何で俺が
時を同じくして、場面は移り変わり──。
「──……では、ユニ殿。 我々は待機しておりますので」
「うん、案内ご苦労様」
ユニは今、女王陛下の座す城内とは思えないほど煌びやかさとはかけ離れた場所に、この王城で勤務している竜騎兵たちの数人の案内で辿り着いていた。
尤も、ユニはこの城の間取り自体は全て把握済みである為、案内は不要と言えば不要ではあるのだが、アズールや彼が治める竜騎兵団への義理立ての意味も込めて声をかけたようだ。
……ここは、地下牢。
王都で罪を犯した者の中でも特に重い罰を科される事となる咎人たちが収容される、まさに魑魅魍魎の見本市。
「「「……」」」
普段ならば誰かが訪れる度に『新入りか!?』だの『女は居ねぇのかよ!!』だのと昼夜問わず喧しい場所であるものの、どういう訳か今この瞬間だけは不気味なほどの静寂に支配されていた。
(……やはり凄まじいな、【最強の最弱職】とは……)
(あぁ、あの人が悪人じゃなくて良かった)
(収容できる檻なんてないもんな……)
まぁ、ユニがある1人を除き【武神術:覇気】で意識を刈り取ってしまったがゆえの有無を言わせぬ静寂だったのだが。
そんな中、ユニは目当ての檻の前に辿り着くとともに。
「……おいおい、誰かと思えば【最強の最弱職】かよ」
「やぁ、数時間ぶりだね」
ユニの言葉通り数時間前に遭遇し、そして互いに傷一つこそ負わずとも手も足も出ぬ圧倒的な大敗を喫した挙句、警察官に連行されていった筈の巨漢の傭兵、ヴァーバルに人当たりの良い笑顔で挨拶する。
特にやつれたような感じではないが、あの時の装備が全て没収された今、如何にも罪人らしく見窄らしい格好をしているせいで、どうにも全体的に縮こまっているように見える彼は。
「こんなカビ臭ぇ場所に何の用だ? まさか、俺に会いに来たなんて言い出さねぇよな? 天下のSランク狩人サマがよォ」
あの時よりも僅かに卑屈さを感じさせる空笑いをしつつ、ユニが自分へ面会に来る理由がある筈もなく、だとしたら何の用で自分の前に立っているのかと、ヴァーバルからしてみれば抱いて当然の疑問を皮肉めいた文言で投げかけたところ。
「そうだよ?」
「は?」
「だから、そうだよって。 君に用があって来たんだ」
「……ゾッとしねぇな、アンタが俺に用なんてよ」
あっけらかんとした様子で、まさかと思い投げかけた疑問に肯定されてしまって唖然とするヴァーバルに対し、ユニは追い討ちとばかりに用があるのは君だと再認識させ、その笑みの奥に潜む得体の知れなさにヴァーバルが改めて怖気を覚える一方。
「回りくどいのは嫌いだから単刀直入に言うよ。 明日、私が単独で挑む予定の迷宮攻略に同行してほしいんだ。 いいよね?」
「……はっ? 迷宮攻略? な、何で俺がそんな……」
今この時間は決して無駄ではないが、それはそれとして長丁場にするつもりもなかったユニからの、そもそもの拒否権すらない〝迷宮攻略への随行命令〟に、ヴァーバルはようやく困惑を露わにし始め、何なら言葉に詰まってしまう。
……それも無理はないだろう。
今日初めて出会い、そして完膚なきまでに自分に勝利してみせたばかりのSランク狩人が、どういう訳か単なる傭兵でしかない自分を己の土俵へと駆り出し、手伝えと一方的に命じてきているのだから。
「君との戦いが中々楽しかったから。 あれくらいの動きができるなら迷宮でも通用するんじゃないかなー、って思ってさ」
「……アンタならソロで充分なんじゃねぇのかよ」
そんな風に半ば混乱していると言っても過言ではないヴァーバルに、あの時の戦いを振り返った結果──少なくとも彼にとっては無様かつ惨めでしかない戦いだったのだが──竜化生物相手にどこまでやれるか興味が湧いたからだと身勝手な理由を述べはしたものの。
ユニの実力をその身を以て理解していた──……否、理解させられていたヴァーバルとしては、ユニが単独で挑んだ方が効率が良いと素人考えでさえ解る事だと力なく反論をぶつけたが、ユニは『そりゃね』と肯定しつつも肩を竦め。
「けどさ。 今回の攻略は多分、私1人じゃなくなるんだよ」
「……何言ってんだ? アンタが単独っつったんだろ」
「これは推測だけどね、アズールも行く事になる筈なんだ」
「アズール──……あぁ、兵長サマか」
前述の通り時を同じくして女王と竜騎兵長との対話が繰り広げられている事を看破した上で、ユニが単独で挑む筈の迷宮攻略にアズールもメンバーの1人として加わる事になる、と半ば確信めいた推論を展開する。
事実、女王はアズールの迷宮攻略を許可しているのだから、ユニの洞察力は流石の一言と言わざるを得ないだろう。
「そ、だから君もどうかなって。 それに私も君と同じ人間だからさ、ちょっとした失敗くらいするかもしれない。 フォローしてくれる人が2人居るなら安心できるんだけどな」
「……」
そして、アズールが攻略メンバーに加わるのならどのみち単独ではなくなるし、それならヴァーバルが加わって3人になっても問題はなく、〝ちょっとした失敗〟や〝フォローしてくれる人〟などという【最強の最弱職】の口から出たとは思えぬ世迷言に、ヴァーバルは素直に困惑する。
しかし、それはそれとして彼の答えは決まっていた。
……どのみち、拒否権などないのだろうし。
「……わぁったよ。 だが、条件がある」
「言ってごらん」
とはいえ、ただ受け入れてやるというのもプライドの高い彼にとって癪であった為、1つか2つ──何なら3つほど条件を提示するくらいはしてやらないと気が済まないと意を決して口にしたヴァーバルとは対照的に、ユニはあっさりとした態度で彼の二の句を待ち。
「まずは……そうだな。 その迷宮攻略とやらが終わった後も俺が生きてたら、アンタの権限で俺を自由にしてくれ」
「あぁ、特赦って事? まぁ何とかなるんじゃない?」
「次に報酬だ。 仮にも竜騎兵が山ほど殺されるような迷宮に連れてかれんだから、それなりの額は要求させてもらうぞ」
「そっちは私の一存じゃ難しいかな。 だから明日ね」
「……頼むぜオイ。 で、最後に──」
1つ目の条件である〝特赦による刑罰の免除〟についても、2つ目の条件である〝迷宮踏破の報酬〟についても、ユニの返答に手応えらしい手応えを感じる事ができなかったヴァーバルは表情や声音に怪訝さこそ漂わせたものの。
とにかく言ってみるだけ言ってみておけば、どれか1つくらいはまともに通るかもしれないと判断し、もう1つの条件を提示しようとしたその時。
「はい、どうぞ。 返して欲しかったんだよね?」
檻の向こうに顕現した亜空間、【通商術:倉庫】から飛び出した鈍色の柄を見て、ヴァーバルはすぐにそれの正体を悟り。
「……おいおい。 普通、罪人に武器渡すか?」
「今さら暴れないでしょ? だって──」
諸刃造りの大鎌型の迷宮宝具、確認するまでもなく罪人に手渡していいものではない危険な武器であるアダマスを亜空間から引き抜きつつも『正気かよ』と精神状態を疑ってみたが、ユニは笑顔を崩さない。
彼に手渡す事を、リスクだと思っていないからだ。
「そんな事したって意味ないもんね、私の方が強いんだし」
「……ぐうの音も出ねぇよ、【最強の最弱職】」
そして一切の驕りも強がりもなく、ただ純粋に天と地どころではない彼我の実力差を突きつけてきたユニに、もはやヴァーバルは返す言葉の1つもなくなってしまい。
話は終わりだと言わんばかりに踵を返すユニへ。
「……これで死んだら化けて出てやるからな」
「そしたら死霊術師で使役してあげるよ」
「縁起でもねぇ事言ってんじゃねぇよ!」
ヴァーバルは精一杯の恨み言をぶつけるしかなかった。
「──……何が同じだ、テメェが普通の人間な訳ねェだろ」