ほぼ蛮族な傭兵
騒ぎを起こしている男と、その取り巻きの男たち。
ユニからすると、彼らは雑魚同然の有象無象ではあるが。
そんな彼らを取り囲みつつも手を出す事はできていない竜騎兵や警察官たちにしてみれば、おそらくそうではないのだろう。
取り巻きの男たちはともかく、あの騒動の中心に居る男は竜狩人基準でもAランク下位くらいの実力はあり。
ユニの見立てでは1番強くてもBランク中堅程度しか居ない竜騎兵や警察官だと、束になっても敵わない相手なのは間違いない。
しかし竜騎兵はもちろんの事、警察官もまた特殊な職業。
敵を倒したり殺したりする事が目的ではなく、あくまでも各国の法に則って〝捕らえる〟事に特化した職業なのだ。
その為、扱う技能の殺傷能力は他の職業と比較すれば相当に低くはあるが、その分Lvや適性に多少の開きがあっても通用するという、まさしく特権じみた力を持ってはいる。
とはいえ、あくまでも〝多少〟。
竜狩人基準でランク1つ分、Lvについても結構な差があると見える彼らでは、あの男を取り押さえる事は難しく。
おまけに、あの男が常に被害者女性に触れているという事実も捕縛の難しさに拍車を掛けていると言えるだろう。
警察官たる者、人質に傷を負わせるなど以ての外だから。
そして、おそらくあの男もそれを理解した上で弱者を弄んでいるのだろうな──とユニが全貌の把握を終えた辺りで。
「……あれでも一応、〝傭兵〟なのです。 あの男が言っていたように、この半年間で随分と数を減らしてしまった我々竜騎兵や警察官の穴埋め役とでも言いましょうか」
アズールは、あんな粗暴極まる男でも現状の自分たちだけでは対処し切れない厄介事への対応を金銭を貰う事を条件に対処する、〝傭兵〟なる職業に就いている立派な補充要員であるのだと明かし。
ユニが看破した通り実力だけは高いあの男は、ここら一帯の厄介事の対処を任された傭兵の纏め役であるらしいのだが。
「余計な厄介事招いてるようにしか見えないけど」
「耳が痛い話です──……少々お待ちを」
誰がどう見ても、あの男自身が厄介事そのものであるようにしか思えない、そんな正論を投げかけられたアズールは片手で頭を抱えながらも更に野次馬を掻き分けて騒動の中心へと足を踏み入れ。
「そこまでにしてもらおうか、〝ヴァーバル〟」
「あぁ? 何だよ良いとこなのに──」
その男──どうやらヴァーバルという名らしい──へ声をかけると共に全員の視線を集めさせ、そんなアズールに気がついた男が興を削がれたといった具合に顔を向けたところ。
「……はッ、アンタかよ兵長サマ。 ちょうど、お宅んとこの軟弱な兵隊どもをポリ公共々鍛えてやってたところだ」
「なッ、そんな事実はない! ふざけるのも大概にしろ!」
アズールの出現にも驚く事なく決して尊敬の念などない敬称付きで彼を煽りつつ、あろう事か今この場で起きている事は全て報酬ありきの補充要員でしかない己にさえ劣る竜騎兵や警察官を訓練してやっていたが為の騒動だと悪びれもせず曰い出し。
当然ながら、そんな突拍子もない事実はないしあり得ないと1人の女竜騎兵が強く断言するが、それをヴァーバルは鼻で嗤い。
「おいおい、ビビって囲むしかなかった癖に兵長サマが来た途端に口数が増えたなぁ? ついでにヨシヨシしてもらったらどうだ?」
「この……ッ」
残念ながら否定のしようのない事実でしかない〝何もできなかった〟という現実を突きつけられ、いよいよ彼我の戦力差すら考えられなくなるほどに怒りを抱いた女竜騎兵が抜剣しようと柄に手を掛けた瞬間。
「……2度も言わせるつもりか、ヴァーバル。 その女性を解放し、大人しくこの場を去れ。 さもなくば──」
それを片手で止めたアズールは、ユニの見立てでも竜狩人基準でAランク上位相当の実力を身に付けていると思われ、その強者特有の威圧で以て取り巻き共々さっさと消えろと警告したものの。
「さもなくば、何だ? 勘違いすんなよ兵長サマ! 俺らは他の奴らと違って、きっちり仕事はこなしてんだぜ!? ここらで起きてた犯罪が一気に減ったのは誰のお陰だと思ってんだ!?」
「……ッ」
他の奴ら──つまり他の地区で雇われている本当に野蛮な傭兵たちと違って、とても真面目にとは言えないが与えられた役割そのものは果たしているというヴァーバルの主張に、アズールは僅かな葛藤とともに口を閉ざす。
実際、とある問題が発生してから竜騎兵が数を減らしてしまった事で、『王都の護りが薄くなった』と考えた悪党が引き起こす厄介事によって跳ね上がっていた警察官の殉職率が、ヴァーバルを始めとした傭兵たちを雇うようになってから右肩下がりの傾向にあるのも事実。
犯罪件数も随分と減少しており、確かに王都全体の治安そのものは良くなっているのだろうが。
それも傭兵が起こす諍いとで、トントンである以上。
「……やはり、貴族方の判断は間違っていたのだな。 貴様らは一時の薬にこそなれど、あとは毒にしかならない。 もはや無用の長物だ、ここらで決着をつけようか」
「そのテメェらが不甲斐ねぇから代わってやってんだろうがよ! おいテメェら、ちっと解らせて──」
そもそも傭兵を雇うと決めた国政の上層部、自分たちの面子をこそ重んじる〝貴族〟の判断など呑むべきではなかったと悔いるアズールにカチンときたらしいヴァーバルは強制的に話を終わらせるとともに取り巻きたちを嗾けようとしたが。
一向に、取り巻きたちから返事が聞こえてこない。
返事をするまでもなく暴れ始めたのかと思えば、およそ何かを割ったり壊したりしているような音も響いてこない。
「──……あ? おい何だ、どうした……?」
俄かに抱いた違和感とともに、ヴァーバルが振り向くと。
そこに居たのは、ヴァーバルどころかアズールさえも凌駕する絶対強者、世界に10しか居ないSランク狩人の1人。
「……これじゃあ何の為に私たちが鍛えてあげたのか解らないじゃないか、アズール。 あんまり失望させないでほしいな」
「ユニ殿……!」
いつの間にか、それこそ取り巻きたち自身さえ気づかぬほどの一瞬で彼らの意識を奪ったと見える【最強の最弱職】、ユニが露骨に溜息をこぼしていた。