白炎の熾天使
白炎の熾天使、フュリエルは人間を見下している。
……いや、もう少し正確に言うのであれば。
己も属する天使、及び己が仕えている〝天界の支配者〟を除くあらゆる生命を、すべからく見下しているのである。
傲慢だと思うだろう。
自惚れだと思うだろう。
だが実際、熾天使という存在は天界において支配者に次ぐ力を有しており、フュリエルは4柱の中でも特に強く神にも等しい力を持って産み出された正真正銘のNo.2。
いくら相手が【最強の最弱職】とはいえ、本来ならば人間に付き従うなどあり得ぬほどの絶対強者。
(先回り、された……!? 全速力だった筈なのに……!!)
そんな熾天使を目前にした修道士は当然ながら怯えに怯えて全身を震わせているが、おそらく彼女はフュリエルが熾天使だからという理由で怯えているのではない。
「わ、私の……私の仲間たちを、どうしたのよ……ッ!!」
そう、ただ単に眼前の天使が5年近くも連れ添った大切な仲間たちを殺した張本人──まだ確証はない──だからという理由で怯えているに過ぎないのである。
それでも何とか恐怖を押し殺し、カチカチと震える歯を打ち鳴らしながらも仲間たちの所在、或いは末路を問うた修道士に。
『魂ごと〝焼滅〟させました。 あの者たちの魂は、天界はもちろん冥界や魔界にさえ向かう事はありません。 愚かな下等生物には似合いの末路でしょう?』
「こ、の……ッ!! 【棍操術:──」
さも何気ない日常の出来事を語るかのような抑揚のない声音で以て、4人の仲間たち全員を白炎にて灼き尽くし、その哀れな魂の行き場さえも失わせたと曰うフュリエルに、いよいよ怒気が恐怖を上回った修道士は袖の下に隠していた〝三節棍〟を一瞬で展開しつつ【棍】の技能を発動しようとしたが。
……残念ながら、それは叶わなかった。
「──……ぇ?」
何故ならば、などと説かれるまでもない。
『腕を失くしても戦う姿勢は称賛に値しますが……』
彼女の三節棍、及び三節棍を隠し持っていた筈の右腕が痛みや熱すら感じる間もなく、フュリエルに届くどころか技能の発動さえ叶わず白炎によって焼滅してしまったのだから。
……武器は失くなったものの、まだ職業技能はある。
流石に熾天使の力で滅された腕は修道士の回復能力でも元には戻らないかもしれないが、それでも狩人としての、そして人間としての意地を見せつける事くらいはできたかもしれない。
「ぁ、うあ……ッ」
しかし、すでに彼女は折れていた。
そもそも両者は人間と天使、生まれながらにして格付けが完了し ているというのに、かたや中堅どころなBランクの首狩人である修道士に対し、かたやフュリエルは天界に4柱しか居ない熾天使。
先ほどは突発的な怒気で麻痺していた恐怖が、まるで間欠泉のように内から噴き出してきた瞬間。
「ッ、うわあぁぁぁぁッ!!」
彼女は全力で、それはもう全速力で逃走を図った。
もう仲間たちの仇討ちなど彼女の頭にはない。
とにかく遠くへ、もっと遠くへ──。
そんな切迫した想いとは裏腹に。
「い"……ッ!? な、何が──」
彼女は何かに蹴つまずいたように転んでしまい、利き腕が失くなっていた事も相まってか、ドサッと鈍い音を立てて前のめりに倒れてしまった。
こんな時に限ってドジを踏むなんて、と転んでしまった原因である己の脚の方へと視線を遣った瞬間、彼女は己が転んでしまった本当の原因を嫌でも知らされる事となった。
「──え、あ……!? あ、脚が、私の、脚がぁ……!」
そう、腕だけでなく脚も焼滅させられたのだ。
腕と同じように、痛みも熱も感じさせぬまま。
両脚の膝から下が、完全に消えて失くなっていた。
そして、ふと彼女が見上げた先では。
『何処へ逃げようと結果は変わりませんよ、人間。 貴女は愚かにも、分不相応な夢を見た。 その報いを受けなさい』
「……ぁ、あぁぁ……ッ、ゆ、赦し、て……」
『赦される行いではない、そう言った筈です。 鼓膜だの海馬だのまで焼滅させた覚えはありませんが?』
「ひ、ひぃ……っ、誰か、誰かぁ……っ」
先ほどまでと同じように一切の感情を見せない無表情のフュリエルが、こちらに矛先を向ける形で身の丈ほどもある神々しい長槍を手元に浮かべており、どんな懇願も無意味だと頭では理解していてもなお命乞いをする修道士に、フュリエルは皮肉めいたセリフを吐いた後、長槍を高く掲げた腕を振り下ろし。
『荼毘に付せ、愚者なる御霊よ──【聖なる光槍】』
「た、助け──っあ"」
未だ生にしがみつくように這って逃げようとした修道士の細い背を石畳に縫い付けるが如く刺し貫き、まるで己こそが天上の存在だと言わんばかりの尊大な文言とともに槍から発せられた白炎は一瞬で修道士の全身を覆い尽くし、満足な断末魔さえ赦さず魂ごと焼滅させた。
あれだけ激しい炎が立ち昇っていても石畳や近くの家屋には一切の被害はなく、そして修道士のか細い悲鳴以外には僅かな音さえも響いていなかった為、彼女と仲間たちの死は誰にも気づかれる事はない。
誰も、彼女たちの死を惜しむ事はない。
……彼女たちの死には、何の価値もない。
『どこまでも下等、どこまでも脆弱……何故このような畜生どもと同種して産まれ落ちるなどという悲運の生を、ユニ様ともあろう御方が辿らねばならないのでしょう──』
そんな下等生物の死を──……ではなく、そんな下等生物と同じ種類の生物として産まれてしまったユニに心から同情していたフュリエルは。
『──これも、貴方様の気紛れなのですか? 唯一至上神』
空を見上げ、そう静かに呟いた──。