お手並み拝見
一方その頃。
『ねぇユニ、あいつらに任せ切りでいいの?』
『ん? 何が?』
少しばかり上方で繰り広げられんとする、アズール・ヴァーバル組と複数の彩鯉竜の戦いの場となるだろう水域を見上げていた、アシュタルテと呼ばれた存在からの『貴女は混ざらないの?』という狩人としての責務を避けているような態度を指摘する旨の疑問に対し、ユニはとぼけたように首をかしげるだけ。
……今はあまり関係ないが、アシュタルテとやらはフュリエルと違ってユニに敬称をつけたり敬語を使ったりしなくてもいいようだ。
『何がって……ほら、EXPの事よ。 貴女の〝夢〟? とやらを叶える為に必要なものだとか何とか言ってなかった?』
『……あぁ、その事か』
まぁ、それはさておき本題であるところの竜化生物を斃した際に手に入る〝EXP〟を得る機会を、みすみす2人と1匹に譲ってしまっていいのかと、それこそがユニが迷宮へ潜り続ける理由なのではないかと、アシュタルテは心配よりも単なる興味からくる疑問をぶつけたものの。
『確かに今までの迷宮攻略だったら大した糧にはならないって解ってても、Lvが高い順に1匹残らず狩ってたけどね。 今回は別の目的があるから可能な限り無視していくつもりだよ』
『別の目的? 何よそれ』
アシュタルテが言っている事自体は何も間違ってはいないと肯定しながらも、今回に限って言えば割に合わないレベリングよりも優先すべき目的があるからと口にし。
『1つは〝アズールの再教育〟、もう1つは〝ヴァーバルの戦力確認〟。 まぁ、この2つは最後の1つのついでなんだけどね』
『ふぅん? その1つって?』
そのうち2つは、まさにあの2人に関する事であったらしく、だからこそわざわざ予定を繰り下げたという事なのだろうが、どうやらこちらの2つはもう1つの目的のオマケとして達成できたらラッキーくらいにしか考えていないようで。
じゃあ、そのもう1つとは何なのかと。
あの2人は、その目的とは何の関係もないのかと。
色々思索していた、そんなアシュタルテに対し。
『はは、やだなぁアシュタルテ──解ってるだろう?』
『……そうね、貴女はそういう人間だったわよね』
本当は気づいているんだろう? と、そう言って整いに整った中性的な表情を挑発するような笑みで飾るユニに、フュリエルと同じく1年前に大敗を喫した人間が、そこらの下等生物とは比較にもならない逸脱した存在だったと思い直し。
だからこそ自分は、やはりフュリエルと同じくユニに付き従っているのだと、そちらについても思い直す事で疑問も解消していた。
『とにかく今は、あの2人のお手並み拝見さ。 ここで先の2つの目的を達成できるなら、それはそれで僥倖だしね』
そして今、迷宮内で最も強く最も優れた存在である筈の【最強の最弱職】が完全に傍観者となる稀有な戦いが幕を開ける。
★☆★☆★
『3、4……5匹、いや6匹か! どうするよ兵長サマ!』
『……3匹ずつだ。 いけるか? ヴァーバル』
『ったりめぇだろ! さぁ稼ぎ時だァ!!』
蹼の付いた右手で1匹ずつ手早く数え、アズールの言う通り3匹ずつでちょうどよく割れる6匹の飢餓状態の彩鯉竜が、この迷宮の淡水とは決して混じり合わないドロドロとした涎を垂らしながら高速で泳いで来ているという一般人からすれば絶望的な光景を前にしても、ヴァーバルはただ懐が暖かくなる事を悦びながら突っ込んでいき。
『やはり、ユニ殿は〝見〟に回るようだな。 これ以上、竜騎兵そのものの品格を堕とす事は決して許されない──』
そしてアズールはアズールで、ヴァーバルと同じように決して怖気づく事はなく、どちらかと言えば貴重な時間を割いてまで己を含めた竜騎兵団を稽古してくれたユニの前で、もう不甲斐ない姿を晒す事はできないという重圧の方が強く感じていたようだったが。
『ゆえに、一撃で決める。 力を貸してくれるか? シエル』
『……PIRAA』
『よし、ならば征こう』
それでも、ユニからの重圧に──彼が勝手に感じているだけではあるものの──押し潰されるような事もなく、そもそも重圧など感じていないシエルとともに、ヴァーバルに遅れを取らぬよう自分たちが相手取る3匹の下へと泳いでいき。
『『『FIIIIAAAARPッ!!』』』
『赦せ、飢えたる竜よ。 人竜一体──』
中央の1匹が大きく口を開けて息吹を充填、左右の2匹が万が一その息吹を回避した場合に備えて時間差で特攻するという、とても野生とは思えぬほどの連携を見せる中、アズールもシエルも全く動揺などせずに、ただただ己の〝攻撃〟にだけ集中し──そして。
『──【騎行術:神風】』
『『『CA……ッ!?』』』
騎竜している竜化生物の息吹を〝放つ〟のではなく使用者ごと〝纏わせて〟、ATK・DEF・INT・MND・SPDの5つの能力値を格段に強化した上で特攻する随時発動型技能を発動した次の瞬間、3匹の彩鯉竜は己が死んでいる事に数秒ほど遅れて気がつき。
バラバラに粉砕、或いは細切れにされた肉体へ僅かに残された眼球運動神経を働かせて力なくギョロリと動かした瞳に、まるで流星が如く光り輝く竜騎兵と竜化生物の姿が映った辺りで、3匹の意識は完全に途絶えたのだった。
時間にしてみればたった数秒の戦闘だが、それでもアズールやシエルの実力を再確認するには充分すぎたようで。
『うん、やっぱり優秀だねアズールは』
『ただの人間にしては、でしょ?』
『まぁ……それはね?』
1つ目の目的である〝アズールの再教育〟については必要なかったかもしれない、と脳内の目的リストにチェックを入れていたユニへ水を差すアシュタルテに、さも『お前は普通じゃない』と暗に告げられても特に苛立つ事もなく、ユニは苦笑いだけで応答しつつ。
『それに、問題はそこじゃない。 あれだけの武力があっても、そして多数の兵力を併せ持ってしても、この迷宮の主を討ち倒せなかったってところだ』
そもそも、アズールほどの卓越した実力を持った指揮官が前線に居てもなお多数の犠牲者を出してしまったという事実にこそ注視するべきであり、その大きすぎる被害を迷宮を彷徨う者風情が出したとは到底思えぬ以上。
『……果たせるんじゃない? 3つ目の目的』
『そうだね、まず間違いなく──』
アシュタルテの読みが正しいのなら、ユニが掲げている筈の3つ目の目的とやらを達成できるのではないかという問いかけに、ユニはこくりと首肯しつつも戦場から視線を外して、まだまだ遥か下方へと続く深淵を覗きながら。
『ここの迷宮を護る者は──〝Lv100〟だ』
あまりに好戦的で、それでいて艶やかな笑みを湛えた。