生き残りたかった者の落とし物
その後、襲撃してきた数十本の触手をレイズの活躍によって退けた一行は、そのお陰で少し休めたからか先ほどより僅かに軽やかになった足取りで更に奥へと進んでいたのだが。
「──……!!」
「……ん? はッ!?」
「おい穀潰し! テメェ何を勝手に……!」
突如、何の前触れもなくサレスが前方へと走り出し。
声も上げなかったがゆえの完全なる無音での疾駆であった為、身勝手な行動に一行が気づいたのは少し遅れての事で。
仮にも先導役が隊列を離れてしまう、というのは如何なる状況であろうともよろしくない行為なのは疑いようもなく。
自分の都合だけで動き出したと見えるサレスに対して声を荒げてしまうのも致し方ないと言えるが、それはさておき。
では何故、少年はそのような行動をするに至ったのか。
それは殺人者としての高すぎる適性ゆえか、生まれつき暗闇を見通せるその漆黒の瞳に〝何か〟が映ったからであり。
「これって、やっぱり……っ」
「何か見つけたの?」
「ユニさん……これ……」
「ん?」
その〝何か〟は、極めて優秀な危機管理能力を持つサレスに無鉄砲な行動を取らせてしまうほどの価値を持っていた。
では、その〝何か〟とは──。
「──鞭?」
とある職業に就いた狩人が装備する事の多い、【鞭】。
ところどころに生々しい血痕が付着しており、先端は引きちぎられてしまったかのように損傷しているが、確かに鞭。
「【白の羽衣】に鞭使いは居なかった筈ですから……」
「後発隊の誰かの装備、っつー事になるな」
「で? どうなんだよ穀潰し──」
一行の記憶が確かならば、【白の羽衣】の中に鞭を主要どころか第2武装としているメンバーも居なかった筈であり。
そんな彼らを捜索、及び救助する為に迷宮へ潜った20余人の誰かの装備という事になる、そんな確信めいた推理をした一行からの問いに、サレスが応答しようとするより早く。
『──……CHEEE……』
「……なるほどね」
サレスの細い腕の中で抱きかかえられたままのフリードが小さく鳴き声を上げつつ鞭をひと舐めしたのを見て、ユニは竜操士に転職するまでもなくその鞭の所有者の現在を知る。
「……これは、フリードの主人だった竜操士の鞭です」
「「!」」
「命を賭して、ボクを逃がしてくれた人の……っ」
そう、この鞭はフリードを従えていた竜操士の武器。
文字通り命懸けで、サレスを逃がしてくれた竜操士の。
何故、最奥でもないこんな場所に落ちていたかは不明。
もしかしたら、サレスを逃がし切った後で彼女たちもまた脱出を試み、この辺りまで戻る事ができたはいいものの、しつこく追い縋ってきた触手に喰い殺されたのかもしれない。
ほんの少し立ち止まっていれば、救えたのかもしれない。
……そう考えると、あまりにやり切れなかった。
生粋の殺人者として生まれ落ちたサレスだが、いくら彼でも救けてくれた人の死を悦べるほど堕ちていないのだから。
涙こそ流さずとも、後悔ばかりが先行し。
流石に今は茶化すのも違う、そんな風に空気を読んだ一行が黙して件の竜操士を悼んでいた──……まさに、その時。
「ふむ、時にサレス君。 その竜操士の性別は?」
「……え? お、女の人でしたけど……」
「そうか、なら──」
ユニに関われないという事もあり、戦闘以外では沈黙を貫いていたレイズがサレスの背後に立ったのも束の間、何を思ってかサレスを救けた竜操士の性別を確認し出し、その意図が解らぬまま彼が望んでいるのだろう答えを返したところ。
レイズは、何かを思い立ったかのように頷いてから。
「──死んで詫びるといい」
「え──」
右の腰に差した黄金の長剣、カストルを振り抜いた。
ちょうど、その斬撃の軌跡にサレスの首が重なるように。




