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迷宮とは思えぬほどの

 そもそも、〝迷宮〟とは如何なる存在なのか──?


 異なる世界への扉だと夢見る者も居れば。


 少々危険なだけの洞穴だろうと一蹴する者も居るが。


 残念ながら、そのどちらも正確な答えではない。


 迷宮とは──……〝可能性〟。


 あんな場所があれば、こんな宝が手に入ればとドラグリアを生きる者たちが夢想し、それらを〝天界〟・〝冥界〟・〝魔界〟を総称する〝三界〟の支配者たちが気紛れに拾い上げ、形にしたものが迷宮である。


 それこそが、かつて手に取った()()()|()()()()()を読んで〝迷宮〟という異次元の存在を知り、〝人ならざるもの()()〟と触れ合ったユニが出した結論であった。


 そして今、〝360°全てが水で支配され、鰓呼吸でなければ生きていく事もできない環境〟という誰が思い描いたのかも解らない厄介極まる迷宮に挑んだ3人と1匹。


『──はは、随分と良い眺めじゃねぇかよ。 ここが迷宮じゃなきゃあ景色を肴に酒でも呑みてぇところだが……』


 普段ならば金と酒と女以外に興味を示す事さえしないヴァーバルは、その現世と隔絶されたような圧倒的に美しい景観に魅了されていた。


 前後左右を見回せば、まるで貴族が鑑賞用にと贅を尽くして作らせた水槽のように多種多様な水生植物が彼らを歓迎するかの如く踊り。


 見上げれば、そこに空などない筈なのにユニたちを静かに照らす太陽のような光が幾重もの柱となって降り注いでおり。


 視線を下げれば、どこまでも深く暗い深淵の闇のようでありながらも何故か惹きつけられてしまう紺碧が続いている。


 どこを切り取っても絵になる素晴らしい景観だと言えた。


 ……まぁ、とはいえ。


『気を抜くなヴァーバル、油断は死に直結するぞ』


『わーってるっての! ったく堅物が……』


 アズールの言う通り、それらの美しい景観の全てに最低でもシエルの倍以上の体躯を誇る彩鯉竜さいりりゅうたちが、その荒々しくも鮮やかな多色の鱗を煌めかせて遊泳している限り、ほんの僅かな油断や慢心が死を招く事になると本心から忠告する彼を鬱陶しそうにあしらった後。


『……おい、おい【最強の最弱職(ワーストゼロ)】』


『ん?』


『俺は迷宮宝具メイズトレジャー、兵長サマは技能スキル。 じゃあアンタは一体どうやって水中で呼吸してんだ? 後学の為に教えてくれよ』


『何が後学だ、単なる興味本位だろうに……』


 結局、突入前に聞きそびれていた〝ユニは迷宮内での呼吸問題をどうするのか〟という疑問を、さも知識欲が旺盛であると言わんばかりの口ぶりで投げかけ、そこに勤勉さなど微塵もないと見抜いたアズールは彼に呆れ返って溜息の如く水泡をこぼす。


 ……まぁ、アズールはアズールで全く気になっていないと言えば嘘になってしまうのだが。


『そんなに気になる?』


『あ? そりゃそうだろ、気になったから聞いてんだし』


『そ。 けど駄目、私は手札を晒すほど馬鹿じゃないんだ』


『……んだよ、ケチ臭ぇなぁ』


『おいヴァーバル! 貴様、何度言えば──』


 しかし、そんなヴァーバルの疑問に対して彼らよりも少しだけ深くに潜っていたユニはくるりと振り返りつつ、ピンと立てた人差し指を色素が薄く形も良い唇に当てて『内緒』と微笑み。


 元より大して期待していなかったとはいえ、こうして実際に秘匿されてみると割りかし落胆するモンなんだなと思わず舌を打ってしまったヴァーバルに、またもアズールが呈すというお馴染みの展開が繰り広げられる中にあり。










『……あの人間、昨日もあんな感じだったんでしょう? 〝反省〟とか〝後悔〟とかって概念が頭にないのかしら。 だから嫌なのよねぇ、貴女以外の人間なんて……』


 その存在は、ユニの背後で溜息とともにそう呟いた。


 明らかに、フュリエルとは違う色濃い闇の気配。


 新月の夜をそのまま当て嵌めたような漆黒の髪。


 今この瞬間も血を欲していそうな真紅の瞳。


 紳士のようなスーツと娼婦のようなドレスが一体化したようにも見える、フォーマルかつセンシティブな闇黒の衣装。


 存在する次元が違うからか、水中でも消えない煙草。


 出るところだけが出た、あまりに妖艶な肢体。


 何よりも目を引くのは、その背に生えた一対の黒い羽。


 フュリエルを〝天使〟とするなら、それはまさに──。


『いいんだよ〝アシュタルテ〟、アレはアレで。 それに』


 そして、ユニはその存在を〝アシュタルテ〟なる名で呼ぶとともにヴァーバルの愚行を笑って許し。


 ……そもそも。


『──相応しいかどうかは、すぐに解るからさ』


 あんな態度を取っていられるのが今の内だけになるか、それとも迷宮攻略の間に成長するかは()()次第だと口にしつつ、ヴァーバルたちに意味深な視線を向けた。


 いや、もう少し正確に言うのであれば──。


 ヴァーバルたちの背後にある紺碧の奥へ、視線を向けた。

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