進みつつの問答
Lvが上がっている感覚がない、という異質極まる事態こそ起こっているものの、ひとまず脅威を退けてみせた8人。
……尤も、あの蠕蚯蚓竜めいた無数の触手を最前線で相手取っていたのは殆ど【紅の方舟】の3人であり、いの一番に本職として戦わねばならなかった筈の【銀の霊廟】の5人を含めていいのかという問題もあるが、それはそれとして。
条件を守るべくサレスを先頭に置きつつ、この迷宮を案内できるフリードの指示で、10人は奥へ奥へと進んでおり。
「どう? さっきのヤツらの気配はある?」
『……BAAT』
「本当? なら、こっちに行きましょうか」
数ある穴の中から、せめて少しでも先ほどの触手と遭遇しない道を選ぶ為、【銀の霊廟】の女召喚士が喚び出した索敵用の小さな〝黒蝙蝠竜〟に反響定位で調べさせながら、それでいてフリードの案内も聞きながら慎重に進んでいた時。
「……ユニさん、1つ聞いてもいいですか?」
「ん? 何だい?」
「あの蠕蚯蚓竜……のような何かの正体は──」
本来の蠕蚯蚓竜の性質を受け継いでいるのか、視覚を持たない代わりに過剰なほど物音に反応するという事が先の戦闘で判明していた為、小さくはあるが聖騎士が声をかけ。
極力この迷宮攻略の道中では力も知恵も貸さないつもりでいたユニに、あの怪物たちの正体を聞くのかと思われたが。
「──……三界の住人、と判断していいんでしょうか」
「……へぇ」
「三界の……?」
「住人? って事は……」
彼が口にしたのは、ある程度の確信を持った問いであり。
思わぬ察しの良さにユニが僅かな感心を抱く中、本職なのに遅れを取った事を未だに悔しく感じていた彼の仲間たちがリーダーの発言に釣られるように次々と顔を上げていき。
「もしかすると僕が知らないだけで他にも居るのかもしれませんが、Lvを持たない存在となると……天界、魔界、冥界にそれぞれ棲まう超常の者たちしか思い当たらないんです」
「天使に悪魔、んで死霊か……で? どうなんだよ」
仲間たちの話を聞く態勢が整った事を良しとした聖騎士が捲し立てるように口にした、あくまで推測に過ぎぬ事を前提とした3種の人外のいずれかがあの触手の正体だったのではないかという、ほぼ正解に近い推論に対するユニの答えは。
「三界の住人、合ってるよ。 君の推測は正しい」
「……! ほ、本当ですか……!?」
「正確には天使らしいけど」
「な、なるほど……!」
肯定、そして補足だった。
それを受けた聖騎士は、まるで自分の存在そのものが肯定されたかのように晴れやかな笑顔を浮かべ、至らぬ推論に補足された情報の歪さに気づく事なく首を縦に振っていたが。
「……らしい、というのは? まさか、サレスですか?」
「え? い、いや……」
それに待ったをかけたのは、『らしい』という正確性のなさそうな情報源がサレスなのではと勘違いした強化術師と。
「っつーかよォ、テメェは知ってたンじゃねぇのか? 何しろ唯一の生き残りだ、アイツらも初見じゃなかったンだろ?」
「そ、それは……」
どれだけ咎められても懲りずにサレスを穀潰し扱いすることをやめない武闘匠の2人であり、とんだ勘違いとはいえ唐突に詰め寄られた事で慌てたサレスは、さも助けを求めるかのような表情でユニへ視線を遣ったはいいものの。
「その辺、私も気になってたんだよ。 確認しようとも思ってたんだけど、その時間がなくてね。 しばらく襲撃はなさそうだし、そろそろ教えてくれるかな? ねぇ、サレス──」
ユニはユニで彼らの発言に思うところがあったらしく、ここに至るまで聞きそびれていた〝サレスとフリードだけが生き残った時の話〟を今なら聞けそうだと断じて一呼吸置き。
「君は一体、最奥で──何を見た?」
「……っ、ボクが、最初に見たのは──」
嘘や冗句は許さない、そう言っているようにしか思えない冷酷な瞳には相応しくないのに美しくもある、どこか歪な笑みを湛えて問うてきたユニに対し、サレスは息を呑みつつ。
「──〝宝箱〟、でした……」
「「「宝箱……?」」」
ガタガタと震える身体を自分で抑えつつ、そう答えた。