惨劇
Bランクパーティー、【淡青の波濤】のリーダーを務める狂戦士は言動こそ粗野だが実力は確かである上、誤解されがちではあるものの仲間への気遣いができる優れた統率者で。
本来ならば不意を突かれようとも、そして敵に狙われた仲間を庇う目的であろうとも、よほど互いの力量に差があったりしなければ一撃で致命傷を負う事になどならなかった筈。
そう、つまり──。
「──……な、何だ、こりゃあ……!!」
「リーダー!?」
「待ってろ、すぐに救け──」
明らかに心臓ごと胴体を貫かれている状態の彼は、それでも狂戦士特有のしぶとさで意識だけは保っており、その様子を垣間見た仲間たちや他のパーティーの狩人たちが『まだ回復は間に合うし、そうでなくても蘇生すればいい』と判断して、サレス以外の全員彼を救助しようとした──その瞬間。
「お"、あ"……!? があぁああああ……ッ!!」
「!? りッ、リーダー!!」
「宝箱に、引き摺り込まれた……!?」
彼の背中側から突き出ていた触手が不気味に枝分かれしたのも束の間、その全てが彼の更に痛めつけるように、或いは決して逃さぬように全身へ突き刺さりながら絡みつき。
痛みで唸り、叫ぶ事しかできなくなっていた彼は、そのまま触手を飛び出させた本体とも言える宝箱の方へ止める間もなく引っ張られるだけでは飽き足らず、あろう事か箱の中へと引き摺り込まれ、『バクンッ』と口を閉じてしまった。
……と、そんな光景が全員の視界に映った瞬間。
「「「「「ッ!?」」」」」
グバッ!! と大きく口を開けた宝箱の中から飛び出してきたのは、つい先ほど狂戦士を貫いたそれと同じかそれ以上の速度と鋭さを持ち、それでいて物量では比較にならない無数の粘ついた触手であり、それらは一瞬で彼らを屠り始める。
「な……!? 何だ、何なんだこれは……ッ!?」
「あ、危な──う"ッ!? う"あ"ぁああああ!?」
「おい嘘だろ!? さっきは1本だけだったのに……!!」
「嫌ぁああ!! 脚、私の脚が──きゃああああ……!!」
「く……ッ!! 態勢を……態勢を立て直せェ!!」
時間にしてみれば、ほんの数十秒の出来事だったが。
その短時間で、すでに喰われていた狂戦士を除いた20人中、13人もの狩人が引き摺り込まれて捕食されていた。
一体どういう生物なのか?
宝箱の中に入っていたのは何故?
生き残っている者たちの頭を様々な疑問が過ぎる中。
(これは、もう……ッ)
協会の専属狩人である竜操士は、すでに死期を悟り。
遺書だけでも残せてよかった、と思考を放棄しかけたが。
(フリード……この子の脚ならまだ逃げられるかも……)
瞬間、彼女の目の前で触手を牽制し続けている迅豹竜のフリードなら或いは迷宮の外まで逃げられるのではという一縷の希望を抱きかけたものの、その方舟に乗れるのは──。
──……おそらく、1人だけ。
何しろフリードは地上個体、迷宮個体ほど体躯は大きくなく、いくら脚が速くとも何人も乗せられるような力はない。
では一体、誰をフリードとともに逃がせばいい?
フリードを従えている自分か?
Aランクパーティー、【黒の鉄冠】のリーダーか?
Bランクパーティー、【浅緑の楽園】のリーダーか?
それとも──?
(生き残ってる4人の中で、ここから逃がすべきなのは──)
そうこうしている内にまた3人が喰われ、残った4人の中で誰を逃がすのか──時間も少なく、判断に困っていた時。
「あ……」
彼女の脳裏を過ったのは、あの一瞬の光景。
最初に宝箱から飛び出した超高速の一撃を、あの至近距離から音もなく回避してみせた、あの美少年の危機回避能力。
現に、あの少年はまだ生きている。
碌に戦えてはいないが、確かに生存しているのだ。
もう、賭けるとしたらそれくらいしか──。
「──え」
と、そんな風に思案していた彼女の隣に寄って来たのは。
Bランクパーティー、【浅緑の楽園】のリーダーにしてBランクの神官でもある女性であり、彼女は竜操士の肩に優しく手を置きながら、ある生存者が居る方へ視線を遣る。
「「……」」
……言葉はなくとも、それだけで充分だった。
そして2人は今この瞬間だけ生き残ればいいとばかりに全力でフリードを護りながら、その生存者の方へと駆け寄り。
「サレス君、よく聞いて」
「っ、え……?」
「今から私たちが隙を作る、貴方はこの子に乗ってひと足先に逃げてほしいの。 私たちは後から追いかけるから、ね?」
「そ、それって、まさか……!」
向けられる殺気だけを頼りに無音かつ紙一重で触手を回避し続けていた生存者──サレスに対する『せめて貴方だけでも生きて』という遺言にも等しい提案に、サレスは瞬時にそれを察して『そんな事できない』と首を振ろうとするも。
「フリード、今までありがとう。 サレス君をお願い」
『……CHEEET』
「さぁ、走って!!」
「は……!? おい、ふざけるな!! 何を勝手に──」
次の瞬間には主人に別れを告げられた事で覚悟を決めたフリードがサレスの首根っこに噛みつき、ポイっと背中に乗せたのも束の間、未だ生存していた【黒の鉄冠】のリーダーの怒声を背に、フリードは出口を目指して駆け出していた。
「……貧乏くじを引かせてごめんなさいね」
「いいんですよ、これも運命。 それに……」
「それに?」
「貧乏くじというなら、ここに居る事自体がそうでしょ?」
「……ふふっ、そうね。 本当に、そうだわ──」
その後、しぶとく生き残っていた【黒の鉄冠】のリーダーによる一人称を変えてしまうほどの怒気と恐怖に染まった断末魔だけが響いていたが、それに反応する者は居なかった。