内務大臣の愚痴
そして、翌日の正午──。
アズールはヴァリアンテとの、ユニはヴァーバルとの交渉を終えた後、各々が各々へ与えられた屋内の空間にて一夜を過ごし。
「念の為に聞きますが、正気ですか? 【最強の最弱職】」
「問題なく迷宮に挑めるくらいにはね」
迷宮攻略へ向かう【最強の最弱職】の見送りを任された内務大臣、プレシアを伴って宝具庫へ続く長い廊下を歩いていたユニに対し、プレシアはジトッとした視線を向けつつ『狂気の沙汰だ』と半ば罵るように吐き捨てたが。
当のユニには全く響いておらず、いつもと変わらぬ人当たりの良い笑顔と声音で嫌味の1つも通じていなさそうな返事で以て応答する。
「言っておきますけど、これって前代未聞なんですよ? 〝迷宮刑〟執行の際に関係ない罪人を巻き込む事も、それを女王陛下が認可された事も」
しかしプレシアとしても引き下がる事はできず、ユニほどとまではいかずとも重い罪を犯した者を迷宮へ放り込むという実質的な極刑、〝迷宮刑〟に無関係な罪人を伴う事ひも、何よりその未曾有の事態を一国の王が許可してしまった事にも何一つ納得していないのだと断固として主張。
今朝、昨日と同じように会議室へ呼び出されたユニが扉を開けた先には、ヴァリアンテと4人の大臣たちの他に竜騎兵長アズールと、そして手枷と足枷に加えて口枷まで嵌められていながら、その拘束状態には似つかわしくない大鎌を背負ったヴァーバルの姿があり。
すでに話は聞いている、とヴァーバルに対し相変わらず無感情な視線を向けて口にした女王に、いつもと何も変わらない笑顔で『そっか。 じゃあ良いよね?』と、まるで友人同士の会話か何かのように彼の随行許可を求め始めたユニに大臣たちはまたも戦慄したが。
やはりと言うべきか、どうしてそうなると困惑すべきかは未だ不明瞭であるものの、『随行させようがさせまいが結果は同じだ、好きにしろ。 条件とやらも呑んでやるが、たとえ攻略に貢献しようと貴様の名は公表しない。 それはアズール、貴様もだ。 良いな?』と随行者2人のみならず大臣たちにも有無を言わせぬ決定事項を述べ。
各方面への対応や根回しを大臣たちに命じ、そして自身は国内全土や各国の王族や皇族に向け〝【最強の最弱職】への処罰〟についてを女王直々に広報し──などなど国政にまつわる会議を始めた為、ユニを含めた攻略組は会議室を後にし。
それから1時間後、今に至るという訳ではあるものの。
大臣職に就く者としてもそうだが、そもそも1人の人間としても彼が提示してきたという3つの条件全てを呑む事も、1人の狩人に肩入れする国王の存在すらも認め難いと、一見不敬とも取れてしまう愚痴を暗に告げてきたプレシアに。
「あー……まぁ、その辺は……ほら、ね?」
「……貴女だから、ですか。 全く……」
それら全てを理解した上で、〝【最強の最弱職】は女王陛下のお気に入り〟という最大最高の優位点を存分に活かしているのだと解る口ぶりで苦笑いを浮かべるユニが纏う和やかな空気感のせいで、プレシアは毒気を抜かれて溜息をつくしかなくなってしまった。
「……そろそろですね。 貴女とともに迷宮攻略へ挑む竜騎兵と傭兵は、すでに宝具庫前で待機している事でしょう。 どうせ貴女は無事に戻ってくるのでしょうし、1つだけ──」
そして次の角を曲がれば宝具庫に辿り着くというところで足を止めたプレシアは、いかに極刑同然の迷宮刑といえどユニが死ぬところは想像できぬ以上、激励や心配を含めた掛ける言葉の全てが無意味かつ無価値だと解っていた為、彼女が送る言葉は〝あの2人〟が参戦すると知った時から決めていた、たった1つの忠告だけ──。
「〝生命は平等ではない〟──……解りますね?」
一体、誰の生命を指しての忠告なのか。
……いや、〝誰〟と〝誰〟の生命を指しての忠告なのか。
よほど察しの良い者でも真意までは解らないだろうプレシアからの忠告に対し、ユニは『はぁ』と浅い溜息をついてから。
「……了解、善処するよ」
「えぇ、何卒よろしく」
全てを理解した上で、ただ静かにそう呟いて手を振った。
そんなユニの背中を見送ったプレシアは、ユニと同じように溜息をつきつつ与えられた職務をこなすべく踵を返し。
「……私からすれば、あの傭兵も貴女も変わりませんがね」
静かに、されど確かな嫌悪を露わにしてそう呟いた。