猫は修練場で丸くなる
と、まぁ紆余曲折ありはしたが──……およそ2分後。
「つっても、この戦いはもうクロマの勝ちだ」
「え?」
「見てれば解るわよ、ほら」
まだ鈴猫竜は全くといっていいほど傷を負っていないというのに、リューゲルだけでなくフェノミアまでもがクロマの勝利を確信──というか、すでに勝利し終えていると断言した事で白の羽衣が釣られるように修練場へと視線を戻した時。
『ME、O……OW……ッ?』
「ん?」
ぐらり、と鈴猫竜の巨躯が揺らぎかける瞬間を目撃し。
それを観覧客たちが疑問視する間もなく、ダンッと地面を踏みしめた鈴猫竜は体勢を立て直して再び突進しようとするも。
「……動きが、鈍く……?」
「気づかねぇか?」
「え、何が──」
あまりにも先程までとの巨躯にそぐわぬ軽快な動きと違いすぎる鈍重さに疑問符が止まらなくなっていた商人に対し、リューゲルが何かを己で悟らせる為に敢えてボカすようにヒントを出す中、真っ先に気づいたのは商人ではなく戦士であり。
「気温が、急激に下がってきている……」
「「「……ッ!!」」」
吐く息も白く、肌も粟立つほどの冷気にいつの間にか修練場どころか観覧席まで包まれていた事に言及し、震えていた手足が先刻のユニの戦いを観ての事だと思い込んでいた白の羽衣はようやく寒気を実感する。
今の季節は春、時刻が正午という事もあり爽やかな暖気に包まれていた為、誰もが薄着で来てしまった事を後悔する中。
「初手の【無垢達磨】、アレの目的は鈴猫竜の突進を防ぐ事じゃない。 【息吹】を誘発させてわざと破壊させ、超低温の雪を広範囲にばら撒く事だったんだろ」
普通の人間とは感覚も異なる為、低温にも強いらしく全く冷気に参っている様子のないリューゲルは、あっさりとクロマの狙いを看破するとともに『俺なら猫相手でも〝伏せ〟って命じてるとこだがな』と聞いてもいない得意げな妄想を展開し。
「……【神風鳥】も修練場に隙間なく冷風を行き渡らせる為だったのね。 鈴猫竜がアレを噛み砕いた事で体温の低下まで加速できたのは──……まぁ幸運だったんでしょうけど」
それを無視した魔術師は、一見するとMPの無駄にも思えたあの【神風鳥】にも意味があったのだと悟ると同時に、とはいえ鈴猫竜が意図せず体内に取り込んでくれたのは儲け物でもあったのだろうなとクロマのLUKの高さを素直に評価する。
実際は幸運でも何でもなく、共感覚によって魔力の色や流れを読む事で【通商術:鑑定】以上の情報を得られるクロマが、この鈴猫竜の好物が鳥肉だという事を看破した結果なのだが──それはさておき。
「でも魔術って普通、壊されたらそこで終わりなんすよね? 何で壊された後も効果が残り続けてんすか……?」
そもそも盗賊の言う通り、この世界における魔術は魔術そのものを魔術や技能で、もしくは魔術を安定させる為に不可欠となる魔方陣を破壊された時点で消滅し、そこには何の痕跡も残らないのが普通なのだが。
何体かは軽々と避けられていた筈の【神風鳥】はともかく、【無垢達磨】は魔方陣ごと【息吹】で完全に破壊されていたのに、どうして──と抱いて当然の疑問を呟いたところ。
「あの【杖】──カドゥケウスの能力かしら?」
碧の杜が答えるより先に思い至った魔術師の、クロマが手に持つ迷宮宝具の能力によるものなのではという半ば確信めいた問いかけに、2人は一様に無言で以て首肯し。
「カドゥケウスの能力は〝循環〟。 生命の円環を示す螺旋のように、1度発動した魔術とそこに込められた魔力そのものを所有者の任意で場に残し続ける事ができるのよ」
カドゥケウスを触媒として発動した全ての魔術は、所有者が解除するか所有者のMPが尽きるかするまで、その魔術が持つ効力や魔術そのものを留めておく事ができるのだと解説しつつ。
「おまけに、あいつの魔力は無尽蔵。 極論、氷属性の最上級魔術を海に向けて発動してから循環させ続ければ、あいつの命が尽きるまで世界中の海を永久凍土に──みたいな事もできちまうってわけだ」
「もうSランクでいいじゃないっすかソレ……」
所有者が星の心臓と繋がっている以上、決して尽きない魔力で以て海を千古不易の凍土に、陸を死灰復燃の火の海に、そして世界中の空を暗澹溟濛の常闇に──といった、もはや神罰にも等しい所業を単独で成し遂げる力を持っているというのに。
最初こそ恐れていたものの、性格がどうだの権力がどうだのという下らない理由でSランクへ昇格できないでいる賢者を盗賊は、ここで初めて若干だが憐れんだ。
──……閑話休題。
『……KI……TTY……ッ』
肝心の鈴猫竜はといえば、もはや冬眠寸前の獣のように段々と動きを鈍くし、それでも負けじと【息吹】を放たんと口を大きく開けたが、そこから出てきたのは単なる欠伸。
目蓋が下がるのを、止められない。
次第に鈴猫竜は、さむざむとした冷気から身を護るように身体を丸めて、いかにも普通の猫が眠る時のような姿勢で完全に動きを止めた。
「よし、あとは──【杖操術:吸魔】」
『KI……A、AA……?』
「大丈夫だよ、痛くしないから……」
それを見届けたクロマはゆっくりと一歩ずつ鈴猫竜に近づいていくとともに、【杖操術:吸魔】を発動したカドゥケウスの先端を優しく鈴猫竜の身体に当てて残った魔力を吸い取っていく。
それは何も危険を取り除く為だったり、足りない魔力を補う為だったり──【星との交信者】には無縁だろうが──するわけではない。
(……まぁ、やり方としちゃ正しいか。 竜化する為の魔力を空にしときゃあ、そもそも因子が暴走する事もねぇんだし。 とにかく、お手並み拝見といこうじゃねぇか──)
リューゲルの見立て通り、クロマは鈴猫竜に内在する魔力を完全に枯渇させる事で竜化因子の暴走を防いだ状態で、因子を取り除いていこうとしているらしく、リューゲルが同じ立場でも似たような事をしただろうと彼女の判断を指示するとともに。
(かつて俺たちが大敗した【魔の理を識る者】の模倣とやらを)
Sランクに昇格してすぐ、当時Sランクの頂点に立っていた狩人の力を実感してみたいと勇んだリューゲルとフェノミアが2人がかりでボロ敗けした魔術師の模倣に挑む賢者を傍観者気分で見下ろした。
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