表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/344

水中の傭兵

 たった3匹とはいえ、平均Lvは84。


 決して雑兵とは言い切れない迷宮を彷徨う者(メイズウォーカー)たちを一心同体の──否、人竜一体の技能スキルで瞬殺したアズールとシエル。


 あの【最強の最弱職(ワーストゼロ)】をして『優秀だね』と言わしめた竜騎兵長は、しっかりと己が己に課した責務を果たしてみせた。


 ……では、ヴァーバルの場合はどうだろうか?


 本来、傭兵マーセナリーが単独で戦場に立つ事は非常に稀である。


 何しろ彼らは文字通り〝傭〟われる〝兵〟士。


 様々な立場の雇用主が様々な思惑を抱き、〝数は力〟、或いは〝質より量〟だとばかりに金をばら撒いて戦力を確保し、そして戦地へ次から次へと投入される()()()()()()()()()()()


 よって対多数戦闘に長けている傭兵は多くとも、これが1対1となると狩人ハンター竜騎兵ドラグーンには劣ってしまうという訳だ。


 ここで、改めて最初の疑問に戻ってみるとしよう。


 ヴァーバルの場合は、どうだろうか? という疑問に。


 その答えは、すぐに解る事となる。


『チッ! デケェ図体でちょこまかと……!!』


『『『SHAAAARッ!!』』』


 比喩や誇張抜きで瞬殺したアズールたちとは対照的に、およそ最小と見られる個体でも4〜6mはある彩鯉竜さいりりゅうの、その巨躯からは考えられない機敏な泳ぎに翻弄されており、まだ1発たりとも有効打を与えられないでいた。


 しかし、だからといってヴァーバルの泳ぎが愚鈍なのかと言うと決してそんな事はなく、むしろケルピーの能力により半人半魚の如き姿となっている関係上、何なら陸で走るより速いまであるのだが。


(……流石に陸上うえとは勝手が違ぇな)


 〝移動〟と〝戦闘〟は、言うまでもなく別物であり。


 〝素速く泳ぐ〟事と〝素早く武器を振るう〟事もまた、言うまでもなく別物である。


 その為、彼の遊泳速度自体は彩鯉竜さいりりゅうに少しばかり及ばない程度という人間としてはあり得ないほど高速であっても、そんな彼が振り回す大鎌の速度は陸で振るう時と比べてしまうと、どうしても緩やかに見えてしまう。


 いや、見えるというか実際に緩やかなのだ。


 事実、彼がユニと戦った時は人間離れした動体視力を持つユニでなければ見切る事も難しいほどの速度で、ヴァーバル自身の身の丈ほどもある大鎌を振るえていたのだから。


 そして、彼が苦戦している理由はそれだけではない。


(血が水で溶けちまうせいで、【鎌操術:血刃(ヴァーミリオン)】が実質封じられてんのも痛ぇ……これが水中戦の厄介なとこって訳かよ)


 そう、【鎌】唯一の遠隔攻撃として使える技能スキルが血液を利用せねばならない兼ね合いで水中では発動する事さえできず、どうしても刃が届く位置まで接近しなければならないという点が、あまりにも彼の行動の選択肢を狭めていた。


 加えて、ヴァーバルが持つ大鎌が迷宮宝具メイズトレジャーであるという判断まではできずとも、『あれだけ自信ありげに振るう得物、何かがあると見て間違いない』と見抜いた彩鯉竜さいりりゅうたちが接近戦を避け、なるだけ可食部が残るようにと威力を落とした息吹ブレスで仕留めようとしてきている事も彼にとっては不都合であり。


 ……それと同時に、好都合でもあった。


(そりゃそうだよな、コイツらは腹が減ってるから同胞の総意に逆らってまで俺らを襲いに来てんだ。 食い出がなくなるようなデケェ攻撃をかましてくるわきゃねぇ)


 この3匹が自分を襲って来ている理由は、ひとえに空腹がゆえであり、せっかく目の前に餌があるのに全力の息吹ブレスで消し飛ばしてしまっては何の意味もなく、こちらを戦闘不能とするまでの間だけは決定打を放ってくる事はないという点が、ヴァーバルの持つ唯一の優位点アドバンテージだった。


 ちなみに、アズールやシエルと相対していた3匹が全力で息吹ブレスを放とうとしていたのは、それくらいでなければ仕留めるどころかダメージを与える事もままならないと判断したがゆえの選択だったようだ。


 まぁ、それはさておき。


 様々な戦場へ投入され、そして生き残ってきた彼が。


 この好機に気づかぬ筈はなく。


 そして、この好機を逃す筈はなかった。


 だからこそ彼は、これ見よがしに大鎌を掲げながら。


『……オイ、魚ども。 あいにく俺ァ、手加減ありきのチンケな攻撃でくたばるような雑魚じゃあねぇ。 ま、アダマス(コイツ)にビビッちまうのは解らなくもねぇからよォ──』


 空腹で我を忘れてはいても、こちらの言葉を理解するくらいの最低限の理性は残っている事を前提として何やら語り出し。


 牽制するように、そして取り囲むように遊泳しながらも彼の言葉に耳を傾けているように見えなくもない空気を漂わせている3匹を見た彼は、いよいよだとばかりに口を思い切り歪めて嗤いつつ。


『ほら、素手喧嘩で相手してやるよ。 嬉しいだろ?』


 唯一の武器であるアダマスを手放した上で、まるで己が戦況を支配して優位に立っているとでも言いたがな態度で挑発し始めた。


 見る者が見れば解る、明らかな虚勢──或いは策略。


 だが3匹は、そんなヴァーバルの挑発を受けて。


『『『〜〜……ッ!!』』』


 怒り心頭といった具合に、牙を剥き出していた。


 飢餓を凌駕してしまうほどの怒りとともに──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ