水中の傭兵
たった3匹とはいえ、平均Lvは84。
決して雑兵とは言い切れない迷宮を彷徨う者たちを一心同体の──否、人竜一体の技能で瞬殺したアズールとシエル。
あの【最強の最弱職】をして『優秀だね』と言わしめた竜騎兵長は、しっかりと己が己に課した責務を果たしてみせた。
……では、ヴァーバルの場合はどうだろうか?
本来、傭兵が単独で戦場に立つ事は非常に稀である。
何しろ彼らは文字通り〝傭〟われる〝兵〟士。
様々な立場の雇用主が様々な思惑を抱き、〝数は力〟、或いは〝質より量〟だとばかりに金をばら撒いて戦力を確保し、そして戦地へ次から次へと投入される失っても惜しくない手駒。
よって対多数戦闘に長けている傭兵は多くとも、これが1対1となると狩人や竜騎兵には劣ってしまうという訳だ。
ここで、改めて最初の疑問に戻ってみるとしよう。
ヴァーバルの場合は、どうだろうか? という疑問に。
その答えは、すぐに解る事となる。
『チッ! デケェ図体でちょこまかと……!!』
『『『SHAAAARッ!!』』』
比喩や誇張抜きで瞬殺したアズールたちとは対照的に、およそ最小と見られる個体でも4〜6mはある彩鯉竜の、その巨躯からは考えられない機敏な泳ぎに翻弄されており、まだ1発たりとも有効打を与えられないでいた。
しかし、だからといってヴァーバルの泳ぎが愚鈍なのかと言うと決してそんな事はなく、むしろケルピーの能力により半人半魚の如き姿となっている関係上、何なら陸で走るより速いまであるのだが。
(……流石に陸上とは勝手が違ぇな)
〝移動〟と〝戦闘〟は、言うまでもなく別物であり。
〝素速く泳ぐ〟事と〝素早く武器を振るう〟事もまた、言うまでもなく別物である。
その為、彼の遊泳速度自体は彩鯉竜に少しばかり及ばない程度という人間としてはあり得ないほど高速であっても、そんな彼が振り回す大鎌の速度は陸で振るう時と比べてしまうと、どうしても緩やかに見えてしまう。
いや、見えるというか実際に緩やかなのだ。
事実、彼がユニと戦った時は人間離れした動体視力を持つユニでなければ見切る事も難しいほどの速度で、ヴァーバル自身の身の丈ほどもある大鎌を振るえていたのだから。
そして、彼が苦戦している理由はそれだけではない。
(血が水で溶けちまうせいで、【鎌操術:血刃】が実質封じられてんのも痛ぇ……これが水中戦の厄介なとこって訳かよ)
そう、【鎌】唯一の遠隔攻撃として使える技能が血液を利用せねばならない兼ね合いで水中では発動する事さえできず、どうしても刃が届く位置まで接近しなければならないという点が、あまりにも彼の行動の選択肢を狭めていた。
加えて、ヴァーバルが持つ大鎌が迷宮宝具であるという判断まではできずとも、『あれだけ自信ありげに振るう得物、何かがあると見て間違いない』と見抜いた彩鯉竜たちが接近戦を避け、なるだけ可食部が残るようにと威力を落とした息吹で仕留めようとしてきている事も彼にとっては不都合であり。
……それと同時に、好都合でもあった。
(そりゃそうだよな、コイツらは腹が減ってるから同胞の総意に逆らってまで俺らを襲いに来てんだ。 食い出がなくなるようなデケェ攻撃をかましてくるわきゃねぇ)
この3匹が自分を襲って来ている理由は、ひとえに空腹がゆえであり、せっかく目の前に餌があるのに全力の息吹で消し飛ばしてしまっては何の意味もなく、こちらを戦闘不能とするまでの間だけは決定打を放ってくる事はないという点が、ヴァーバルの持つ唯一の優位点だった。
ちなみに、アズールやシエルと相対していた3匹が全力で息吹を放とうとしていたのは、それくらいでなければ仕留めるどころかダメージを与える事もままならないと判断したがゆえの選択だったようだ。
まぁ、それはさておき。
様々な戦場へ投入され、そして生き残ってきた彼が。
この好機に気づかぬ筈はなく。
そして、この好機を逃す筈はなかった。
だからこそ彼は、これ見よがしに大鎌を掲げながら。
『……オイ、魚ども。 あいにく俺ァ、手加減ありきのチンケな攻撃でくたばるような雑魚じゃあねぇ。 ま、アダマスにビビッちまうのは解らなくもねぇからよォ──』
空腹で我を忘れてはいても、こちらの言葉を理解するくらいの最低限の理性は残っている事を前提として何やら語り出し。
牽制するように、そして取り囲むように遊泳しながらも彼の言葉に耳を傾けているように見えなくもない空気を漂わせている3匹を見た彼は、いよいよだとばかりに口を思い切り歪めて嗤いつつ。
『ほら、素手喧嘩で相手してやるよ。 嬉しいだろ?』
唯一の武器であるアダマスを手放した上で、まるで己が戦況を支配して優位に立っているとでも言いたがな態度で挑発し始めた。
見る者が見れば解る、明らかな虚勢──或いは策略。
だが3匹は、そんなヴァーバルの挑発を受けて。
『『『〜〜……ッ!!』』』
怒り心頭といった具合に、牙を剥き出していた。
飢餓を凌駕してしまうほどの怒りとともに──。