まずは制圧
『MEOOOOW……ッ』
今のやりとりの間、鈴猫竜は一切の攻撃をしていない。
したくても、できない──という方が正しいか。
何しろ、あの背が高い方の人間は明らかに自分を遥かに上回る強者であり、そんな怪物から視線のみとはいえ牽制されていては手の打ちようがなかったのだ。
あちらに攻撃の意思がない事は見抜けていても、こちらが牙を剥けば一瞬で殺されるのだろう事は、渾身の【息吹】を指1本で叩き落とされた時点で嫌というほど理解させられていた。
……それに比べて、あの背が低い方の人間はどうだ。
確かに、あの人間も強くはあるのだろう。
下級魔術で牽制されていた時から、それは解っていた。
まるで大地に──否、星そのものに根を張っているかのような無尽蔵の魔力をひしひしと感じる事もあるし。
だが彼は、あの人間に敗けるつもりは一切ない。
あの人間からは、〝覚悟〟を感じられないからだ。
泥を啜っても、岩に齧り付いても勝つという覚悟を。
少なくとも彼は、そういう覚悟が必要な環境で生きてきた。
素材や経験値、財宝や栄光を求めてやってくる狩人たちはもちろんの事、広大な迷宮内で縄張り争いを勃発させる同種すら敵であるという過酷極まる環境下で。
しかし彼は同時に、油断も慢心もしていない。
当然と言えば当然だろう。
仮に目の前の人間に勝利できても、あちらの強者との戦いが控えている以上、余計な傷を負うわけにはいかず。
最低限度の消耗で、この人間を倒さねばならないから。
「その意気だ。 じゃ、頑張ってね」
『ッ!!』
そして、ようやく強者からの視線による牽制が解けた事を察した彼は、その一瞬で4本の脚に地面をヒビ割らせるほどの万雷の力を込めつつ、バサリと大きな翼を広げるとともに。
『CAAAAAAAAAAAAAAAATッ!!』
その小さな体躯を一撃で食いちぎるべく、飛翔する。
★☆★☆★
「……っ!!」
一方、軽く背中を押された瞬間に杖が届きそうな位置まで飛びかかってきた鈴猫竜に対し、いつものクロマなら怯えて何もできずに固まるか、ユニの陰に隠れるかしてしまっていただろうが、今の彼女に普段ほどの臆病さはなく。
「【氷】、【雨】──合成、【雪】!」
努めて冷静にカドゥケウスを掲げて2つの属性を合成し。
「【賢才術:万能】、【防御】──【無垢達磨】!!」
『KITTY……ッ?』
氷と雨、2つの属性が合わさった雪属性の上級魔術によって唐突に顕現した混じり気のない純白で巨大な雪達磨が鈴猫竜の特攻を阻み、ほんの一瞬とはいえ鈴猫竜の勢いは確かに弱まったが。
『MEOOOO……ッ、MEOOOOWッ!!』
「うあっ!」
それは本当に一瞬の事であり、1秒と経たない内に充填を終えた鈴猫竜の【息吹】は一撃の下に【無垢達磨】の胴体に大きな穴を穿ちながら向こう側に立つクロマをも撃ち抜かんと直進し。
それを予期できていても単純な身体能力ではCランク狩人にも劣るクロマは、どうにかこうにかギリギリで回避する。
「っ! 【賢才術:万能】、【攻撃】──【神風鳥】!」
『KITTY!? CAAAATッ!!』
「わっ! ま、【賢才術:万能】、【防御】──」
もちろん避けただけでは終われない為、直前までの少し無茶な姿勢のまま風属性の中級魔術による半透明な風の鳥を無数に顕現させて特攻させたが、それを避けるばかりか噛み砕きながら変わらぬ勢いで突っ込んできた事でクロマはまた防御を強いられる。
「……防戦一方だな。 本来ならば最高でもDくらいの危険度にしかならない鈴猫竜も雄の三毛猫というだけで、あれほどの脅威となるとは……」
そんなクロマの戦いを観覧席から観ていた白の羽衣の戦士は、かつて新米の頃に大して苦戦もせずに討伐した記憶のある鈴猫竜と、ミケと呼ばれたこの個体との強さに差がありすぎて、クロマが防御ばかりしている事がどうにも納得いっていない様子。
雄の三毛猫が稀少だからだと解ってはいても。
「……賢者の切り札を使やぁ1発なんだろうがな」
「切り札、ですか? それって……?」
そんな彼の独り言を聞いていたのか、それともこちらも独り言だったのかは解らないが、マリアによってすでに完治していたリューゲルの呟きに反応した商人からの問いかけに対し。
「【賢才術:解放】。 今あるMP全てを無属性の魔力の爆発として全方位に解き放つ攻撃系技能よ」
「1度使用したが最後、MPが満タンに回復するまで魔術や技能、迷宮宝具の一切を使えなくなるっつう正真正銘の奥の手だ」
賢者の随時発動型技能が1つ、賢者唯一の攻撃系技能である【賢才術:解放】という文字通り使用者に内在する全ての魔力を解き放つ技能の存在を挙げたが。
残念ながらクロマは、この技能を絶対に使えない。
……使うわけにはいかない、と言った方が正しいか。
「あの娘は星の心臓と繋がってるけど、それは任意じゃなくて強制なの。 つまり、あの娘が【賢才術:解放】で全てのMPを解き放ったりなんてしたら──」
何せ、フェノミアの言う通りクロマは生まれつき星の心臓との繋がりを星そのものから強制されており、その繋がりをクロマの任意で解除する事ができない以上、必ず全てのMPを消費しなければならない技能なんて使用した日には──。
「……星の心臓が、枯渇するんですか?」
「そういうこった」
「そんな、事が……」
まさかとは思うが、世界が終焉を迎えるのか──と否定してほしさを漂わせた商人からの問いを、さも何でもない事であるかのようにリューゲルが肯定した事で、商人がクロマを見る目に恐怖が入り混じる。
「だから、あの娘はドラグハートどころか世界中の国という国全てから〝【賢才術:解放】の発動〟を固く禁じられてるのよ。 仕方ないわよね、1度でも発動したら世界が終わるんだし」
「な、何かヤバい事聞いちゃったっすかね……?」
「大丈夫よ、知ってる人は知ってる事だもの」
実際、ドラグハートを始めとした先進国はもちろん未だ前時代的な技術や文明の中で生きている発展途上国の王族すらも、クロマに【賢才術:解放】を使わせてはならないという一点に限り団結している。
無理もないだろう、クロマという少女はこの世界でも片手の指で数えられるくらいしか存在しない、〝世界滅亡の鍵〟を持って生まれた人間なのだから。
(そのせいでSランクになれねぇんだから哀れだよなぁ)
彼女がSランクに昇格できない理由は、そこにもある。
王族や貴族たちは恐れていた。
クロマに下手な権力を与えてしまう事を。
(……そんな権力、アイツは望んでねぇだろうに)
そんな事を本人は望んでいないと解っていても、なお。
『よかった!』、『続きが気になる!』と少しでも思っていただけたら、ぜひぜひ評価をよろしくお願いします!
↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてもらえると! 凄く、すっごく嬉しいです!