大盛況の町中で
そして、あれから3日後。
トータスの町は、『賑わっている』などという表現では足りないほどの大盛況となっており、いつもとは比べ物にならない観光客の波が決して広いとは言えない大通りを埋め尽くす。
多種多様な屋台が所狭しと立ち並び、ちょっと一風変わった虹の橋の〝ファンクラブ〟が実施するグッズ販売までもが他国からの年若い男女で溢れ返る中、誰かがその6人の存在に気がついた。
「──おい、あれ〝白の羽衣〟じゃねぇか?」
「えっ? うわ、本物だ……!」
「新進気鋭のAランクパーティー、か……あいつらもわざわざ他国から見に来たんだな、虹の橋の今後を決める戦いを」
どうやらその6人はユニたちと同じ竜狩人であり、ランクは1つ下のAに昇格したばかりとなる新進気鋭のフレッシュな6人組のパーティーであるという。
「いやー盛り上がってんなぁ、今日この町でSランクパーティーが1つ消えるかもしれねぇってのに野次馬どもは呑気なもんだぜ」
そんな白の羽衣の一員である〝武闘家〟──ATKとSPDに優れた前衛の基本職──の男性は、その細く引き締まった肉体を隠す気のない薄手の武道着と純白の額当てを身につけて大通りを闊歩しつつ、『イベントか何かと間違えてんじゃねぇか』と毒づくも。
「アンタも似たようなもんじゃないっすか? 大体、両手に食いもん持ってるやつの台詞じゃないっすよそれ」
「……うるせぇな、いいだろ別に」
右手にフランクフルト、左手に焼き鳥という状態で言われても説得力がないだろうと、職業柄かあまり目立たぬ意匠の軽装と首元の白いスカーフが特徴的な〝盗賊〟──DEXとSPDに優れた中衛の基本職──の少女から突っ込まれた武闘家の男性が気まずげに目を逸らす一方。
「今日1日だけでも、この大盛況なら経済効果は充分すぎるものがあるでしょうけど……虹の橋の喪失における損害を埋められるとは思えないんですよね、どうしても……」
きょろきょろと忙しなく大通りに並ぶ様々な店の盛況ぶりを他の5人と違う目線で見ていた〝商人〟──他の職業に能力値で劣るが有用な技能を扱える後衛の基本職──の小柄な少年は片眼鏡に付けた白い紐を弄りつつも、どうやら虹の橋がどうとかいうよりドラグハートと他国との均衡が揺らぐ事へのリスクを憂慮しているようだった。
実際、他国からの侵攻うんぬんよりも単純に、ドラグハート一強だった国力の序列が虹の橋の喪失によって入れ替わりる事の方が、貿易などの観点から見ても不味い事になりそうな気がしてならなかったようなのだが。
「でも、それってトリスちゃんたち3人が勝つ前提の話よね? 私、ユニちゃんが敗けるところなんて想像できないのだけど」
そもそも、そういう類の憂慮は全てユニがトリスたち3人に敗北し、スタッドが──スタッドだけが離脱を許可した場合の話であって、どうやらユニたちと多少なり付き合いがあるらしい〝魔術師〟──INTとMNDに優れた後衛の基本職──の豊満で形の良い胸を隠そうともしない妖艶な女性は、その露出多めな胸の谷間から白が基調の懐中時計を取り出して時間を確認しつつ、トリスたちが弱いなど口が裂けても言えないが、それでもユニが敗北する事の方が100倍想像し難いと正直に語り。
「あー……確かになぁ。 その辺どうなんだ? リーダー」
「んん、そうだね……」
何かを振り返るようにして魔術師の意見に同意した武闘家は、ここまで難しい表情で沈黙を貫いていた白の羽衣の頭目であるところの戦士──ATKとDEFに優れた全ての基礎となる前衛の基本職──の金髪紫眼かつ腰に差した【剣】に付けた白の下緒が特徴的な美男子に『どう見る?』と問いかけ、それを受けた彼は数秒ほど思索した後。
「……少なくともあの4人は、それぞれが単独で白の羽衣を殲滅し得る力を持ってる。 その中でも、リーダーを務めるユニさんの強さは群を抜いてるんだ。 彼女があの職業に就いているという事を考慮しても、やっぱり勝つのは──」
Sランクであるユニとトリスは当然だが、彼が言う事には何と同じAランクである筈のハヤテとクロマもまた単独でAランク6人を圧倒する実力を持っていると前置きし、どういう心境からかユニの職業を不明瞭に、そして他の職業に劣るとでも言いたげにしつつも、やはり勝利するとしたらユニではないかと断言しようとした──……その時だった。
「──おや? おやおやこれは! お久しぶりですねぇ皆様! Aランクパーティーへの昇格、誠におめでとうございます!」
「……あぁ? テメェ確か、魔導師の……」
突如、5人の会話に割って入ってきた不自然なほど快活な男声に全員が視線を向け、おそらく心にもないのだろう昇格を祝う言葉に対して怪訝そうな表情を浮かべた武闘家が、ローブ姿のその男を魔導師と呼んだ瞬間、彼は嬉しそうに口を歪めてから。
「えぇ! ドラグハート支部の〝筆頭魔導師〟、〝スプーク=マジェスティ〟にございます! 白の羽衣の皆様に於かれましては、ご機嫌麗しく!」
「アンタのせいで麗しくなくなったっすけどね」
「ははは、ご冗談を!」
まるで己の天下だと言わんばかりに職業と名前を高らかに叫び、それを『何だ何だ』と囁きつつも野次馬のように見守る周囲の視線も気にせず恭しく一礼する彼の姿に、盗賊の少女は心から嫌そうな顔でそう吐き捨てる。
魔導師とは、狩人の職業の1つである魔術師とは違い。
技能に依らない〝魔術〟の行使を可能とする者たち。
技能などという神々の気まぐれには縋らぬ、我々は1人の人間として真摯に魔術と向き合っていると豪語する者たち。
それゆえ彼らは魔術師だけでなく狩人全体との折り合いが悪く、こうして顔を合わせるだけでも険悪になってしまい。
「……何の用かな? 悪いが急いでるんだ」
「ふふ、余裕のない男は嫌われますよ?」
「っ、貴女……!」
「やめるんだ」
「でも……っ」
「こんな往来で戦闘に及ぶわけにはいかないだろう?」
「……っ、そう、ね。 ごめんなさい」
このように、いつもは余裕を持って他者と触れ合う戦士や魔術師なども露骨に嫌悪し、そして些細な煽りにも大袈裟に反応してしまうのである。
「構いませんよ。 私は今、気分が良いんです。 何しろ、女王陛下のお気に入りというだけでSランクに成り上がった勘違い女が、3on1で叩きのめされる無様な姿を拝めるのですからね!」
「……ユニさんの事を言ってるんですか?」
そんな不毛極まるやりとりも、どうやらユニを毛嫌いしているらしい彼にとっては、『ユニが3対1でボコボコにされる』という事実だけで許せてしまうと曰い、それが暗に告げたものであってもユニの事を言っていると理解できてしまった商人が元々細い目を更に細めながら尋ねたところ。
「当然でしょう? あれの職業は〝転職士〟、全ての職業の中で最も弱いと云われ続けて久しい最弱職! 仮に適性がSランクだったとしても、Sランクの狩人にまでなれるとは到底思えないのです!」
「それ、は……」
彼はそれをあっさりと肯定するとともに、ユニの職業である転職士──誰もが最弱と認める前〜後衛の基本職──の弱さを考慮すれば、Sランク狩人になっているという事実そのものが不可解だと主張し始める。
そこに女王陛下の意思を感じざるを得ないほどだと。
先述した通り転職士もまた基本職の1つであり。
白の羽衣に存在しない唯一の基本職でもある。
何故、彼らは転職士の加入だけを避けたのか?
それは、彼の言う通り転職士が最弱の職業だからだ。
転職士が持つ他の職業にはない唯一絶対の利点は、その名の通り他の職業への切り換えを技能によって自在に行えるという点にある。
本来、最初に選んだ基本職から職業を変更する為には協会ではなく〝神殿〟という場所に赴き、〝使徒《ファミリア〟と呼ばれる特殊な職業に就いた自称神の使いの技能によってのみ転職が可能となるのだが。
それを狩人の身で可能としてしまうのが、転職士。
わざわざ神殿まで赴き、お布施と称して高い金を払う必要もなく、TPOに応じた職業に切り換えできると考えればパーティーに1人は欲しい存在だ──と思うかもしれないが。
その利便さの代償か、転職士自身が他の職業の力を扱う場合のみ全ての職業における能力値、及び技能の威力や効力などが永続的に半減するだけでは飽き足らず、それでいて消費するMPだけは倍になる始末。
挙句、転職士自体の能力値は他の全ての職業に圧倒的に劣るという徹底した弱体化っぷりを鑑みれば、いくら先述した唯一絶対の利点があったとしても、その辺の一般人にも劣る能力値しか持たないお荷物を連れていくのはごめんだと考えるのが普通なのだ。
これこそが、普通の転職士の扱いなのだ。
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