王都の上空にて
ここからが第2章、〝王都アトリム〟編です!
引き続き、よろしくお願いします!
トリス渾身の【護聖術:白架】を当然のように躱し。
一瞬で座標指定を終えた【通商術:転送】を使って姿を消したユニは今、自由の身になってからの最初の目的地であるドラグハートの中心、王都へ向かっていた──。
──……というのは正確ではない。
何故なら、ユニはすでに。
「よし、着いた」
王都へと到着しているからだ。
当代の女王陛下と協会総帥の待つ王都〝アトリム〟へと。
……ただし、それも正確かと言うと少し怪しい。
何故なら、ユニが立っているのは。
「相も変わらず大仰な〝結界〟だなぁ。 こんなのなくても王都の兵力なら〝地上を蠢く者〟くらい対処できるだろうに」
広い王都を半球状に囲む半透明な結界の天辺だからだ。
この結界は、〝一定の周波数の音波を発し続け、特定の生物の結界の内側への侵入、及び結界の外側への接触を抑制する〟といった効果を持つ、デフォルメされた蝉のような造形の小さな彫刻型の迷宮宝具、〝アペヤキー〟によるもの。
基本的には地上に迷宮を護る者や迷宮を彷徨う者が出現する事はない為、特定の生物とは俗に地上個体と呼ばれる〝地上を蠢く者〟の事を指す。
しかしユニの言う通り、地上を蠢く者は迷宮を彷徨う者のほぼ下位互換、迷宮を護る者と比較すれば完全下位互換であり。
ドラグハートが世界一の大国と呼ばれる所以たる要素の1つである精鋭たちの事を思えば、これほど強く大きく結界を展開する意味はないのでは──。
──……という何気ない疑問を。
「君もそう思わない? 〝フュリエル〟」
ユニは、ふと後ろを振り返って誰かに尋ね出した。
だが、そこには誰も居ない。
人間はもちろん、竜化生物すらも。
しかし、ユニの目には確かに見えている。
ある一定の強さを持つ者には見えるようになっている。
黄昏時を思わせる茜色の長髪の上には2重の光輪が。
一見すると頼りなくさえ思える細い背には6枚の白翼が。
白銀の軽鎧と純白の外套を組み合わせたような服からは、すらりとした色白の手足と彫刻のように整った美貌が。
フュリエルと呼ばれた〝人ならざるもの〟。
その正体は天界に存在する〝神の代行者〟──〝天使〟。
普通の人間では姿どころか声を聞く事さえできず、狩人であっても特定の技能を使わなければ存在を知覚する事もできない崇高なる存在。
『いえ、特には。 正直、興味もありませんので』
「おや、手厳しいね」
そんな崇高なる存在は端正極まる無表情を浮かべたまま首を横に振り、ユニからの問いに〝非〟と答えるとともに『下等な存在に興味を持てと?』と暗に人間を見下す旨の言葉を吐き捨てる。
実際、天使からしてみれば人間どころか竜化生物さえ路傍の石に相当するかどうか程度の存在でしかなかろうが。
……だとすると、1つの疑問が湧いてくる。
何故、天使が1人の人間の傍に居着いているのか?
という誰もが抱いて当然の疑問が。
しかし、その疑問は即座に解消される事となる。
『……気に食わないのですよ。 天界に4柱のみ存在する最高位の天使、〝熾天使〟。 その一角たる私を赤子の手を捻るが如く倒してしまうほどの力を持つ貴女様を、たかが一国の王風情が呼びつけるなど──』
フュリエルと呼ばれた天使は、つい先ほどまで浮かべていた無表情に少しだけ苛立ちの感情を乗せつつ、まるで人間のように『気に食わない』と素直に吐露するとともに、さもユニをこそ至高の存在だと言わんばかりに称賛しながら、ユニが呼びつけられた事に対する怒りをこぼし続ける。
……が、そんな事よりも。
フュリエルは今、途轍もなく衝撃的な事実を口にした。
己が天界における最高位の天使、〝熾天使〟だという事を。
天使の位階は全部で9つ。
天使、大天使、権天使の下から3つが下位3隊。
能天使、力天使、主天使の真ん中3つが中位3隊。
そして座天使、智天使、熾天使の上から3つが上位3隊といった具合に区分されており。
天界における唯一絶対なる支配者、〝唯一至上神〟と直に接触する事ができるのは上位3隊に属する天使のみ。
中位以下6つに属する天使は上位3隊に属する天使からの命令を神の命令に等しいものとして従い、そうして天界は機能しているのだという。
そんな天界に、たった4柱しか存在しない熾天使の一角が何故ユニに付き従っているのか。
彼女の言う通り、ユニに敗北したからである。
そして、それは彼女の他にもユニに付き従っている〝人ならざるもの〟についても同様なのだが──……それはそれとして。
くどくどと天使には相応しくない愚痴をこぼしていたフュリエルが、ふと端正な顔を別の方へと向けたかと思えば。
『──……分、不相応な……』
「どうしたの?」
紡ごうとしていた愚痴もそこそこに、髪と同じ茜色の瞳を細めながら何かを見ようとしている事に気がついたユニの問いかけに対し。
『……ユニ様、数十体の飛行生物が高速で接近してきております。 今のところ目立った害意は感じられませんが、よろしければ私が──』
どうやら複数の何かが急速に迫って来ている事を察知していたらしいフュリエルは、従者として当然であるところの露払いを務めようと右手に白く輝く炎を纏わせつつ明確な敵意を匂わせたが。
当のユニは『あぁ、あれね』と、さも最初から気づいていたとばかりの素っ気なさを見せるとともに。
「それは放っておいていいよ。 多分、顔見知りも居るから」
『顔見知り?』
「そ。 ほら、噂をすれば──」
きっと顔見知りだから攻撃はしないでね、とお願いしてきたユニの言葉にフュリエルが疑問を抱くやいなや、ユニたちの会話を遮るように乱入してきた大きな3つの影が1人と1柱を覆い。
「竜化生物ではない……? 貴様、何者だ!!」
手綱と鞍、そして何らかの組織に属している証と思われる紋章を身に着けた竜化生物を駆る、どう見ても騎士か兵士か何かなのだろう者たちからの恫喝めいた問いにもユニは動じず。
「──〝竜騎兵〟のお出ましだ」
ただ静かに、彼らが属する組織の名を告げた。