2日後の呼び出し
あの激闘から、2日──。
虹の橋の活動拠点かつ、その虹の橋による鏡試合が行われたトータスの町はもちろんの事、ドラグハート国内全土も、そして国外に至るまで、とある情報が広く素早く触れ回っていた。
★☆★☆★
──虹の橋の鏡試合、決着!
──勝者は【最強の最弱職】!
──パーティー離脱は必至か!?
──そもそもの原因は痴話喧嘩との噂も!
──女王陛下、協会総帥両名の裁決や如何に!
『いやぁ、ショックですよねぇ。 まさか内輪揉めでリーダーを離脱させるなんて……ちょっとガッカリというか』
『息子も飼い猫も……私自身も、戦いの最中だというのに救っていただきました。 世間的に何と言われようと、私たち家族は応援しています』
『たとえ虹の橋が虹の橋でなくなってしまっても、あの方々が狩人で在り続ける限り我々もファンで在り続けるッ!! そうでしょう!?』
『『『応ッ!!』』』
──渦中の4人は鏡試合終了後、人前に出ていない。
──続報を待て!!
★☆★☆★
「──ったく、好き放題だな……」
「まぁゴシップ誌ですからね」
ポイッと苛立ち混じりに机に雑誌を放り投げる協会長、スタッドが溜息とともにこぼした記者たちへの苦言に対し、『連中、他人の秘密を暴く事だけが生き甲斐ですし』と同調するハルシェ。
ちなみに、この世界ではドラグハートを中心として結構な製本、及び製紙技術が確立されており、数年前までは羊皮紙が主流だった国も新聞や雑誌などの流通が当たり前となっている。
これも虹の橋の、延いてはユニの功績だったりするのだが、その技術を用いたゴシップ誌の記者たちに付け狙われてしまう事になるとは何とも皮肉な話である。
「……お、来たか。 時間通りだな」
そんな中、協会長室の床に鮮やかな鈍色に発光する幾重にも重なった円陣が出現し、その中心から姿を現したのは。
「よっと。 やぁ、2日ぶりだね。 スタッドさん」
「あぁ、急に呼び出して悪かったな。 ユニ」
「気にしないでいいよ、元はと言えば私たちの内輪揉めが原因の騒動なんだからさ」
「……そこは自覚してんだな」
渦中の勝利者ユニであり、【通商術:転送】から現れた彼女が全く悪びれる様子もなく、そもそもの騒動の原因が自分たちにあると理解したうえで何の変わりもない爽やかな笑みを浮かべている事にスタッドは眉を顰めこそしたが、そんな些細な事に言及している場合でもない為。
「まぁ良い。 今日お前を呼んだのは、これを渡す為だ」
「手紙……が、2通か。 思ってたより少ないね」
すぐに話を本題に持っていくとともに、スタッドが取り出したものをハルシェ経由で受け取ったユニは、それが質の良い高級な紙と明らかにやんごとない立場の者が使用する類の封蝋を捺された2通の手紙であると理解すると同時に、たった2通かと
何しろ今回の騒動でユニは虹の橋を離脱し、4人揃って虹の橋だと認めていた国や協会の意に背いた形となるのだから、もっと多方面から山のように来ていてもおかしくないと推測していたからだ。
しかし、どうやらユニの推測は正しかったようで。
「んなわけねぇだろ。 お前、っつーか虹の橋宛の手紙は100通やそこらじゃ済まねぇよ。 つっても、その殆どはお前らにゃ何の利益もねぇ勧誘話だったからな。 こっちで勝手に返信しといたぞ」
呆れ返った様子で溜息をつきながら足元から片手で持ち上げるようにして机に載せた大きな箱の中には、これでもかと手紙が敷き詰められており、その数は優に100を超えているだけでなく未だに協会へ届き続けているらしいが、その殆どはユニやトリスたちにとって一切のメリットがない他国の協会やパーティー、或いは全く別方面からのスカウトだったらしく。
「……まだまだ終わりそうにないんですよ、返信作業」
「それは大変だね、お疲れ様」
「……っ、はぁ……」
まるで他人事のように、ハルシェを始めとした職員たちの努力を労うユニの態度に一瞬イラッとしたものの、ユニの顔が良すぎるせいでいまいち怒り切れず溜息をつくに留まっていた。
「で、その2通の差出人についてだが──」
「女王陛下と、協会総帥だろう?」
「──……ま、流石に解ってるよな」
それから、ん"ん"っと咳払いして話題を戻すべく手紙の差出人について触れようとしたスタッドだったが、すでにユニは見当がついていた──というか十中八九その両名から何らかの形での接触はあるだろうと踏んでおり。
「先に王城、次に竜狩人協会本部か。 忙しくなるなぁ」
「簡単に言いやがって……」
何の気なしに手紙を開け、そこに丁寧な字で記されていた自業自得とはいえ面倒極まる内容──すぐに裁くから〝王都〟へ来いといったもの──と、その日時を確認したユニがこぼした愚痴に出てきた場所の途方もなさに、そしてユニの軽々しさにまたもスタッドは呆れつつも。
「お前の処罰については向こうで決定して、トリスたちの処罰は全員が目覚めてから追って手紙を寄越すらしい。 まぁ流石にランク降格なんて事にゃあならねぇと思うが、迷宮宝具の押収くらいは覚悟しとけよ」
「別にいいけどね、どっちでも」
その手紙には記されていなかったと見える、ユニやトリスたちに対する処罰──Sランクパーティーを潰したのだから当然と言えば当然──も王都で全てが裁決されるらしく、世界への影響を鑑みれば各々が所有する迷宮宝具の押収はされるだろうというスタッドの推測に、いかにもユニは興味なさげに手紙を【通商術:倉庫】に仕舞う。
狩人である必要はあるが、Sランクである必要はない。
……そう言っているようにしか聞こえなかった。
そして、それじゃあ私はと再び【通商術:転送】を発動させて協会長室を後にしようとしたユニへ。
「……っ、あの」
「ん?」
ハルシェが、ふと何かを思い出したように声をかける。
それを受け、くるっと振り向いたユニに対して彼女は。
「いずれ離れなきゃいけないって解ってたなら、どうしてパーティーを組んでたんですか? 貴女なら1人でも同じだけの──いえ、それ以上の活躍も可能だった筈です。 それなのに……」
「んー……まぁ、強いて言うなら──」
ずっと気になっていた事──何故あの3人とパーティーを組む必要があったのか、ユニなら1人で充分な筈なのにどうしてという抱いて当然の疑問をぶつけ。
そんな疑問を投げかけられるとは思っていなかったのか、たった今から考え始めたユニの答えを待つ事、約5秒──。
「──……〝布石〟、かな」
「……はっ? ふ、布石?」
「そ。 私の夢を叶える為のね」
「ど、どういう──」
返ってきたのは、ユニがユニ自身の〝夢〟──狩人でなければ叶わない夢を成就させる為に必要な〝布石〟だという何とも要領を得ない解答であり、そんな答えでは何も解らないハルシェはまたも質問しようとしたものの。
「じゃあ、そろそろ行くよ。 遅刻して叱られたりしたところで痛くも痒くもないけど、少しでも印象は良くしておきたいしね」
「あ……っ、は、はい──」
流石に最低限の良識くらいは持ち合わせているユニは、いくら何でも女王陛下の呼び出しに遅れたらマズいだろうと理解していたようで、ハルシェの問いを無視して【通商術:転送】へと足を踏み入れようとした──。
──その時。
「──……なァ、ユニ」
「ん? まだ何か──」
今度はスタッドが神妙な声音でユニを呼び止め、まだ何か言いたい事でもあるのか──そう言って振り返ったユニの視界へ真っ先に映り込んできたものは。
「ッ!? ちょっ──」
突然の事態に驚きながらも動く事すらままならないハルシェがただただ目を剥くほどの、スタッドの速攻による右拳だった。
ユニは、ほんの少しも動揺していないが。
コンマ数秒とかからぬ内の接触は避けられない。
そして、ヒノモトの神の力さえ相殺してみせた拳で以て。
スタッドは、ユニの綺麗な顔をぶち抜いた──。
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