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誰より狡猾な守銭奴

 平常時であれば、このような挑発には乗らなかった筈。


 自分たちは全員がLv80代の迷宮個体、矮小で脆弱な人間など自分たちからすれば餌以外の何物でもなく、わざわざ挑発に乗ってやる理由など万に1つもないのだから。


 それは、この3匹自身が誰より理解していた。


 ──しかし、()()()()()()()()()()()()()


『『『FI、II……ッ、AARR……ッ!!』』』


 湧き出る怒気、迫り上がる飢餓、血液が沸騰しているのではないかと錯覚するほどの屈辱など様々な負の感情が入り混じった3匹の貌は、まるで人間のそれのように解りやすく憎悪と殺意で彩られており。


 ただでさえ空腹で極限状態だったところへ人間エサから効かせられた〝挑発〟という香辛料スパイスは、今度こそ3匹が3匹とも我を忘れるほどの怒りを発露させる事となったのだ。


 そして、これこそがヴァーバルの狙い。


 速度に差があり過ぎて追いつけないというのなら、あちらから来させた上で迎撃してしまえばいいという安易かつ明瞭な狙い。


 ……だが、それゆえに意図が敵に伝わる可能性も高く。


(……もうちっとばかり燃料投下してやるか)


 僅かに残った警戒心のせいで、どう見ても怒髪天を衝く様子なのに突っ込んで来ない3匹に痺れを切らしたヴァーバルは、この危機的状況でなおニヤリと口を歪めつつ、スッと左手で腰から解体用のナイフを抜き取りながら。


『オイオイどうしたァ? せっかく武器まで手放してやったってのによォ? それとも、まだ足りねぇのか? だったらホラ、これでどうだ? 利き手も潰れちまって大ピンチってヤツだなァ』


『『『……ッ』』』


『……まだ解んねぇのか?』


 あろう事か利き手である右手の甲をナイフで突き刺し、それを抜く事もなく赤い血を流し続けたまま空いた左手で煽った瞬間、3匹は更に貌を歪めながらも逸る心を押し留められるくらいの理性を残している事を察したヴァーバルは、『はぁ』と呆れたように溜息をつき。


『テメェらは!! 馬鹿にされてんだよ俺にィ!! テメェらが餌だ何だと侮る人間によォ!! こんだけ言っても解んねぇほどオツムが足りねぇか!? あァそりゃそうか、所詮はデケェだけの魚だもんなァ!! ギャーッハッハッハッハァ!!』


『『『────』』』


 これまでで最も憎たらしい笑みと声音を見せるとともに、空いた左手でこめかみ辺りをトントンと小突きながら限界まで3匹を罵倒してゲラゲラと嘲笑う目の前の人間エサに、いよいよ理性の糸がプツンと切れた化け物たちは筋肉の塊たる巨躯をうねらせてから。


『『『GYYYYYYYYAAAAAAAAッ!!』』』


『はッ、来いよ雑魚ども!! エサはここだぜェ!!』


 これまでのものとはかけ離れた、あまりにも暴虐の意思のこもった咆哮を轟かせながら特攻してくる3匹に対し、ヴァーバルは己の狙いが成就した事を悟って更なる挑発をかます。


 本番は、ここからなのだから──と。


 そして、人間としては大きめのヴァーバルの身体が完全に覆い隠れてしまうほどに、3匹が3匹とも餌に勢いよく食らいつき。


 このサイズでは流石に腹一杯とはいかずとも、ようやく待ち望んだ他種族の血肉を口に含み、食道を通し、空っぽだった胃袋を悦ばせてやれると歓喜していた3匹だったが。


『『『……ッ!?』』』


 ここで、3匹が3匹とも妙な違和感を抱いた。


 ……血肉が、口の中に入ってこない事。


 ……それどころか、噛みちぎる事すらできていない事。


 ……明らかに、人間の感触ではない事。


 直後、3匹は悟った。


 食らいついた相手が、ヴァーバルではないどころか。


 人間でさえないという事実を。


『売られた喧嘩を買えるぐれぇの知性があって何よりだ』


『『『〜〜ッ!! CAA──』』』


 そして3匹が噛みついている〝頑強な何か〟の後ろに浮かんだまま、ヴァーバルが勝利を確信した笑みとともに呟いた言葉で全てを理解してしまった3匹は、パッと牙を離しつつ今度こそ手加減無用の息吹ブレスで消し飛ばしてやろうとしたが。


『もう遅ぇよ!! 殺っちまえ【傭役術:成金(ロイヤルマン)】!!』


『GOOOOOOOLDOOOOOOッ!!』


『『『FI、II……ッ、AAR……ッ!?』』』


 ヴァーバルの言う通り時すでに遅く、【傭役術:成金(ロイヤルマン)】と呼ばれた金・銀・銅の硬貨を積み重ねて造られたが如き煌びやかな〝かねの巨人〟は、ユニやアズールが居る位置の淡水まで揺らすほどの咆哮を轟かせながら3匹を巨大な腕で掴み。


 抵抗虚しく逃げる事も反撃する事もできず、3匹はキラキラとした両腕で次第に握り潰されていき、バラバラの肉片となるまですり潰されるのかと思いきや。


『ッし、そこそこじゃねぇか? なぁ【傭役術:金庫(ピギーバンク)】』


『OINK!』


 技能スキルの効果ゆえか、【傭役術:成金(ロイヤルマン)】が開いた手の中からこぼれ出てきた肉片は僅かであり、それ以外の全ての部位が金・銀・銅の硬貨として水中にばら撒かれ。


 〝斃した生物の部位や装備を同価値の硬貨に換金する能力を持つ巨人を召喚する〟という無二の技能スキルによって手に入れたあぶく銭を、ヴァーバルは別の技能スキルによって喚び出した豚の貯金箱型の召喚獣に吸収させるとともに。


『悪ぃな化け物ども。 俺は誰より狡猾な守銭奴なんだ』


 ゆらゆらと深淵へ堕ちていく換金できない部位を、あえてナイフが突き刺さったままの右手で中指を立てつつ、そんな決めゼリフを放ってみせたのだった。

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