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竜を、猫に。

 いよいよ竜化の解除──というより、そもそも生まれついて竜化している迷宮個体を〝まだ竜化を経験していない普通の猫〟に変異させるとともに、もう2度と竜化因子が暴走しないようにする為の対処に挑むクロマ。


「っ、ふぅ……」


 覚悟は確かに決まっていても、やはり生来の臆病さは抜け切れておらず、ふるふると小刻みに手や足が震えていたが。


「ここからが本番だよクロマ」


「! う、うん……っ」


「もし君が竜化の解除を成せば私が抜けても君の価値は下がらないし、むしろ上がるだろうね」


「そう、かな……?」


「君が望んだ、〝私からの自立〟も叶うよ」


「それは……うん、そうだよね……」


「ちゃんと見てるから。 さぁ、やってごらん」


「っ、うん……!」


 いつの間にか少し後ろに立っていたユニからの手厚い激励の数々は、ほんの僅かに燻っていたクロマの怯えを取り払い、魔力を完全に吸収しきった事を悟ったクロマは鈴猫竜に当てていた杖を離しつつ。


(……竜化病を治す方法は、切除か投薬の2つ。 でも、それは人間にしか通用しない。 人間以外の生物は竜化病に対する抗体を持って生まれるから)


 先述した竜化病の治療法、切除か投薬かという2択については把握しているものの、それは一切の抗体を持たないで生まれる人間という種だからこそ価値を持つ治療法であり、()()()()ではどちらを選んでも意味はないと彼女は理解していたが。


(でもボクに、それ以外の治療法なんて思いつかない。 だから、まずはこの鈴猫竜れいびょうりゅうを人間と同じ()()()()()()()()()()()()()()()にさせる!)


 だからといって専門家でもない以上、それ以外の治療法など知る由もないクロマにできる事は、その2つの治療法が意味を為す身体に鈴猫竜れいびょうりゅうを変化──もっと言えば改造する事だけ。


「【賢才術:万能(マルチスペル)】、【回復ヒール】──【執魔刀手術エクスオペレーション】」


 そう決意したクロマはカドゥケウスを掲げ、すでに物言わぬ身体となって修練場の地面で丸くなっている鈴猫竜れいびょうりゅうに向けて何らかの最上級魔術ハイエンドスペルを発動したのだろうが、これといって何も変化は見られない。


「今、クロマさんは何を……?」


「……体内の竜化病への抗体を、あの鈴猫竜れいびょうりゅうが噛み砕いて呑み込んだままだった【神風鳥】の斬れ味鋭い風の羽を極小の手術刀メスに変えて切除して体外に排出させているようですね」


「っ、マリアさん……!」


 それに疑問を感じた商人トレーダーの呟きに答えたのは、すでに死傷者の蘇生と治療を終えて戻って来ていたマリアであり、【神風鳥ウィングストライク】は体内から冷却する為だけじゃなくて、あの鈴猫竜れいびょうりゅうの体内で循環させた斬れ味鋭い風の羽をメスとして使う為でもあったのだと解説する。


 たった1mmでもズレてしまえば全てが台無しとなる超精密な手術を、この時点で100回近く成功させており、ここからもまた数百以上の繰り返しが必要になるという、まさに言葉通りの神業だった。


「……そんな事ができるなら、そもそもの原因の竜化因子を取り除いた方が早いんじゃないんすか?」


 とはいえ盗賊シーフの言う通り、そんな神業を可能とするなら抗体の切除なんて遠回しな事をせずに直接の原因たる竜化因子を切除した方が効率的なのは誰の目にも明らかではあったのだが。


「竜化因子は、いくら取り除いたところで生きてる限り何度でも体内に生成される。 だが1度でも竜化病を患い、そんで治った生物は2度と竜化病を患う事はねぇ。 治療の方が確実だと踏んだんだろ」


「なる、ほど……」


 残念ながら竜化因子はドラグリアに棲まう生物の肉体から完全に消滅する事は決してなく、その代わりというわけではないだろうものの1度でも竜化病が発症し、それを治療できた暁には2度と竜化病には罹らないと世界的に知られており。


「……っ、よし、これで……次は……」


 そんなリューゲルの解説で納得できていた商人トレーダーをよそに、どうやらクロマの作業はようやく第1段階が終了したようで、すでに随分と消耗した様子ではあるが間を置かずに第2段階へと移行しようとしたものの。


(……多少の痛みじゃ起きないとは思うけど、一応……)


 第2段階は被術者──今回で言えば鈴猫竜れいびょうりゅうへ多少なり痛痒がある作業であるらしく、ほぼ仮死状態と呼んでも差し支えない今の鈴猫竜れいびょうりゅうなら目覚めないだろうとは思っていたが、それでも念の為にとカドゥケウスを掲げ。


「【賢才術:万能(マルチスペル)】、【回復ヒール】──【無痛針アネスティング】」


「えっ!? み、ミケを刺した……!?」


 魔力で作った大きな注射器をいくつも顕現させ、それの鋭い針をを鈴猫竜れいびょうりゅうの身体へ突き刺し、その中にある透明な液体を注入する光景を観ていたラントは思わず驚いて身を乗り出したが。


「大丈夫よ、あれは麻酔の魔術だから。 貴方の飼い猫が痛みで苦しんだりしないように気遣ってくれてるの」


「そう、なんですか……? なら、良かった……」


 マリアから治療済みの者たちの看護を任されていた後衛職の狩人ハンターは、この距離からでも麻酔の魔術である事を看破していたようで、ラントを安心させる為に小さな頭をポンポンとし、それを聞いたラントが安堵の息をこぼす一方。


「【賢才術:万能(マルチスペル)】、【回復ヒール】──【皮剥刀ザンピール】」


「角、牙、爪、鱗、翼、尻尾……〝普通の猫〟に不要な部位の不要な部分だけが正確に削られていく……ッ」


 クロマは次なる作業に移るべく中級魔術ミドルスペルを発動、先のメスよりは遥かに大きく、注射器よりは小さい剃刀のような魔力の刃をいくつも顕現させ、サイズはともかく形だけなら普通の三毛猫に見える姿となっていく鈴猫竜れいびょうりゅうに観覧客たちの視線が集まる中、30秒ほどで不要な部分の切除が完了し。


 残す段階は、あと1つのみとなった。


 ちなみに【魔の理を識る者(マジックノウズ)】については、こんな面倒極まる手順を踏まずとも〝竜化の解除〟を脳内で思い描くだけで大した時間も取らずに成し遂げてしまうのだが──……まぁ、それはさておき。


(でき、た……! あとは──)


 この時点でクロマの精神力はかなり消耗しており、ユニとの戦いで元より限界寸前だった事も災いして。


「──クロマ、これを」


「え──う、わっ!?」


 何気なく声をかけられると同時にポイッとユニが投げた小さな〝何か〟を、そこそこ必死な様子で受け取るやいなや。


「私が()()()()リリパットだよ。 それで小さくしてあげて」


「使って、いいの?」


「もちろん」


「ありがとう、ユニ……」


 受け取ったそれ──透き通った小さな水晶のようなものは、どうやら鈴以外の形として錬金術師の技能で錬成した縮小化の能力を持つ迷宮宝具、リリパットだったらしく。


 元より、どうにか魔術で小さくしようとしていたクロマは『助けてもらっていいのか』と息も絶え絶えに問うも、ユニから返ってきた答えに『これが最後だからね』という言葉が暗に含まれていた気がした為、ありがたく使わせてもらう事にした。


「ま、【賢才術:万能(マルチスペル)】、【支援サポート】──【マグ】……」


 そして、クロマは奇しくも先ほどの鈴猫竜れいびょうりゅうと同じように下がってくる目蓋を残った気力で持ち上げながら最下級魔術ロウエストスペルを発動、ユニから受け取った水晶型のリリパットを額に埋め込む形で接着させ。


 水晶が光り輝いたかと思えば、みるみる内に鈴猫竜れいびょうりゅうの巨躯が細く小さく頼りないものへと縮んでいき──。


「終わ、った……」


「「「お……ッ、おぉおおおおッ!!」」」


「凄ぇ! 凄ぇよクロマちゃーん!!」


「ミケ……っ、ミケ!」


 ラントが良く知る〝ミケ〟の姿で丸くなる三毛猫を見届けたクロマの呟きがこぼれた瞬間、観覧席のみならず修練場の外から観ていた者たちも、そして国内外からウアジェトで観覧していた者たちも皆、クロマの偉業にこぞって沸き立った。


 我先にと修練場まで降りてきて、ごろりと丸くなるミケに涙を流しながら駆け寄っていくラントを見て安堵したクロマは。


「……ユニ……ボク、できたよ……」


「っと。 あぁ、見てたよ。 頑張ったね」


「ユニが、見ててくれた、お陰で……」


 何よりも、そして誰よりも成功を願ってくれていた筈のユニの方を振り返ろうとしてフラつき、そんな自分を優しく支えてくれたユニへ成功したという事実と感謝の意を伝えようとしたが、ユニはゆっくりと首を横に振り。


「……次に君が目を覚ます時、私はもう君の傍には居ないだろう。 でも大丈夫、君はもう誰の陰にも隠れずとも強く生きていける。 また逢える日を楽しみにしてるよ、クロマ」


「う、ん……あり、がとう──」


 あくまでも、この偉業はクロマがたった1人で成し遂げたことであり──リリパットだけは手助けしたが──この鏡試合は変則的なものだったとはいえ間違いなくユニの勝利で終わる以上、クロマが目を覚ます頃にはユニは離脱済みとなっているだろうと語り。


 それでも、きっと今のクロマならユニが居なくてもやっていけると信じている──爽やかで優しげな笑顔でそう言ってくれたユニに、クロマは最後に力ない笑みを浮かべて礼を述べた後、()()()()()()()()()()()だけは伝えられぬまま、ゆっくりと眠りについた。


 そして、そんなクロマを支えたままの姿勢でユニは立会人であるスタッドへ無言で視線を送り、その視線の意図を察した彼は頷いてから一呼吸置き──。


「クロマ、戦闘不能! この鏡試合ミラーマッチは──ユニの勝利だ!!」


「「「うおぉおおおおッ!!」」」


「「「わあぁああああッ!!」」」


 修練場の、そして国内外の観覧客たち全てに向けて、ユニの勝利で鏡試合ミラーマッチの閉幕を告げたのだった。

『よかった!』、『続きが気になる!』と少しでも思っていただけたら、ぜひぜひ評価をよろしくお願いします!


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