いざ、結界の中へ
それからユニは、ドラグハートの心臓部がゆえの厳しい検問をパスして王都へ足を踏み入れる事ができていた。
竜騎兵たちとともに居たからというのもあろうが、そもそもユニは当代の女王に気に入られている都合上、他の狩人より王都を訪れる機会も多く、それこそ新米でもなければ大抵の王都民は彼女の外見を知っていたという事の方が大きいだろう。
そして、アズールから檄と指示を受けてユニへの認識を改めさせられた竜騎兵たちと別行動となった途端。
「……ユニ殿、申し訳ございませんでした」
「彼らの態度の事? 別に気にしてないよ」
「いえ、そういう訳には……」
見た感じ45度、謝罪の意を示す角度で頭を下げたアズールの意図、部下たちの無礼を詫びさせてほしいと伝える前にそれを看破したユニは手をひらひらと振り、どこ吹く風と受け流すが。
当代の女王陛下へ捧げているものと同程度とまではいかないものの、それ相応の尊敬の念をユニへ抱いているアズールとしてはそういう訳にもいかず。
「実を言うと、ユニ殿や虹の橋の──……失礼、元虹の橋でしたな。 皆様方に付けていただいた稽古に参加していた精鋭たちは、その……」
せめて事情をと語り出したアズールは、すでにユニが王都を訪れた理由を把握していたのか〝元〟と訂正しつつ、ユニたち4人に稽古を付けてもらった数十人規模の精鋭と呼べる竜騎兵や、その者たちが駆る竜化生物は皆──。
「……殆ど、殉死してしまっているのです」
「え、あの時の面子がかい?」
「えぇ、不甲斐ない限りで……」
あの時の顔触れが随分と減っている──と述べたユニの言葉通り全員とまではいかずとも、およそ9割近くが任務中に死亡したのだと明かし。
自分たちには流石に及ばないが、それでも弱卒と呼べる者は居なかったと記憶しているユニからすると、まさかと思わずにはいられなかったものの、アズールはただただ情けないと自虐的な溜息をこぼす。
もちろん、そこには己も含まれている。
何しろ彼は、部下の殉死を阻止できなかったのだから。
……閑話休題。
2人は今、巨大かつ堅牢な門を抜けて王都の中心部に威風堂々と建立された巨城へと続く大通りを進んでいたのだが。
「もしかして、半年前に比べると王都の活気がなくなってるように感じるのも関係してたりする?」
「……何もかも、お見通しのようですな」
右を見ても左を見ても、〝屋台〟とはいえ決して安っぽくはない店の数々が立ち並び、いつ来ても活気で満ち溢れていた筈の大通りが何故だか半年前より随分と閑散としてしまっている事に気づいていたユニの結び付けに、アズールは観念したように息をつき。
「仰る通り、ここ王都アトリムでは今──」
精鋭たちが殉死した理由と王都が閑散としている理由、2つを紐付けるべく半年間で王都や自分たちに起きた事を語り出そうとしたのだが。
──ガシャンッ!!
「ん?」
「!」
「……何? 今の音」
と、いきなり何かが割れたり壊れたりしたような音に2人はほぼ同時に反応し、もう少し大通りを進んだ先にある店の方へと視線を向ける。
何やら体格の良い数人の男が暴れているのは解るが、それ以上の事は実際に向かってみなければハッキリとはしないだろう。
「百聞は一見にしかず。 ご同行、願えますか?」
「あぁ、そうしようか」
そして、その音を発生させるに至った騒動もまたアズールが語ろうとした事柄に関係していると暗に告げた彼からの提案に、これといって断る理由もなかったユニは彼とともに現場へ向かい。
たたでさえ長身で目立つのに、そこへレアネスト竜騎兵団兵長という肩書きが後押しした結果、大した労力もなく野次馬を押し除けられた2人が辿り着いた先では。
「や、やめてください! 離して……!」
狩人に当て嵌めるなら戦士や武闘匠、或いは〝狂戦士〟といった風体の何もかもが野蛮極まる男に、どこにでも居そうと言うには少し違和感のある美人寄りな女性店員が後ろから無理やり抱きつかれており。
「おいおい釣れねぇ事言うなよ姉ちゃん! 俺たちゃあ情けねぇ竜騎兵や〝警察官〟どもに代わって王都を護ってやってんだぜ!? 奉仕の1つぐれぇしてくれても罰ぁ当たらねぇだろ!? なぁ!!」
「「「……ッ」」」
世界一の大国たるドラグハートが有する世界一の竜騎兵団、レアネストだけでなく〝警察官〟と呼ばれる自治組織の職業に就く者たちまで下に見る発言をする男に対し、そんな男を逃がすまいと囲みつつも手が出せないでいる数人ずつの竜騎兵と警察官たち、という光景を見たユニはといえば。
「……リューゲルの気持ちが解るね、ああいうのを見ると」
冷めた瞳と声音で、ただただ静かにそう呟いていた。