闖入者の気配
……こう思った者も居るかもしれない。
何故、回収させたのか──と。
何故、回復の隙を与えなかったのか──と。
何せクロマはMPが絶対に枯渇しない唯一無二の賢者。
攻撃や防御、支援のみならず回復の魔術も並の神官以上に扱えるという、まさに万能な後衛である。
だからこそ何故、回復の機会も与えず速やかに1on1へと移行させたのかという疑問を抱くのは必然かもしれない。
しかし、それはあくまでも素人目線の疑問。
鏡試合のある規則を知る者であれば、そんな疑問も抱く事なく『まぁ良くやったよ』と狩人の健闘を称えるだろう。
その規則とは──〝死者の蘇生、及び瀕死となった味方の回復を禁ずる〟というもの。
簡潔に言えば、〝実際に死ぬか、もしくは死んでもおかしくない傷を負った時点で途中退場〟──という規則である。
せっかく回復職が居るのに、それは理不尽ではないかという意見があるかもしれないし、それも理解はできるが。
鏡試合は決闘ではなく、あくまで訓練の延長。
相手の命を奪う事を目的とした試合ではないのだから。
それを誰より解っていたからこそ、クロマもハヤテとトリスを治したりはしなかったのである。
……そんな余裕はなかったというのもあるだろうが。
ちなみに、ユニに頭の半分を抉り取られたトリスの負傷は誰の目から見ても致命傷だった筈であり、クロマはそれを回復させようとしていたが、あれは特に問題ない。
もしあの傷を負ったのがハヤテだったなら、おそらくスタッド辺りが止めていただろうものの、トリスにとっては──歴代最硬の聖騎士にとっては致命傷でも何でもなかったからだ。
では、そろそろ1on1で対峙する2人の方へと場面を戻そう。
先述した通り、ユニもクロマも能力値の上では殆ど消費はなく、そこだけを見るなら万全の状態で一騎討ちの鏡試合を行う2人の賢者といった様相である。
鏡試合の更なる規則──〝互いに複数人で挑んでいた場合、途中退場した者と同じ職業と武装を持つ者は勝者という形で鏡試合から降りなければならない〟──に従い、すでにユニは2つの職業と5つの武装を封じられていた。
……が、それでもユニの【杖】はアイギス。
クロマのカドゥケウスと同じ正真正銘の迷宮宝具。
ランクは同等でも、個数からして上回られており。
ましてや〝指〟と連動している以上、勝機は薄い。
(もう、ハヤテもトリスも居ない……誰も、助けてくれない……っ、ボクが、ボクが独りでやらなきゃ──)
ただでさえ、これまで3人の幼馴染の陰に隠れて──小柄なので物理的にも──生きてきたクロマが、もう味方が居ないという事実に身も心も押し潰されそうになりながらも、どうにか己を鼓舞しようと頭の中で何度も何度も己に言い聞かせていた、その時。
「──クロマ」
「!?」
「まだ、続ける?」
「っ、う……!」
いつの間にか3歩分ほど開けた距離まで近づいてきていたユニの己を呼ぶ声で我に返ったのも束の間、ユニから突きつけられたのは鏡試合続行の是非。
──君1人じゃあ、どうしようもないだろう?
そう言われたも同義であったが。
……それが皮肉にも、クロマにとっての鼓舞となった。
「つ、続けるよ……! だって、ユニに見せなきゃいけないんだもん……もう、ボクたちだけでも大丈夫だよって……!」
もう、クロマの瞳に不安や恐怖はない。
クロマ自身が元より理解していた、この鏡試合の真意を遂げる為にも、そして10年近くも依存していたと言っても過言ではないユニから自立する為にも。
自分たちだけでもやっていけるのだと、ユニが居なくても戦えるのだと証明しなければならないのだから。
「……そっか。 それじゃあ──」
そんなクロマを見たユニはどこか嬉しそうに、そして少しだけ誇らしげに笑みを浮かべつつも両手の指を鳴らし、地面に突き刺したまま放置していた8つの水晶を杖として起動して、いよいよ一騎討ちをと互いに構えた瞬間──。
「──……ん?」
「ッ、え……?」
2人が、ほぼ同時に〝何か〟の気配を察知した事でそちらの方へと一様に顔を向けてしまう。
位置としては、ユニから見て真正面。
そして、クロマから見て真後ろとなる観覧席。
ユニがその気配を察知できたのは、ただ単に観覧客たちが妙な騒ぎを起こしているのが視界に映ったからだが。
ユニが先に気づいたからではなく、ほぼ真後ろで起こった異変をユニと同じタイミングでクロマが察知したのには、クロマが星の心臓と繋がっている事とはまた別の理由があった。
──〝共感覚〟。
それは本来、1つの刺激に対して通常の感覚のみならず全く異なる感覚器官でも、その刺激を感じ取る事ができる能力の事を指す。
目で音楽を楽しむように、耳で書物を紐解くように。
クロマは、この世界を満たすあらゆる魔力を五感の全てで精密に感じ取る事ができる。
もちろん望んで得た能力ではなく、どちらかと言えば竜化病から死の危険だけを取り除いたようなものに近いらしく、たまに訪れる発作にも似た頭痛はクロマの視覚を脳ごと揺らし、この世界を構成する全てが魔術における術式にしか見えなくなってしまう事もあるという。
とはいえ平常時であれば、魔力の動きを視覚や聴覚、嗅覚や触覚で読む事により予知に近い対策を行う事もできたりと、そこそこ便利な能力であり。
(今の、魔力の色と流れは……でも、何で地上に──)
真後ろで起きた異変も聴覚と嗅覚、何より肌を刺すような魔力を触覚で察知したからこそ気づく事ができていたのだが。
その感覚は、この場で──……〝地上〟で感じる事はない筈の圧倒的な〝狂気〟と〝殺気〟であり、どうしてとクロマが疑問を抱くのも無理はない。
似たような感覚ならば狩人という危険な職に就いておらずとも、この世界のどこであれ地上でも感じる事はあるが、ここまでのものとなると地下──つまり、迷宮に巣食う生物のそれでしかあり得ないからだ。
ただ、ごく稀に地上に現れる事もなくはない。
そういった現象が〝自然災害〟として起こり得る事もある。
しかし人間が暮らす町に現れる事は絶対にない。
そういう仕組みになっているからだ。
だが事実、〝それ〟は観覧席の中から姿を現した。
……忘れてはならない。
ここは──……〝ドラグリア〟。
あらゆる生物が〝竜化〟し得る世界。
この世界の誰にも予期などしようのない──。
『──KIIIIIIIITTYYYYYYYYッ!!』
不可避の病災に蝕まれた世界であるという事を。
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