大鎌使いとの戦い
そもそも傭兵とは、いかなる職業なのか。
まず能力値としては、戦士と盗賊と商人を足して3で割ったような平均的かつ前・中衛向きのものとなっており。
受け取る報酬次第では、どれだけ過酷な環境下にある戦場にも赴き、そして対応しなければならない彼らに主要な武装というものは存在せず、あらゆる武装の適性を度外視して人並み以上に使いこなす。
そして肝心要の技能については上述した武装の話にも出てきた〝報酬〟、もっと言えば使用者自身の〝所持金〟が威力や効力の強弱に大きく関わってくるのだが。
それは、ユニとの戦いで明らかになっていくだろう──。
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「オイオイ、さっきから防戦一方じゃねぇかよ! そんな体たらくじゃ俺にゃあ勝てねぇぞ【最強の最弱職】ォ!!」
正午、大通りの中心に突如として形成された人垣による小さな戦場では今、諸刃造りの大鎌を自身の腕の延長線であるかのように自由自在に振り回すヴァーバルと。
「そういう事は傷の1つでも負わせてから言いなよ」
「ッ、上から物言ってんじゃねぇぞクソがぁ!!」
別に【武人術:回避】を発動しているわけでもないのに、ただ持ち前の人間離れした動体視力と反射神経や、あらゆる防具より頑丈な指で以て防ぐか躱すか逸らすかしていた事で、ほんの僅かな傷さえ負っていないユニが1対1の戦いを繰り広げており。
上からも何も実際ユニとヴァーバルとの間には、いくら歳月を重ねても届かないほどの絶望的な差がありはするものの。
ユニは本当に、上から物を言っているつもりはなかった。
何しろユニは、彼を本心から評価しているのだから。
(見立ては間違ってなかったね、やっぱり筋が良い。 動きは荒々しいけど、1つ1つの攻撃が命を奪う事に直結してる)
その長身や体格の良さに比例した膂力も相まってか、サイズの大きな武器によくある〝武器の方に振り回される〟といった事もなければ。
ただ闇雲に鎌を振るっているように見えて、その1撃1撃は確実にユニの首や関節といった必殺となる部位を狙えているし。
明らかな隙を作るほどの大振りをした後も、その隙こそが罠だと言わんばかりに遠心力を活用した2撃目、3撃目を見舞う事ができている──といったように。
懐に入られると弱く、サイズが大きければ大きいほど人間相手には隙を晒すという鎌の弱点をしっかりと克服していた。
……流石にアズールと比較してしまうと実力的には見劣りするが、なるほど確かに竜狩人基準でもAランク下位──否、下手をすればAランク中堅程度はあるのではと思わせるほどの戦いぶりではあるものの。
そこへ加えてユニは、もう1つの強みをも見抜いていた。
「その【鎌】、迷宮宝具だね。 それもAランク相当と見た」
「へッ、Sランク狩人サマは観察眼も一流らしい──なッ!」
「おっと」
そう、先程からヴァーバルから振り回している諸刃造りの大鎌がAランク相当の迷宮宝具であると看破しており、もはや隠す気も起きなかったヴァーバルは一旦距離を取る為、後退しなければ躱せない広範囲の横薙ぎで以てユニを相手に後退を強要させつつ。
「コイツの名は〝アダマス〟! 見ての通りの大鎌型の迷宮宝具! 能力は〝傷を与えた生物の硬質化〟! 俺への報酬を払い渋った貴族サマから奪い取った代物だ!」
「本当に蛮族じゃないか」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! 金払わねぇ奴が悪ぃんだよ!」
「……あぁ、傭兵にとっては死活問題なんだっけね」
迷宮宝具の名と能力、聞いてもいない手に入れた経緯までもを得意げに明かす彼の野蛮さに、いよいよ以て蛮族そのものではないかと呆れる一方、〝所持金〟如何で強弱が露骨に変動する彼らにも相応の苦悩があるのかもしれないと珍しく理解をも示しながらも、ユニの視線はヴァーバルではなくアダマスに向いている。
……実際、アダマスの能力は極めて厄介である。
ほんの僅かな傷でも負ったが最後、負傷した部位から岩石の如くか鋼鉄の如くかは解らないが指1本動かせなくなるほどに硬質化し、そこからの勝利は不可能な状態に陥らせる事ができるのだから。
おまけに、あのアダマスは正真正銘の真正品。
能力はもちろんの事、自己修復機能や元々の頑丈さについても折り紙付きであり、ユニであっても油断できない武装なのは間違いないだろう。
……閑話休題。
「……意外と話が解る奴で驚いてるぜ、【最強の最弱職】」
「そう? 光栄だね」
「だが──……いや、何でもねぇ」
「?」
紛う事なき雲の上の存在であるユニが、ヴァーバルの想像よりも理解があるという事に彼自身も意外に思いつつ、それはそれとして拭い切れない違和感をも抱いている様子だったが、どういう心情からか彼はそれを言葉にはせず再び臨戦態勢を整え、勢いそのままに突撃する。
今は、そうする事しかできなかった。
(……こうして実際に戦ってる俺だから解る、コイツは明らかに俺を見てねぇ。 だが、だからって他の奴らを気にしてるかっつーとそういう訳でもねぇ)
何しろ彼は、ユニと対峙している彼だからこそ解り得たと言える〝一度たりとも意識が敵である筈の自分に向いていない〟という事実に気づいてしまっており、その原因についても勘づいてしまっていたのだ。
(早い話、俺の事なんざ眼中にねぇんだコイツは……ッ)
彼の推測通り、ヴァーバル程度の実力を持つ者では実際に対峙していてもなおユニの眼中には入らないのだという事を。
……最初は子分たちの仇討ちのつもりでしかなかったが。
今は、もう違う。
息1つ切らさず、眉1つ動かさず、表情1つ変えずに己の攻撃を捌き切っているスカしたSランク狩人に──。
「ムカつくなぁ……! ムカつくなぁオイ!! 意地でもSランクの本気見せてもらうぜ【最強の最弱職】!!」
「いいよ。 今以上に興が乗ってくればだけど」
──せめて一泡吹かせて吹かせたくなってしまっていた。