傭兵の奥義
今年の更新は今回で最後となります!
次回更新は来年、1/6(土)です!
来年もぜひ、まだまだ始まったばかりの今作をよろしくお願いいたします!
ヴァーバルは、ここまで技能を温存していた。
様子見など無意味だと解ってはいたが、【最強の最弱職】を相手に素の自分の力がどこまで通用するか試したくなったのが原因である。
尤も彼自身〝傭兵〟である以上、常時発動型技能は適用されたままの為、完全に素かと言われると微妙ではあるかもしれない。
──【傭役術:積立】。
現在、使用者が所持している金銭の額によって能力値が強化されるという他にはない類の常時発動型技能。
ヴァーバルは今、【傭役術:金庫】という使用者の適性によって許容量が変動する、意思を持つ豚の姿の貯金箱を召喚する随時発動型技能の中に結構な金銭を蓄えさせており。
具体的に言えば〝平民が一家総出で1年間、遊んで暮らせる〟くらいの額である為、能力値もそこそこの強化を受け、それこそアズールと肩を並べられるほどにはなっている筈。
だが、この状態でもユニには一切届かないと解った以上。
他の技能も解禁する以外に、やれる事はない。
「避けてもいいぜぇ【最強の最弱職】! テメェが野次馬どもを見捨てられる情け容赦のねぇ野郎ならなァ!!」
「「「……ッ!!」」」
だからこそ、ヴァーバルは絶対に技能を躱されないようにするべく卑劣と解っていながらも野次馬を盾にユニの行動を制限しようと試みる。
それを聞いた王都の人々は自分たちが野次馬から木人へと成り下がってしまう可能性を憂慮し、みるみる顔を青ざめさせていたが。
「御託は良いから。 ほら、隙だらけだよ」
「上等じゃねぇか……!!」
元より野次馬を巻き込むような大袈裟な回避をするつもりなど毛頭ないユニからの露骨な挑発に、ヴァーバルは己の親指の皮膚を犬歯で傷つけ、そこからドクドクと溢れ出てきた血液をアダマスの刃をなぞるように塗り付ける。
塗り付けられた血液は俄かにアダマスの刃を赤く染め、完全に真紅の鎌と化したそれをヴァーバルを思い切り振りかぶってから。
「真っ二つになりやがれぇ!! 【鎌操術:血刃】ッ!!」
使用者、または他の生物の血液を染み込ませた鎌で真紅の刃を飛ばす技能を発動、石畳を勢いよく削りながらユニへ向かって殺意を込めた赤い三日月が飛来する。
アズールはともかく、アズールの部下や警察官たちでは防御どころか回避も難しいだろうという、その破壊的な一撃を。
「まぁ、こんなもんだよね」
「マジかよ、素手で……ッ」
何でもないかのように片手の五指で挟んで止めたユニに、ヴァーバルが呆然としつつも笑うしかないところまで精神的に追い詰められていた一方で。
(技能の練度も悪くない。 もったいないなぁ、こういう在野の強者こそ竜騎兵だの警察官だのに勧誘すればいいのに)
そんな素っ気なさとは裏腹に、ユニは周囲が思っている以上にヴァーバルを評価しており、この戦いが終わった後で彼の心が折れていなければアズールと相談して竜騎兵か警察官辺りに採用させてやれば──と至って真面目に思考を巡らせていたからこそ。
「どうする? もう止めてもいいけど」
「ッ、まだだ! まだ終わってねぇ!」
「そう? じゃあ続けようか」
もう、ここで終わってしまっても問題なさそうだというつもりで放ったユニの提案が、『これ以上の続行に意味はない』と言っているようにしか聞こえなかったヴァーバルはユニの提案を切って捨てる。
そして、もはや何度目かも解らない鎌と素手の鍔迫り合いに加えて、今度は鎌や傭兵の技能をも織り交ぜて【最強の最弱職】に一矢報いるべく奮闘するヴァーバルだったが。
(駄目だ、微塵も届かねぇ……ッ、本当に同じ人間か……?)
……やはり、かすり傷1つ負わせる事さえできない。
ちなみに、ヴァーバル自身も無傷ではあるものの。
それは、ユニがまだ攻撃に転じていないからというだけ。
Sランク狩人は化け物揃い──そういう噂も耳にした事はあったが、どうせ与太話だろうと聞き流した己を恥じるばかりだ。
もう、ほぼ全ての技能に対して完璧な対処をされていたヴァーバルに残された手は殆どなく、ここまでユニ相手に食い下がっただけでも充分だと言えるのだろうが。
(いや、へこたれてんじゃねぇ! 俺にはまだアレがある!)
ヴァーバルは、まだ諦めていなかった。
何しろ彼は、まだ1つだけ未使用の技能を残している。
傭兵の特性を逆手に取った、まさに〝切り札〟とも呼ぶべき技能を。
それを食らわせるまで、この戦いは終われない。
「まずは──こうだッ!!」
「ッ!? これは、煙幕か……!? ユニ殿、ご留意を──」
その技能を必ず命中させる為の下準備として、ヴァーバルが石畳に叩き付けた小さな球体の正体はどうやら煙玉だったらしく、アズールの忠告も虚しくユニはもちろん野次馬たちまで含めた全員が文字通り煙に巻かれる中。
ヴァーバルは、その巨躯にそぐわぬ俊敏さで以てユニの背後を取りつつ、ここまで温存していた魔力全てを解き放つべく集中する。
(もう遅ぇんだよ兵長サマ……! 俺の経験上、コイツを至近距離から食らって無事だった奴は居ねぇ! たとえテメェがSランクでも手傷ぐれぇは負わせられる筈だ……!)
傭兵の随時発動型技能の1つにして、使用者が有する所持金の額によって威力や規模が変動する為、理論上──というより机上の空論ではあるが、あらゆる 技能を威力で上回り得る攻撃系技能を絶対に躱せない位置から放つべく。
煙の向こう側からでも確認できるほどの輝かしい黄金の光に包まれた彼は、いよいよ以て〝切り札〟を解放する──。
「吹っ飛べ【最強の最弱職】!! 【傭役術:金窟】!!」
使用者の所持金全てを消費する事のみを発動条件とし、金・銀・銅の硬貨や紙幣を1つに束ねた黄金色に輝く光属性の波動として放つ攻撃系技能。
上述した通り使用者の所持金の額によって威力が変動する関係上、例えば億万長者がこの技能を使ったのなら、Lv100の迷宮を護る者すら彼方まで吹き飛ばすほどの波動を放つ事ができるようになる。
もちろん1発限りとはいえ、〝切り札〟と呼ぶに相応しい技能であるという事は解ってもらえただろうか。
そんな切り札を視界が遮断された状態で至近距離から食らったのなら、さしものユニといえど無事では済まない筈。
……そう、済まない筈だったのに。
「……ッ!? な、何でだ……! 何で無傷なんだよ……!」
あろう事か、ユニは直立不動で同じ場所に居た。
吹き飛んでいない事もそうだが、ヴァーバルの言葉通り僅かな傷さえ負っているようには見えない。
「何でかって? 簡単な話さ──ほら、これ」
「これ、って──……な、あ……!?」
一体、何がどうなって──と次第に晴れていく煙幕に気づく事もできぬほどに混乱していた彼に対し、まるで生徒に教えを授ける教師のように答えを示すべく足元に視線を遣ったユニに釣られて下を見たヴァーバルは、そこにあったモノの存在にいよいよ開いた口が塞がらなくなる。
「嘘、だろ……!? 何で、テメェがその技能を……ッ!!」
「知らなかった? 私、欲張りなんだよ。 傭兵よりもね」
「ッ、この──」
何しろ、それは狩人であるユニでは絶対に使えない筈の技能によって召喚される代物であり、そんな彼の疑問に対して〝欲張り〟などという何の解決にもなっていない答えを返してきたユニに思わず突発的な怒りを抱いて再び特攻しようとしたヴァーバルだったが。
「──う、おッ!?」
ガクンッ、と何故か彼の身体はつんのめってしまい。
完全に倒れるとまではいかないものの片腕を石畳についた状態、土下座でもしているような体勢になってしまった。
「……ッ!? な、何だ!? 足が地面に引っ付いて……!」
その原因が、どういう訳か石畳に固定されたように動かなくなった足──正確には靴にあると見抜いた彼は、すぐさま動かなくなった原因の方も見抜き。
「ッ、魔術か……!!」
「ご明察」
先日、鏡試合に乱入してきた鈴猫竜を退化させる際にクロマが使用した最下級魔術、【接】による物体の固着だと看破した彼の言を、ユニはあっさりと肯定する。
当然MPの総量はクロマの方が遥かに上回ってはいるものの、その質についてはそこまでの差はなく、また魔術の起動速度に限って言えば〝指〟を触媒にしている兼ね合いでユニの方が圧倒的に速い。
この場でユニが【接】を発動した瞬間を見抜く事ができたのは、アズールと──……もう1人だけだった。
「せっかくだし、君の武器を使ってトドメといこうか」
「……ッ、は、はは……」
「ん?」
その後、情けない体勢のままで居るヴァーバルが倒れそうになった時に手放してしまっていた結構な質量を持つ筈の大鎌、アダマスを何気なく片手で拾い上げてクルクルと回すユニの姿にヴァーバルは意外にも力ない笑みを湛えていた。
……己の得物で引導を渡される屈辱以上に。
奪い取った物とはいえ完全に調伏させるまで半年近くの刻を要した迷宮宝具を、こうもあっさりと従わせてみせたユニと己との間にある実力差を思い知らされて、もはや笑うしかなかったからだ。
「ッ、く、くく……ッ、はーはっはっはっはぁッ!! いいぜ、殺れよ【最強の最弱職】!! テメェに殺されたとなりゃ箔が付く!! 冥界で自慢の種にしてやるからよォ!!」
そして、ヴァーバルは倒れた状態から精神的に疲弊した身体を起き上がらせつつ辺りに高笑いを響かせ、ユニと矛を交えられただけに留まらず殺されたとなれば光栄の極みだと至って正気で、それでいて狂気の笑みを浮かべて叫び出し。
「最期まで口数は減らなかったね。 まぁ、いっか別に」
「ゆ、ユニ殿ッ! 殺しは……ッ」
「「「ッ!!」」」
結局、今際の際まで減らず口を叩き続けたヴァーバルに呆れながら苦笑したユニがアダマスを振り上げ、それを見たアズールが往来での殺人は流石に、ましてや国が雇っている傭兵をと制止しようとしたが間に合わず。
首や上半身が真っ二つになるか、そうでなくとも多量の血液が飛び散るような深い傷を負って死に至るヴァーバルから野次馬たちが一様に目を逸らしたものの。
「「「……?」」」
……いつまで経っても、ヴァーバルが倒れたり血液が辺りに飛び散ったりするような生々しい音が聞こえてこない事に気がつき。
野次馬たちが、おずおずと目を向けるか開けるかすると。
そこには、ヴァーバルの後方まで擦り抜けるように音もなくアダマスを振り抜き終えたと見えるユニと。
真っ二つどころか服にも肌にも目立った傷はなく、ただ元の位置で立ち尽くしたまま白目を剥くヴァーバルが居て。
一体、何が──と困惑する野次馬たちをよそに。
「【鎌操術:魔断】。 悪いけど、君には殺す価値もない」
「「「う……ッ、うおぉおおおおッ!!」」」
「「「ユニ様ー!!」」」
ダメージは与えず、生物の魔力回路だけを断絶して一時的にMPを消費する全ての行動を封じるとともに、Lv差や適性如何で意識をも奪う鎌の攻撃系技能を使って不殺に留めたのだと察した野次馬たちは、ユニが挙げた無血の勝利に沸きに沸いた。
ファンクラブの会員たちはともかく、あまり詳しくユニを知らない者たちにも、Sランク狩人の頂点に立つ者が理性も何もない化け物ではないのだと理解できたから。
『……流石は【最強の最弱職】。 半年前より更に強くなっているようです、役員たちの懸念は杞憂に終わるかと』
『そうでしょうね。 では、そのまま彼女が王城へ踏み入るその時まで監視を続けてください』
『了解しました──〝協会総帥〟』