襲撃されない理由と、そして──
それから、およそ数分が経過した頃──。
突入した扉から随分と下の方へ潜っていた3人と1匹だったが、ここでヴァーバルが1つの奇妙な違和感を抱き。
『にしてもよォ、兵長サマ』
『……』
ユニは2人を待つ事なく下へ下へと潜っていた為、近くに居たアズールに向けて違和感が原因の疑問をぶつけるべく声をかけ、ハッキリ言って攻略途中に無駄話で水を差されるのは面倒極まりなかったが。
『……何だ』
どうせ無視しても、ヴァーバルは構う事なく話しかけてくるのだろうと察していたアズールが短い言葉で応答したところ。
『迷宮攻略ってのぁ、こんなモンだったか?』
『……そんな訳がないだろう』
きょろきょろと周囲を見回しつつ、〝こんなモン〟という一言に集約された違和感の原因を問う旨の何もかもが不明瞭に思える疑問を投げかけてきたヴァーバルに、アズールはあっさりと首を横に振る。
『だよなァ、じゃあ──』
お前が気づく程度の事に私が気づかぬ筈がないだろう、とでも言いたげな様子で呆れた溜息をこぼすアズールを尻目に、ヴァーバルは蹼が付いた右手で髪をガリガリと掻きながら。
『──何で1匹たりとも俺らを襲って来ねぇんだ?』
事ここに至るまで、360°どこを見ても優雅に泳いでいる彩鯉竜全てが1匹も自分たちを喰らうべく襲いかかって来ない事を不気味に思い、ただ眉を顰めて呟いた。
そう、どういう訳か産まれながらにして凶暴である筈の迷宮を彷徨う者が捕食も排除もしようとしない事に、ヴァーバルたちは違和感を抱いていたのだ。
……ユニが襲われないのは、まだ解る。
Lvが高ければ高いほど知能も比例して高くなる竜化生物が、ユニを本能的に恐れていると考えればおかしい事ではないからだ。
だが、自分たちが襲われない理由は特にない筈。
自分たちもまた強者として見られているのだろうか。
それとも単にユニとともに在るからだろうか。
ヴァーバルでは導き出せなかった、その答えを。
アズールは、すでに用意できていたらしく。
『……我々が襲撃を受けていないのは、ひとえにユニ殿の存在が大きい。 昨日、淡水の壁を越えてきた個体を返り討ちにしたユニ殿は、この迷宮に巣食う全ての迷宮を彷徨う者にとって〝触れてはいけないもの〟となったのだろう』
ヴァーバルが挙げていた2つの可能性の内、後者である〝ユニの存在〟こそが最大の理由であり、あの時あの扉を越えてユニを喰らおうとした個体を返り討ちにした際、同胞の死骸を共食いしながらも、その個体を殺した相手を閉まっていく扉越しに見ていた迷宮を彷徨う者たちは、ただただ恐れたのだろうと推測した。
取るに足らない矮小な生物である筈の人間を、ただ純粋に恐れたがゆえに距離を置いているのだと推測した。
そして、その推測は──……正しかった。
彩鯉竜たちは今この瞬間も、ユニたちから──否、ユニから決して視線を外してはいないが、それでも決して近づこうとはしてこない。
不用意に近づけば、あの同胞のような末路を辿る。
おそらく、あちらの2匹に近づいても同様に。
だから、決して近づくな。
全て、〝あの御方〟に任せれば良い。
脅迫にも近い同調圧力により、ユニはもちろんアズールやヴァーバルまでもが襲撃を避ける事ができていたのである。
『……道理でなァ。 そんじゃあ最奥に辿り着くまで襲撃はねぇって事だよな? 水中でも食えそうな携帯食は〜っと』
『油断は死に直結すると言っただろう。 大体、〝絶対に奴らからの襲撃はない〟などと私は1度も口にしていないぞ』
『……つっても最奥までの道程にゃあ迷宮を彷徨う者しか居ねぇ筈だろ? 【最強の最弱職】が触れてはいけないものになってるっつったのはテメェじゃねぇかよ兵長サマ』
そんなアズールの推論に割としっかり納得していたヴァーバルは首を縦に振りつつ、アズールからの改まった忠告も無視して腹拵えをしようとしていたものの、『襲撃の可能性は充分にある』という先ほどの推論と矛盾する内容が含まれている事に疑問を抱き、暗に『何が言いてぇんだ』と先を促したところ。
『そうだとも。 だが奴らとて我らと同じ〝生物〟だ、そのような意思があろうとなかろうと和を乱してしまう〝異端者〟は必ず現れる』
『……こっち見んじゃねぇよ』
どうやらアズールとしては別に矛盾した発言をしたつもりもなかったようで、この複雑な世界を〝知恵〟と〝言語〟、〝技術〟と〝魔力〟を活かして生きる自分たち人間でさえ一枚岩とはいかぬというのに、どうして竜化生物が和を乱さないなどと断言できるのか、と少し前に和を乱したばかりの何某かに視線を向けるアズールから気まずげに目を逸らしつつ。
『……で? 竜化生物における異端者ってのはどんな──』
ならば、その異端者とは一体どういう類の存在なのかと割と素直に問いかけようとしたヴァーバルの発言を遮ったのは──。
『『『CAAAAAAAAAAAAARP……ッ!!』』』
『──……今の咆哮……距離はあるが、どう考えても……』
ヴァーバルの言う通り、それはまだ自分たちとの距離こそ離れてはいるものの、空気中よりも音が通りやすいせいで確実にこちらへ飛ばし、そしてこちらへ向かって来ている事が解る彩鯉竜たちの咆哮だった。
『ヴァーバル、竜化生物の異端者は人間より単純だ』
『……何だよ』
そして思わず臨戦態勢に移るヴァーバルと同じく、シエルに跨ったまま得物を構え始めたアズールは、より端的な世界で生きている竜化生物たちを決して持ち上げる事も見下げる事もせずに。
『同調圧力を顧みぬほどに──……〝飢えた者〟だ』
『……なるほどな』
もう肉眼で確認できるところまで接近して来ている、3〜5匹ほどの暴走気味な彩鯉竜たちを待ち構えつつ、そう享受した。