兄貴分として
「え、あ、あれ【最強の最弱職】じゃないか……!?」
「何でここに!? この前、鏡試合をやったばかりだろ!」
「もしかして王都を拠点に……?」
「ほ、本物なの!? 本物の、ユニ様……!?」
ユニの足元には、つい先刻までヴァーバルの少し後方で控えていた筈の取り巻きたちが音もなく倒れ伏している。
忍者の【忍法術:隠形】を発動させた後、盗賊に転職しつつ常時発動型技能である【窃盗術:消音】を適用させる事で姿も気配も物音も完全に消して接近。
そして、あらかじめ【通商術:倉庫】から取り出していた小さな金槌で以て【槌】の技能である【槌操術:地震】を発動、ハヤテほどとはいかずとも目にも留まらぬ速度で取り巻き4人の顎を的確に撃ち抜いて脳を揺らし、一瞬で意識を喪失させたらしい。
また、〝使用者が起因となって発生する全ての音を消失させる〟という効果を持つ【窃盗術:消音】の影響で取り巻きたちが倒れた音さえ辺りに響く事なく、アズールとヴァーバルのやりとりに注目していた野次馬たちは、1人としてユニの所業に気づけなかったというのが一連の流れであった。
「申し訳ありません……! このアズール、情けなくも権力にへつらうだけの犬に成り下がるところでした……!」
「……自分で気づけただけマシなんだろうけどね」
それを遅ればせながらも理解したアズールからの、そして彼の部下たちも含めた竜騎兵からの、もう貴族の意見に流されるだけの傀儡にはならないという叛逆の意を込めた謝罪を受けたユニ。
確かに失望こそしたが、こういった騒動が起こった後とはいえ己で悟る事ができている時点で上等なのだろうとも思い直し、『はぁ』と再び溜息をこぼすだけに留まっていた矢先。
「……アンタ、本物の【最強の最弱職】なのか?」
「ん? あぁ、そうだよ」
その名前に聞き覚えがあったらしいヴァーバルからの、本当にSランク狩人本人なのかという確認する旨のおずおずとした問いかけを、ユニは何の気なしに肯定する。
目立つ事そのものがあまり好きではない為、先程のように姿や気配を消して行動する事も多い以上、顔こそ知られていない場合は多くとも、ユニという名だけは広く知られている事を彼女自身も理解していたから。
「まさかSランク狩人に見えられるとはなぁ。 光栄っちゃ光栄だし、ありがたがってもいいんだが──その前に、だ」
その返答を受けたヴァーバルは若干の動揺をボサボサの茶髪を掻く事で鎮めつつ、まともな生き方をしてこなかった自分にSランクの竜狩人に出会う機会が訪れるとは、と素直に喜ばしく思うだけに留まっても良かったのだが。
「……勝てっこねぇとは知ってても、子分どもの仇は討たせてもらわねぇとな。 兄貴分としての務め、果たさせてくれや」
「きゃ……っ!」
それはそれとして、こうして取り巻きどもをやられておいて大人しく引き下がるなどという兄貴分として情けない事を受け入れられる筈もなく、せめて一太刀と覚悟を決めつつヴァーバルとは対照的に。
「怪我はない? あるなら治してあげるよ」
「ひぁ、は、はい、大丈夫、です……っ」
「そう、なら良かった」
「ゆ、ユニ様……♡」
身の丈ほどもある凶悪な外見かつ諸刃造りの【鎌】を構える為に突き放した女性を片腕で抱き留める余裕を見せたユニは、その女性が実はファンクラブの会員だったと知る間もなく先程の女竜騎兵へ保護を任せつつ。
「ヴァーバルって言ったね。 そういうの、〝務めを果たす〟とは言わない。 〝後に引けない〟って言うんだよ」
特に武器や盾を構える事もない自然体のまま、せっかくの彼の覚悟を〝選択肢を奪われ、後退のネジを外さざるを得なかった哀れな男〟でしかないのだと、ただただ無情に事実を突きつけるとともに一呼吸置いてから。
「その残念な頭で理解できるかな──〝蛮族〟」
「……ッく、ははははは!!」
目の当たりにした野次馬たちが思わず心を奪われてしまうほどに美しく、それでいて冷徹な微笑を浮かべつつ職業でも何でもない蔑称を告げられた事実をヴァーバルは逆に笑い飛ばし。
「言ってくれんじゃねぇか、転職士風情がよぉ!!」
だからといって怒っていない訳ではなかったらしく、すっかり竜騎兵や警察官によって人払いが済んだ事で出来上がっていた人垣による小さな戦場を舞台に戦いの幕が上がる。
……勝敗の解り切っている、無味無臭な戦いの幕が。