兵長と兵士の温度差
ドラグハートの国王に代々仕える竜騎兵団、レアネスト。
彼らに限った話ではないが竜騎兵団には基本的に3つの隊が存在し、それぞれが全く異なる環境下で十全な働きができるように割り振られている。
陸棲生物を派生元とし、それでいて翼を持たない姿で産まれた竜化生物を駆ってを大地を征く〝陸竜部隊〟。
水棲生物を派生元とし、鰭や翼で優雅に泳ぐ竜化生物を駆って水中を征く〝海竜部隊〟。
そして、もう1つ。
陸棲も水棲もなく、翼を持って産まれた為に飛行を可能とする竜化生物を駆って天空を往く〝空竜部隊〟。
つまり、ここに居る竜騎兵や竜化生物たちは総じて3つ目の部隊に所属しているという事になる。
そんな空竜部隊に属する竜化生物たちは今、自分たちを駆る竜騎兵が敬礼したと同時に首をもたげていた。
……そう躾けられているからというのもあるだろうが。
仮に竜騎兵たちが敬礼していなかったとしても、おそらく彼らは能動的に首を垂れていた事だろう。
たとえ、この場に居合わせている味方全てが束になったとしても勝利し得ぬ相手だと本能で理解してしまっていたからだ。
その証拠に背に乗せた竜騎兵たちも気づかないほどに小さく、されど確かに彼らはカタカタと身体を震わせている。
……忠義を、恐怖が上回ってしまっているのだろう。
「お久しぶりでございます! お仲間の皆様とともに我々へ稽古を付けていただいて以来ですな!」
「そうだね。 もう半年前だっけ?」
「えぇ! 我々にとっても充実した時間でありました!」
「ふーん……」
「? あの、何か……?」
そんな竜化生物たちの感情の機微にも構う事なく、アズールと呼ばれた兵長は物腰柔らかにユニへ話しかけ、ユニの言う通り半年ほど前に虹の橋の4人で稽古を付けてもらった時の感謝を改めて述べていたのだが。
アズールではなく、アズールの部下たちの方へ視線を向けたまま露骨に何か言いたそうにしているユニに気がついて、アズールがユニの二の句を待っていると。
「その割には、あの時の顔触れが随分と減っているような気もするけど……この半年で何かあった?」
ユニが口にしたのは、ユニたちが稽古を付けた数十人の竜騎兵や竜化生物の殆どがこの場に居ないという事実。
この場に居る者は、つい先程の先遣隊3名を含めてユニが知らない者ばかりであると同時に、ユニを知らない者ばかりであるらしい。
事実、兵長の命令ゆえ敬礼こそ怠らないが、そこにはユニに対する敬意など大して見られないし、もっと言えば下に見ているようにも思える。
まぁ、ユニを知らない彼らからして見れば〝王都を護る結界の天辺に無許可で立つ、男か女かも解らない不審者〟な為、その態度も仕方ないと言えばそうなのだが──まぁ、それはさておき。
もちろん他の場所で別の任務に就いているという可能性も考慮した上で、あの時の面子はどうしたのかと、そして自分たちが訪れなかった半年間に何か起きたのかという疑問を呈したユニへ。
「……ご賢察、畏れ入ります。 詳細は後程」
「そ。 じゃあ──」
稽古を付けてもらった者たちの顔触れを覚えている事にも、その者たちの殆どが居合わせていないと気づいた事にも、この半年で何かが起きたと見抜いた事にも感服したと素直に称賛しつつ、ここでは何ですのでと恭しく頭を下げるアズールに、ユニは頷いてから。
「──せっかくだから君たちも一緒に下へ行こうか」
「「「ッ!?」」」
「これは、【通商術:転送】──」
何気なくそう言いながら、一切の予備動作もなく全員を含むほど巨大な【通商術:転送】を展開し、それに竜騎兵や竜化生物たちが驚く間すら与えず技能は起動。
「着いたよ。 アズール、付き添いを頼めるかな」
「ば、馬鹿な……ッ、これほどの人数を同時に……!?」
次の瞬間には結界の天辺から王都の門前へとユニやアズールを含めた全員が転移しており、その規格外の力に竜騎兵たちは一様に驚きを露わにする。
商人の技能、【通商術:転送】は入口と出口、2つの正確な座標を指定する必要があるものの、1人ならば大した労力にはならない。
だが複数人の同時転移となると、その人数と同じだけの入口と出口の全く異なる座標指定を行わなければならず、あらかじめ片方の座標を把握しておくくらいの事をしないと発動すらままならないのである。
そんな事は長く商人を続けている狩人でも難しいのに。
それを、こうもあっさりと──?
竜騎兵たちが嫌でも認識を改めさせられている中。
「光栄です──……【最強の最弱職】、ユニ殿」
「「「わ……ッ!?」」」
「「「ゆ……ッ!?」」」
付き添いを頼まれたアズールが頭を下げつつ、まるで自分たちへと言って聞かせるようなわざとらしい声音で以て、この世界を生きる者の殆どが耳にした事のある竜狩人の名と二つ名を口にすると同時に彼らは呆然としてしまう。
無理はないだろう、まさか自分たちが下に見ていた不審者がSランクの竜狩人で、しかもSランクの中でも最上位たる黄金竜の世代に属する【最強の最弱職】だったなんて思わなかったのだろうし。
その後、不可抗力とはいえ散々失礼な物言いをした先遣隊を始めとした部下たちに檄を飛ばしつつ次なる行動の指示をアズールが出す一方。
『……塵芥が』
知名度でしか彼我の戦力差を見極められない下等生物を、とことんまでに蔑む熾天使も居たりした。