王都を揺るがす厄介事
それから、およそ10分ほど後──。
ユニ、女王、大臣たち、そして女王の召し寄せにより馳せ参じていたアズールとその部下2人を含めた計9人は。
「──……〝宝具庫〟の扉が迷宮に繋がるとはね」
「えぇ、我々も困り果てているところでして」
会議室を後にし、アズールとその部下を先頭に置いて長い廊下を歩きつつ、〝宝具庫〟とやらがある場所まで全員で向かっていた。
そう、ヴァリアンテがユニへ下した処罰とは。
ドラグハートが保有する全ての、そして真正品の迷宮宝具を厳重に保管している宝具庫のたった1つしかない堅牢な扉が、どこぞの迷宮と繋がってしまったという最悪な現状を打破せよというもの。
迷宮を攻略し、その最奥にある〝迷宮核〟を破壊して、宝具庫の扉を迷宮へ繋がる前の状態に戻せというもの。
……別に迷宮宝具が使えなくなってもいいのでは?
……そこまで急を要するような事態なのか?
そう思う者も居るかもしれない。
しかし、そんな浅慮に至るのは何も知らぬ者たちだけ。
宝具庫へ保管されている迷宮宝具の殆どは、この国の根幹を支えるほどの能力を持ったものばかりであり。
何を隠そう、ここ王都アトリム全体を広く防衛している球状かつ半透明の結界を展開する為の迷宮宝具、アペヤキーもまた宝具庫へ保管されているのだ。
1度膨大な魔力を込めて起動させてしまえば、1ヶ月近くは放置したままでも結界を維持する事は可能だが、その期間を過ぎる前に再び魔力を込めなければ結界は消失してしまい。
消失するだけならまだしも、あろう事か特定の生物を寄せ付けないようにする為に結界の表面から恒久的に発せられていた音波の効果が反転、消失時の一瞬とはいえ〝特定の生物を惹き寄せる音波〟が広範囲に響き渡ってしまうらしく。
このまま放置していると、それこそ数えきれないほどの地上を蠢く者が王都を襲撃するという最悪の事態に陥ってしまうのだとか。
そんな危機的状況を解決すべく、アズールを始めとした竜騎兵たちが宝具庫の扉から繋がる迷宮へ挑んだ結果、彼が苦渋の表情で搾り出すように伝えた多数の殉職者を出すという最悪の結末に至ってしまったのだという。
……ここまでは、まぁ理解できなくもなかったのだが。
「どうして警察官まで迷宮攻略に駆り出したんだい?」
ユニが気になったのは、これといって対竜化生物に長けている訳でもない警察官を動員させた理由と、それを大臣たちや女王が許可した理由。
対竜化生物に特化している竜騎兵が敗走した後、別の戦力を投入せねばならなかったとしても、それこそ王都アトリムを拠点とする竜狩人に、延いては竜狩人協会に依頼すれば良かったというだけの話。
はっきり言って愚かな判断だとしか思えなかった。
警察官の動員などしなければ無意味かつ無価値な犠牲を出す事もなかった筈だし、王都の治安が必要以上に悪化する事もなかった筈だから。
「いやぁ、しゃあなかったんよユニはん。 今、ドラグハート中の警察官を取り纏めとる〝警視総監〟に就いとるんは先代国王の実弟なんや。 なんぼ〝旧時代の遺物〟や言うても、ほかす訳にはいかんかったんよ」
「……面倒だね、政なんてのは」
そんなユニの正論にも似た疑問に答えたのは財務大臣のウェルスであり、この愚かな判断をするに至った最大の要因はヴァリアンテが討ち倒した第22代国王の実弟である警察官のトップが、かつての権威を取り戻さんと功を焦った結果だと明かし。
すでに責任自体は取らせたものの失われた命全てが戻る事はない以上、先代国王の実弟だろうと何だろうと突っぱねるべきだったと悔いている様子のウェルスに、ユニはただ呆れたように溜息をこぼす。
尤も、ユニの興味はすでに彼の話や政治うんぬんより。
辿り着いた先、眼前にある堅牢な扉から繋がっている高難易度の迷宮にしか向けられていないのだが。
「ここも懐かしいなぁ、最後に来たのは〝アーク〟を国へ納めた時だったっけ? ねぇ、ヴァリアンテ」
「無駄話はいい、まずは現状を把握してもらうぞ」
「そう? まぁいいけど」
ここまで無言を貫いていた女王に対し、まさしく世間話のつもりで以前に宝具庫を訪れた時の事を振り返ろうとしたものの、ヴァリアンテはユニの方を見遣る事さえせずに『集中しろ』と暗に告げ。
かといって別に機嫌を損ねた訳でもないユニは、ヴァリアンテの言葉通り現状把握をすべく先んじて動き出したアズールの部下2人の動向を注視し。
「開扉せよ」
「「はっ」」
兵長たるアズールが女王及び大臣たちを護るように武器を構える一方、ヴァリアンテのたった一言からなる重々しい命令に従った部下たちが堅牢な扉を開錠し、ガゴンと鈍い音を立てて扉を開こうとした。
──その瞬間。
『CAAAAAAAAAAAAARPッ!!』
まだ開き切っていなかった重い扉を内側から無理やり開いて現れたのは、それ自体が1つの芸術作品であるかのような赤・白・黒からなる色彩と、その鮮やかさとは裏腹に凶悪な咆哮を轟かせる巨大な竜化生物。
俗に〝彩鯉竜〟と呼ばれる、鯉から派生した水棲の竜化生物は眼前に立つ人間に目を付け──……その牙を剥いた。