個性豊かな大臣たち
ドラグハートにおける国政の中枢に深く関わっているのは、この場に集まっている4人の大臣と、それらを束ねる女王陛下のみ。
いくら何でも少数精鋭が過ぎるだろうと思うかもしれないが、この4人の大臣たちは他国の国政に携わる政治家と比較するのも馬鹿らしくなるほどの有能揃いであり。
多少なり個性が強い事を加味しても、この世界一の大国の政界を一手に──四手に? 担う彼らを心から尊敬する者は各方面に山ほど居るとか居ないとか。
その内の1人、筋骨隆々な肉体のせいで丁寧に仕立てられている筈の高価そうな衣服がパツパツになっている男性は、ユニの細い肩をバシバシと力強く叩きつつ。
「どうだユニ!! この下らねぇ茶番劇が終わったら、この俺サマと闘らねぇか!? アレを観ちまってから欲求不満で仕方ねぇんだ俺サマはよォ!!」
「うーん、今はちょっとなぁ……」
「何だよつれねぇなぁオイ! そう言わずによォ──」
これから行われる事となる元虹の橋4人の今後を決める重要極まりない会議を〝茶番劇〟だと吐き捨てるとともに、そんな事よりと言わんばかりに下半身のとある部位を滾らせながらユニとの手合わせを望む男に、ユニが〝指〟の力で軽々と彼を引き剥がしつつ往生際の悪い男の望みを断ろうとする中。
「……その辺にしていただきたい、〝コンバット〟卿。 間もなく女王陛下がお見えになります、貴方の喧しい声で御気分を害されでもしたら責任を取れるのですか?」
椅子に姿勢良く座したまま、クイッと縁の細い眼鏡を動かしつつ男を咎めたのは、まるで精巧に造られた人形のような美しい無表情を浮かべる線の細い女性であり、そろそろ姿を現すだろう女王に対する不敬とならぬ内に男を黙らせようとしたものの。
「はっはっは!! 何を言い出すかと思えば〝プレシア〟! あの御方は世界一の大音声で鳴く〝潜鯨竜〟の咆哮を間近で受けてなお眉1つ動かさぬ比類なき女傑! 俺サマの声なんぞ羽音に等しいだろうよ!!」
「そういう事を言っているのではなくてですね……はぁ、貴方と話してると私まで馬鹿だと思われそうですよ全く」
コンバットなる家名で呼ばれた男は、プレシアと対照的に名前で呼んだその女性に対し、たかが1人の人間でしかない己の大声と世界最大クラスの巨躯を誇る海棲竜化生物の咆哮とを比較した上で、あっけらかんとした様子で己と女王の格の違いを語ってみせたが。
そういう意味ではない、とにかく静かにしていろと言いたかっただけのプレシアは中々揺らぐ事のない表情に一抹の苛立ちを乗せ、コンバット卿──もとい〝サベージ〟という名の脳筋と同じ大臣職に就いている事実にうんざりしていた。
「はいはい、漫才はそのくらいにしなさいな。 ただでさえ誰かさんたちのせいで多忙極まってるんだから、余計な手間を掛けさせないでちょうだい」
それを見ていたもう1人の女性、何がとは言わないが全体的にフラットなプレシアとは対照的に出るところが出た魅惑の体型をこれでもかと押し出した美魔女が軽く手を叩いて、サベージとプレシアの下らない会話を切り上げてやろうとする一方。
「まぁまぁ、そう言うたりなや〝ファシネ〟はん。 そない皮肉ばっかし言いよったら、ますます婚期が遠のいてまうよ」
「……〝愛より金、恋より富〟が信条の貴方にだけは言われたくないわよ、〝ウェルス〟」
「なはは、こら1本取られてもうた」
言語自体は同じでも、ドラグハートにおける常用語とは明らかに系統が異なる妙な訛りの言葉で嫌味をこぼす、やはりドラグハートの貴族とは少し異なる様相の衣服を召した細身かつ細目の男に、ファシネと呼ばれた女性はウェルスと呼んだ男性が持つ〝強欲さ〟を知っているからこその意趣返しをしてみせたのだった。
ここだけ切り取ると、まるで平民同士の会話のようにも聞こえてしまうが、4人はれっきとした大臣職の政治家。
軍務大臣──〝サベージ=コンバット〟。
内務大臣──〝プレシア=オートマタ〟。
外務大臣──〝ファシネ=グローシア〟。
財務大臣──〝ウェルス=マイザリー〟。
以上4人、歴史ある大国ドラグハートにおいて歴代で最も優秀だと噂される大臣たちの何気ないやりとりであった。
……が、しかし。
「悪いけど私も暇じゃないんだ、さっさと始めない?」
「はっはっは! お前が言うのかよ!!」
「何の為に呼ばれたか解ってます?」
「ていうかこっちのセリフでしょそれ」
「相も変わらず豪胆なお人やなぁ」
そんな4人のやりとりなどユニにとっては正しくどうでもいい事であり、いつの間に椅子に長い脚を組んだ状態で腰掛けていた彼女が会議の開始を促した事で、形こそ違えど『どの口が言ってんだ』という共通の苦言を吐いた大臣たち。
「……まぁ、良いでしょう。 速やかに済ませてしまいたいのは紛れもない事実、女王陛下が直々に貴女へ下されるもの以外の処罰を先に伝えますが……よろしいですね?」
「構わないよ」
「では簡潔に──」
とはいえ〝さっさと始めない?〟という部分だけは同意できたプレシアは、『はぁ』と深い溜息を吐きつつも手元の書類を開いた上で、ひとまず女王が居なくても成立する話だけ済ませておこうと提案し、それをユニがあっさりと了承した事でようやく会議らしい会議が開始し、プレシアは一呼吸置いてから。
箇条書きで記された処罰を、さらりと読み上げていく。