 多分だけど、ここの迷宮の主のLvは100だ。 そうでもなきゃ、アズールが遅れを取るとも思えないしね。 逆に言えば、アズール以外は太刀打ちどころか大した抵抗もできずに殺されたんじゃないかな』
ユニが挙げた2つの理由は、これで様々な環境下の戦場を生き残ってきたヴァーバルでも納得できる筋の通ったものであり、少なくとも反論の余地がない事は疑いようもなかった。
……が、しかし。
『Lv100とそれ以外ってのァそんなに違ぇのか?』
実を言うと、このヴァーバル。
傭兵になってから、ではなく生まれてこの方1度たりとも地上か迷宮かを問わずLv100まで到達した竜化生物に遭遇した事がなく、よく〝竜化生物側のSランク〟と称されてはいるものの具体的な強さまでは解らなかった為、素直に問い返し。
『極端に言うなら、Lv99の竜化生物100匹が一斉に仕掛けたとしてもLv100の竜化生物を仕留める事は不可能だ。 ましてや今回は迷宮の主とその手下、基本的に上下関係が覆る事はない。 存在の〝格〟や〝次元〟からして違うからね』
『……なるほどな。 今の2つで合ってんのか兵長サマ』
おそらくは、この世界で最もLv100の竜化生物を討伐してきていると言っても過言ではない竜狩人からの、『君と私くらいの差があるって思っとけばいいよ』という明らかに不足している表現を用いられながらの説明で、ヴァーバルは腑に落ちないとは思いつつも答え合わせをしようとし。
『……おい? どうした兵長サマ』
話を振った相手からの応答が一向にない事に違和感を抱いて再び名を呼ぶと、アズールはようやく俯いていた顔を上げて。
『……前者については、まさにその通りです。 実際、私とともに迷宮へ挑んだ部下たちの2割近くがユニ殿の仰られた事象が原因で命を落としました。 ですが、後者については畏れながら……』
『的外れ、って事かな』
1つ目の〝環境〟に関しては完全にユニの推測通りだったようで、およそ100名近くがアズールとともに迷宮へ潜っていた事を考えると約20名が溺死、或いは圧死したと苦虫を噛み潰したような表情と声音で語る一方、ユニが口にした通り2つ目については少々事情が異なるらしく。
『……時は有限、先へ進みながらお話ししましょう──』
かといって、こうしている間にも王都の治安が悪化し続けているかもしれぬ以上、同じ場所に留まって話をしている場合でもない為、アズールはシエルに指示を出して深淵へと向かわせつつ。
『部下の8割を一瞬で消滅させた、〝白き存在〟について』
唇を噛み切ってしまうほどの悔恨、そして確かな恐怖を震える声音に乗せながら、そんな風に語り出した──。