【万の頂に座す王】
言い忘れていたが、ドラグハートは〝実力至上主義〟。
もっと言えば、〝完全実力至上主義〟を謳っており。
身分どころか出自すらも問わず、武力・智力・魔力・財力などの様々な分野における実力に長けてさえいれば、この国では〝上〟に立つ事ができるのだ。
何となく察せられるだろうが、現財務大臣であるウェルス=マイザリーも、ドラグハートと隣接している訳でもない小国から渡航し、その才を女王及び前財務大臣に見初められて今に至っている。
そして、これはウェルスに限った話ではない。
今、歴代の大臣たちとは比較にさえならぬほどに優秀である筈の4人に膝を突かせ、冷や汗すら流させる圧倒的な威圧感を素で纏っているこの女王もまた、ドラグハートを出自としていない。
もっと言えば、王族どころか貴族の生まれですらなく。
何なら農奴の出という、最底辺とまではいかずとも王族と生涯関わる事がなくて当然の立場にありながら、Sランク狩人に比肩するほどの実力を持って生まれ、当時の王を無傷で討ち倒し、ありとあらゆる方面へ洗練された政策を打ち出し続けた事で、この国の名を冠する事を全国民に許された比類なき女傑。
──【万の頂に座す王】──
──〝ヴァリアンテ=ドラグハート〟──
第23代、ドラグハート史上では初となる女王である。
「というか遅くない? 重役出勤もいいとこだよ」
「ちょ、貴女──」
そんな国中の──……否、世界中の女性の憧れの的とも言える女王を呼び捨てにするばかりか、事もあろうに己の所業を棚に上げて女王の遅参を咎めるという愚行を犯し、それを耳にしたファシネは即座に顔を上げてユニを叱責しようとしたが。
「貴様もそうなのだろうが、あいにく余も暇ではない。 そして余は貴様と違い、為すべき事が後から後から増えていく。 寝る間も惜しんで処理せねばならぬほどに。 解るか?」
「あー……もしかしなくても怒ってる?」
「……察しだけは良いのも変わらんな──まぁ良い」
((((ほっ……))))
女王ヴァリアンテは特に声を荒げる事も整った表情を歪める事もなく、されど静かな怒気を低い声音に乗せながら嫌味を連ねていく彼女の心情を悟ったユニの苦笑に対し、ヴァリアンテが怒気を発露しなかったという現状に、とりあえず4人は安堵する。
城内で最強の女王と最強の狩人が戦うなどという事態に陥ってしまえば、どんな被害が出てしまうか解ったものではないのだから。
そんな中、大臣たちの心情を知ってか知らずかヴァリアンテは場の空気を変えるように浅い溜息をついた後。
「……こうは思わなかったか? 『狩人ランクの降格や協会からの除名も覚悟していたのに』と。 『随分と甘い処罰ではないか』と」
ユニも、そして大臣たちも皆が考えていた〝ユニに対する処罰の甘さ〟という点についてを言及し始める。
確かにヴァリアンテの言う通り、ドラグハート唯一のSランクパーティーである虹の橋が解散する事による経済的損失は尋常のそれではなく、それこそ小国の国家予算クラスの不利益を被っているにも関わらず、ランク降格や協会からの除名という狩人にとって最も手痛い処罰を下されない方がおかしいと言えばおかしい。
「あー、まぁ……ちょっとはね。 って事は、『女王陛下が直々に私へ下されるもの』とやらが〝甘くない方の処罰〟なのかな?」
「えぇ、その通りです──陛下、どうぞ下知を」
それをユニ自身も理解しているからこそ、プレシアが粛々とした態度と声音で告げていた〝女王から伝えられる処罰〟こそが、やはり主となる処罰なのかという半ば確信めいた問いかけに答えたのはプレシアであり。
こくりと首肯してみせた内務大臣からの促しに、ヴァリアンテは椅子に立てかけていた戦鉾槍を片手で持ち上げてから大理石の床を石突で軽く叩き、その甲高い音が響き終わるとともに一呼吸置いて。
「ゆ──」
「ゆ?」
「ん"んっ」
「ん、え?」
ゆ──と明らかに告げるべきものとは関係なさそうな、何であれば少し間の抜けたような一音が尊敬すべき女王の口から漏れ出た事で、プレシアが疑問の声を上げるのとほぼ同時にヴァリアンテは咳払いをし、己への疑問を前もって遮る。
余計な詮索をするな、と言わんばかりに。
「……」
一方、ユニだけは何かを察したかのようにニヤニヤとした厭らしい笑みを浮かべていたが、それに気づいた上でヴァリアンテは気を取り直すが如く切れ長の瞳を更に鋭く細めつつ。
「……【最強の最弱職】。 貴様には今、身分差を問わず王都全体の生活基盤を揺るがしている〝厄介事〟の解決に当たってもらう」
「厄介事……?」
先ほどまでの、ユニにしか解らない僅かな動揺など何処吹く風といった様子で二つ名を口にした後、処罰という名のクエストを依頼した。