降りて来た理由
そして時は現在へと戻り──。
「ほ、本当に迷宮を彷徨う者だった……!」
「しかも三毛猫の雄、稀少な個体だね」
よほどの事でもない限り迷宮個体が地上に姿を現す事はないという凝り固まった常識に囚われ、危うく自分の感覚を疑うところだったクロマの驚愕の声に対し、ユニはあくまでも努めて冷静に眼前の鈴猫竜の派生元を見抜く。
……ユニの神懸かった動体視力が捉えていたからだ。
2つの雄のシンボルを。
まぁ、だから何だという話ではあるが。
(まだ鏡試合の途中だけど……)
そして、ユニはチラリと鈴猫竜から視線を外しつつ横目で未だに灼けた右手を息で冷まそうとしているスタッドを見遣る。
まだ鏡試合の決着はついていないが、こんな事態だし別に良いよね? という確認の意図を込めた視線を向けたところ。
「……」
スタッドは無事な左手を振りつつ、溜息をついた。
全てを解っていると言わんばかりに。
好きにしろ──と、そう示したのだ。
(お許しも出たし、まずはLvでも──)
それを肯定と取ったユニは、さっそく【転換術:転職】で職業を商人に切り換えつつ、【通商術:鑑定】で改めて鈴猫竜の性別や能力値、何よりLvを看破しようと試みて。
(──……へぇ、これは中々……)
少しだけ、ほんの少しだけ心を躍らせる。
鑑定した結果、眼前の個体のLvは──83。
これまた狩人の常識として、迷宮を彷徨う者は同じ迷宮の最奥に潜む迷宮を護る者のLvを超える事はない為、迷宮を彷徨う者としてはかなり高いといえる。
この個体が迷宮から運び出された後、即座に首輪を装着させられたと考えるなら、おそらくLvが上がる機会はなかった筈。
つまり、この個体がPOPした迷宮の最奥に潜む迷宮を護る者のLvは、最低でも84以上という事になる。
一体どこの迷宮から運び出して来た個体なのかという狩人目線の疑問や、できれば場所を知りたいという狩人目線の欲も湧いたが、それはさておき。
(この高Lvかつ派生元が三毛猫の雄なら危険度は最低でもB……いや、〝アッティラ〟と〝リリパット〟で抑え込まれていた魔力が暴走している事を鑑みれば……まぁAかな)
迷宮を彷徨う者としては高水準なLv、三毛猫の雄という稀少性、聞き馴染みのない2つの何かによる外的要因などなどを考慮した結果、ユニは眼前の鈴猫竜の最終的な危険度をAランクと断ずる。
……アッティラ、そしてリリパット。
それらは、どちらも迷宮宝具の名であり。
首輪型の迷宮宝具、アッティラは〝調教〟の効果を。
そして鈴型の迷宮宝具、リリパットは〝縮小化〟の効果を持っている。
つまり、この鈴猫竜は何某かによって迷宮から運び出されて調教と縮小化の効果を持つ迷宮宝具の複製品を装着された後、多少なり裕福な一般家庭向けに愛玩動物として販売されていたという事になる。
それ自体は別に犯罪でも何でもない。
竜操士だって技能で調教した竜化生物を地上まで連れて帰って戦力にする事はあるし、召喚士だって迷宮内で契約した竜化生物を地上で喚び出して戦わせる事もあるのだから。
しかし、それらはあくまでもある程度の実力を持った狩人が、技能ありきで御し切っているのであって、大した力もない一般人が迷宮個体を愛玩動物として飼育するのはやはり危なすぎるのだ。
この世界における愛玩動物の飼育とは、それだけで財力や実力をアピールする為の要因の1つとして成立しはするが、その分どこまでも危険が付き纏うという、まさにハイリスクハイリターンな賭けなのである。
(是非とも糧にしたいけど……それよりも、ここは──)
とはいえ、そんな一般人の事情などユニには全く関係ないし、この個体を殺せば結構なEXPが手に入る筈だと半ば確信していたものの、それよりも優先すべき事を見つけていたユニが視線を鈴猫竜から外そうとした瞬間。
『MEOOOOW……ッ、CAAAATッ!!』
「ッ、ユニ……!」
「……私を先に? それはいくら何でも──」
グルグル、ゴロゴロと喉を鳴らしていたかと思えば、その大きな口をユニの方へ向けて開いた鈴猫竜が結構な規模の【息吹】を放ち、それは中々の速度で以てユニを消滅させるべく直進するが。
ユニはただ、スッと右手を前に出し。
最も長い中指で【息吹】に触れ、その中指だけを勢いよく地面に向ける形で折り曲げた瞬間、【息吹】は速度をそのままに地面へ進路を変更し、轟音とともに叩きつけられた。
「──分不相応だよ、鈴猫竜」
『KI、TTY……ッ!?』
食事の邪魔だから、ついでに排除しておこう──そう判断して先にユニを狙った鈴猫竜は思いがけない事態に戦慄する。
……が、それでも何故か逃げようとはしない。
もう、この修練場に魔術や技能による結界は展開されていない為、逃げようと思えば逃げられるというのに。
その理由をも、ユニはすでに看破していた。
絶対にこの場から逃げようとした理由、何より観覧席には大量の餌が転がっているにも関わらず敢えて降りて来た理由。
(あのまま観覧席で暴れてた方が、より多くの〝量〟にありつけてた筈だけど……わざわざ降りて来たのは、より〝質〟の高い餌に──)
それは、この場に今まで嗅いだ事もないような美味なる香りを漂わせ、この場に居る誰よりも美味そうに見える〝最高品質の餌〟が──。
(──【星との交信者】に魅了されてしまったから)
──……クロマが居るからだった。
当然と言えば当然だろう、竜化生物はすべからく肉食。
派生元が草食であっても、そこに肉食性が追加される。
彼らの中の食肉欲が求めるのは、より膨大かつ質の高い魔力を内在した生物の肉であり、ユニを先に狙ったのもクロマには僅かに劣れど彼女もまたご馳走だったからという理由もあった。
しかし、ユニはあくまでも〝前菜〟。
竜化生物にとっては【最強の最弱職】が前菜に成り下がってしまうほど、クロマはこの場の誰より〝主菜〟だったのだ。
(食事の邪魔になるとはいえ、もう私を狙う事はないだろう。 この鈴猫竜は後々の事を考えるとクロマに倒させた方が──)
ただ、さっきの今でまた自分を狙ってくるほど愚かではないとも解っていた為、自分がパーティーを離脱した後の3人の処遇の事まで考慮した結果、EXPは惜しいがクロマ1人で対処させた方が──と思索を巡らせていた、まさにその時。
「──止めて……ッ、ミケを止めてください!!」
「ん?」
「え……」
観覧席から聞こえてきた悲痛な声に2人が顔を向けると。
そこには、何人かの狩人に制止されながらも鈴猫竜の──もとい、ミケの助命を求むべく叫び続けるラントが居た。
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