ラントの懇願
「そ……っ、その仔は僕の愛玩動物なんです! 昨日の夜だって一緒に寝て、今日の朝も一緒に起きて、ご飯を食べて……っ、とにかく殺さないでください! お願いします……!!」
「この鈴猫竜の飼い主……? 殺さないでって言われても……」
突如、観覧席から自分たちへと届けられたその幼い声の主である少年が身を乗り出し、この鈴猫竜が彼にとって如何に大切な存在かという事を主張して何とか助けてほしいと意思表示しているのだろう事は、ユニはもちろんクロマも理解できていた。
……理解できては、いたのだが。
「黙れクソガキ!! いいか!? テメェがアレを連れて来たせいでこんな事になっちまったんだぞ!? テメェの母親は死んで、他の奴らも重傷だ! それを殺すなだと!? ガキだからって何でもかんでも許されると思ってんじゃねぇぞ!!」
「ひ、ぅ……っ、でも、でもぉ……!」
その少年を比較的優しく抑えていたものの、まるで被害者のような言い草に痺れを切らした一回り以上も年下だろう中堅狩人の恫喝にも似た反論のしようもない正論に、ラントは今さらながら己のしでかした事に後悔しつつも諦めきれない様子を見せる。
実際、ラントの母親は即死しているし。
一般の観覧客を護ろうとした狩人たちにも少なくない被害が出ている以上、殺処分せざるを得ないのだ。
「はぁ──」
そんな観覧席のやりとりを視線だけで鈴猫竜を牽制しながら耳にしていたユニは、ラントの無知さにも中堅狩人の大人気なさにも呆れた様子で溜息をついていたのだが。
「──……ん? あぁ、そっか。 それなら……」
ここで、ユニの強みの1つである〝並列思考〟が機能した結果、ラントの望みも叶えつつユニの狙いも果たせる一挙両得の策が頭に浮かび。
(……うん、そっちの方が良い。 普通に倒させるよりも、あの娘たちの為になる筈だ。 そうと決まれば──)
さっきまで考えていたものよりも、より良い結果になる筈と思い至ったユニの表情はまたも愉しげに歪み──元々の顔が良い為、歪んでも美しいのだが──つつ、ふと騒ぎの中心である観覧席の方を見遣った瞬間。
「──うおッ!? わ、【最強の最弱職】ッ!?」
「感心しないな、子供相手に怒鳴り散らすなんて」
「オイそりゃコイツが──ッ!? う、お……!?」
「君、名前は?」
商人の随時発動型技能が1つ、【通商術:転送】にて修練場から観覧席へと一瞬で転移してきたユニに中堅狩人に、ユニは心にもない注意をしつつラントの胸倉を掴んでいた太い腕を指の力だけで引き剥がし、こんな細指で押さえ込まれているという事実に狩人が唖然とするのを尻目に、ユニは頬を濡らす少年に名を尋ね。
「……っ、ら、ラント、です……」
「そ。 ラント、君はどうしたい?」
「どう、って……?」
「あの鈴猫竜を、どうしたい?」
「……っ、う……」
嗚咽混じりに応答するラントに頷きつつ、あの鈴猫竜を中心としたこの騒動に、どんな結末を望むのかと問いかけた。
その声音や表情こそ優しいが、感じる圧力は中堅狩人の比ではなく、スタッドの【武神術:覇気】にも匹敵する。
解答を間違ったら──と子供ながらに息を呑んだランドは、それでも己が望む結末を迎える為に勇気を出して一歩前に進み。
「……っ、元に戻って、ほしい……! それと、できれば……もう、あんな怖い姿にならないように、してほしいです……っ!」
「うん」
「あと、お母さんも……っ、お願いします、お母さんを生き返らせてください……! ここでお別れなんて、嫌だ……!」
「なるほどね」
「「「……ッ」」」
一見すると、この騒動の引き金になった者が口にしたとは思えないほど我儘にさえ感じる望みを一息に伝えた後、ボロボロと涙を流しながら必死に頭を下げる姿に流石の狩人たちも気後れする中。
「後者については問題ないよ。 ね、マリア」
「お任せください。 【最強の最弱職】」
「ッ、いつの間に……!」
「まずは、こちらのご婦人ですね」
「お願い、します……っ!」
死傷者の気配を感じ取った【輪廻する聖女】が近づいてきていた事に気づいていたユニからの治療要請に、マリアがしゃなりと一礼してから修道服が汚れてしまう事も気にせず両膝をついた姿勢で回復、及び蘇生に移行する一方。
「問題は前者だけど……アレを元に、か」
「んな事できるわけねぇだろ! そもそもアレは根っからの迷宮を彷徨う者! 元が迷宮個体なんだから戻るも何もねぇしよ!」
「聞き分けてもらわないと……あの猫はもう……」
肝心要の前者、〝元より竜化生物である鈴猫竜を竜化していない状態にし、それでいて2度と竜化しないようにしてほしい〟という無理難題に対し、そんな事は不可能だとがなりたてる狩人たちの主張は何も間違っていない。
そんな事は、どんな狩人にも魔導師にも──当然この場に居合わせている5人のSランクにも不可能であるからだ。
しかし、ユニの表情には迷いや躊躇いなど全くなく。
「まぁ、普通の人間には無理だろうね」
「はッ? ふ、普通の?」
「じゃあ、貴女ならできるっていうのね?」
「え? いや、私にはできないけど──何?」
「へ? あ、あぁそうなの? だったら誰が──」
普通の人間には無理──……という事は、そこそこの頻度で怪物だの化け物だのと呼ばれて人外扱いされているユニなら可能なのかと勘違いした狩人が、ユニからの何気ない否定の意に呆気に取られつつも、じゃあ誰ならと改めて問うたところ。
ユニは珍しく一呼吸置いてから口を開き。
「彼になら──……【魔の理を識る者】になら可能な筈だ」
「「「ッ!!」」」
狩人の二つ名らしきものを呟き、それを耳にした狩人たちは一様にして表情を驚愕の色に染め上げた。
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